マッドネス・タクシー 5
車の中で席替えをして、運転席にキング、前列のシートにジミ子とレオ吉くん。後列に、僕とミサキとヤン太が座る。
「それじゃあキングくん、準備は大丈夫?」
姉ちゃんから聞かれて、キングはこう答える。
「ちょっと待って下さい。『マッドネス・ダッシュ』『リミッター解除』『マッドネス・ドリフト』『マッドネス・ストップ』とかの技は、この車で使えます?」
「もちろん使えるわよ。そこはゲームと同じね」
「OKです。他に、ゲームの音楽とか流せます?」
「ラジオをつけると、ゲームで使われていた音楽が流れてくるわよ」
キングがラジオを操作すると、軽快な音楽が流れてきた。ラジオのチャンネルを変えると曲が変るようだ。
「『バット・レヌュジョン』や『オフ・ヌプリング』があるな。さて、どちらの曲を選ぶか…… 『オフ・ヌプリング』にするか。よし、いつでも準備OKです!」
キングがOKの合図を出すと、姉ちゃんがカウントダウンを始める。
「じゃあ、いくわよ3、2、1、スタート!」
「いくぜ!」
キングがギアをガチャガチャいじって車をスタートさせると、後ろからトラックにでも追突されたかのような衝撃が走り、急加速をする。
「えっ? 何かに追突されたの?」
僕が声を上げると、キングは平然と答える。
「これが『マッドネス・ダッシュ』だぜ、なかなか良い加速だろ? 続いて『マッドネス・ストップ』だ」
キングがブレーキを踏むと、ガガガッと音がして、まるで壁にぶつかったように、おかしな動きをして車が急停止する。
「ぐがぁ」
後部シートに座っていたミサキは、前のシートの背面に、顔面から突っ込んで変な声を上げた。
「ああ、何かにつかまった方が良いかもな? ええと、乗り込んできたお客さんの行き先はピザ屋か…… それだとあの道を通った方が早いな」
再びギアをガチャガチャいれて、ガツンと加速をする。再び車は何かにぶつかったような衝撃が来るが、キングは何事も無かったかのように平然と運転を続ける。
『マッドネス・ダッシュ』の爆発的な加速は凄まじい。瞬間的に時速100キロは越えそうなスピードになる。
「『リミッター解除』をすれば、さらに速度が上がるんだぜ!」
キングがギアをガチャガチャとイジると、車はさらに狂気的な加速をしはじめた。時速は180キロオーバーになる。
「ぶ、ぶつかります、これ以上はやめましょう」
レオ吉くんが泣きそうな声で言うが、スピーカー越しに、こんな姉ちゃんの声が聞えてくる。
「その車はぶつかっても大丈夫だから、キングくん、思いっきり楽しんでね」
姉ちゃんに言われて、キングは親指を立てて、爽やかな笑顔で答える。
「ええ、ハイスコアを狙って行きますよ」
「いや、そ、そんな、ちょっと待って……」
レオ吉くんが何か言いかけると、キングはこんな事を言う。
「公園を突っ切るぜ、悪路で舌を噛むから、口を閉じていた方が良いかもな」
そういって、時速180キロを越えたままで、公園の芝生に突っ込む。ガタガタともの凄い振動の中、緑の丘の上を黄色いタクシーが疾走する。
「ん゛ん゛ん゛~」
レオ吉くんは言われた通りに口を閉じて、悲鳴にならない悲鳴を上げていた。
確かにこれは怖すぎる。僕は前列にいるレオ吉くんと違い、後部シートに居るので、かなりマシだろう。
公園を抜けて、しばらく走ると目的地が見えた。ガガガッと、ブレーキには聞えない轟音を立てて車が止まると、お客さんは「サンキュー」と言い残し、何事も無かったかのように降りていった。
「さてと、つぎのお客さんを乗せて、おっ、つぎはショッピングモールの入り口か。ここからだとちょうど反対側だな。よし、あのルートで行くか!」
キングがそう言って、またも『マッドネス・ダッシュ』をする。車は吹っ飛ぶように加速をした。
坂道を登って行き、街中を走り抜け、商店街のような場所に僕らは出て来た。
ヤン太が前方を指さしながら言う。
「あそこがショッピングモールの入り口っぽいけど、地面が光ってないな。目的地じゃないのか?」
「ああ、目的地はちょうど反対側の入り口になるはずだ。ちょっと突っ切るぜ!」
「えっ?!」
ヤン太がキングの言葉を理解をする前に、車で階段を強引に登り、人で賑わっているショッピングモールの中へと突入する。
「キャー」「キャー」「ウワー」
車がショッピングモールの中に突入すると、人々は悲鳴を上げながら、蜘蛛の子を散らすように逃げていく。
道端においてある木箱、店頭に飾ってあるマネキン人形、特価品を展示しているワゴン、様々な物を跳ね飛ばしながら、猛スピードでタクシーは前進する。
こらえきれず、ジミ子が悲鳴を上げる。
「ギャー、何してるの! 人を引くわよ!」
すると、キングは冷静に言った。
「ああ、このゲーム。人間には当り判定が無いから平気だぜ、人間は必ず避けてくれる仕様だから」
確かに物は吹っ飛んでいるが、人にはかすりもしない。しかし、これは大丈夫なのだろうか?
