マッドネス・タクシー 4
僕が運転をする番になった。大きなハンドルを握り、車の左右をチラッと確認してから、アクセルペダルを踏んで発進をする。
そして、30メートルほど走ると、すぐに停止する。停止するのは、もちろんお客さんを乗せるためだ。
お客さんは、神父だったらしく、乗り込んでくると、みんなの服装が、学ランのような神父服へと替わる。行き先は博物館と表示されたので、僕は矢印通りに車を進めた。
街中から山沿いの道を抜け、再び街中へと入っていく。
この車は、大きくて反応が鈍い。練習運転では苦労したが、この街の道幅はやたらとひろくて、車の大きさが全く気にならない。2キロほどの行程を無事に運び届けると、お客さんからお金をもらった。
「あそこら辺に、お客さんがいっぱい居るぜ」
キングが前を指さすと、頭の上に$マークを表示しているお客さんが、5人ほど見える。いくらなんでもお客さんが多すぎる気がするが、タクシードライバーとしては非常に助かる。新たなお客さんを乗せて、次の目的地のホテルへと向う。
この後、ホテルから映画館、その後にカフェにお客さんを届けると、ちょうど時間となった。姉ちゃんからアナウンスが入る。
「弟ちゃん、時間になったよ。運転してどうだった?」
「もう時間なの? できるなら、僕も海沿いを運転したかった……」
「そういえば、街の中や、山沿いの道ばかりでしたね」
レオ吉くんが僕の走った道を思い出しながら言うと、姉ちゃんがこんな事を言う。
「行きたい場所があるなら、お客さんを無視して、自分の行きたい所を走っちゃえば良かったのに」
「いや、流石にお客さんを無視する訳にはいかないでしょ」
「スコアとか気にしないなら、そういう運転もありだと思うわよ」
姉ちゃんがそう言うと、次に運転するミサキが、その気になったようだ。
「行きたい場所に行っても良いんですよね」
「そうね、良いんじゃないのかな」
車の中でゴソゴソと動き、運転席をミサキに譲る。
姉ちゃんが確認をする。
「ミサキちゃん、準備はOK?」
「はい、いつでも大丈夫です」
「じゃあいくわよ。スタート!」
いちばん近いお客さんを乗せると、目的地がドーナツ屋と表示される。
「やったぁ、ドーナツ屋さんよ、私の行きたかった場所と同じ! 大当たりだわ!」
ミサキはすぐさま目的地へと向う。
ミサキの運転は、意外にも丁寧だった。おそらく前にマルオカートでやらかしたからだろう。念のためエチケット袋は置いてあるが、使のは勘弁してほしい。
ドーナツ屋さんはかなり近く、300メートルほど進むとあった。無事に到着して、お客さんを降ろしてお金をもらう。次のお客を運ばなければいけないのだが、ミサキはそこから動かない。ドーナツ屋さんのショウウィンドウを、これでもかと凝視している。
「ほら、次に行かないと」
「ああ、うん。そうね、そうよね