商品を壊し、大損害を出しながら300メートルほど突き進んで行くと、反対側のショッピングモールの入り口が見えた。
こちらは地面が光っていて、ちゃんとした目的地らしい。
ガガガッという騒音を撒き散らし、車が急停車をすると、お客さんが投げキッスをして降りていった。
このタクシーは狂っているが、お客さんも狂っている。
2人目のお客さんを降ろし、3人目のお客さんを乗せると、目的地はフライドチキンのケソタッキーと表示される。
「坂の下のあそこか、ここなら普通に行った方が早いな」
キングはそう良いながら車を急発進させる。
高速道路のような広い道をひたすら飛ばす。他に走行している車を縫うように抜かしていくのだが、交通量が多く、混雑していて思ったほどスピードが出ない。
キングが渋い声でつぶやく。
「もっとスピードが出せるたはず…… そうだ! たしかコッチの道の方がスピードが出せるんだった」
何かを思いだしたように、車の車線を変えた。
外側の走行車線から、中央の追い越し車線へ、そして中央分離帯を乗り越え、反対側の対向車線へと飛び出る。
「ギャー、反対車線よ! 対向車とぶつかる」
またもジミ子が悲鳴を上げると、キングは何事もないように言う。
「ぶつからなければ減速しないからOKだぜ!」
そう言って、『リミッター解除』をして全速力を越えたスピードで、車を走らせる。
こちら側の道は空いていた、たまにくる対向車をよければ大丈夫だ。いや、これは大丈夫なのか?
高速道路が終わり、街中の道に入る。
街中を走り抜けながらキングが僕たちに言う。
「あー、これからキツイ坂道に入るから、何かにつかまった方が良いかもな」
ミサキが不思議がって聞く。
「どうして? 坂があるだけよね」
「ああ、それは…… 坂道に入るぜ!」
そう言った次の瞬間、僕たちは空中を飛んでいた。
飛んでいるというより、時速180キロ以上で急な坂に突入したので、地面がなくなって空中に投げ出された、と言った方がいいかもしれない。
フワッと地面の無くなる感覚の後、長い滑空時間をへて、グワシャンと派手な音を立てて、車は着地をする。
「ふう、何とかなった」
僕がそう言いかけると、キングがそれを遮るように言った。
「二発目くるぜ!」
坂の途中に踊り場みたいな平らなスペースが設けてある。どうやらここがジャンプ台のような役割を果たすらしい。
近くにはレトロで良い感じの路面電車が走っているが、もちろんそんな物を見ている暇は無い。
僕たちは再び空へと放り出される。
長い長い時間が過ぎた後、またもグワシャンと衝撃が来て、車は無事に着地をする。
無事に着地をして、安心するのも束の間、僕たちの前に、再び踊り場みたいな場所が見えた。
「あっ、これは、またジャンプするな」
ヤン太がポツリと言いかけている途中に、僕らはまた空を飛ぶ。
飛んだ、うん、僕らは飛んだ。三回目のジャンプが圧倒的に長かった。
マルオカートのジャンプ台もすごかったが、こちらは実車っぽいので心臓に悪い。
大ジャンプを乗り越えた後は、何事も無く目的地に着き、お客さんを降ろす事ができた。
3人目のお客さんを降ろすと、救いの声がスピーカーから聞えてきた。
「はい、そこまでよ。長距離のお客さんを3人乗せて、ハイスコアが出たわ」
「うーん。久しぶりだから腕が鈍ってるな、もう少し行けると思ったんだけど……」
ちょっと悔しがるキング。まあ、今日はもう充分だろう。僕はもう充分だ。
ちなみに後半、レオ吉くんが静かだったのは、目を閉じていたかららしい。確かにそれが正解だったかもしれない。
最後の運転はジミ子だ、席替えをして、前列のシートにレオ吉くんと僕が、後方のシートにミサキ、ヤン太、キングが座る。
席を変え終わると、姉ちゃんの確認の声が聞えてきた。
「最後はジミ子ちゃんね、準備は良い?」
「すいませんちょっと待ってください。ねぇキング、さっきの『マッドネス・ダッシュ』とか『リミッター解除』とか教えてよ」
「いいぜ、『マッドネス・ダッシュ』は、ここをこんな感じで、『リミッター解除』は、走行中にこうやれば加速するんだ」
「ふーんなるほど分ったわ。お姉さん、準備OKです」
「いくわね。3、2、1、スタート!」
真の恐怖はここからだった。
金に目のくらんだジミ子が、滅茶苦茶な運転をし始めた。教わったばかりのとんでもない加速方法は、使いこなせるハズも無く、あちらこちらにぶつけまくる。
キングのマネをして、坂の上から大ジャンプをした時は、路面電車に派手にぶつけて、路面電車を弾き飛ばしていた。
破片を撒き散らしながら、坂を転げ落ちていく路面電車。僕はあの光景を一生忘れないだろう。
もし、遠い未来にジミ子が車を買ったとしても、乗りたくはない。
ゲームとはいえ、そう思えるような壮絶な体験だった。




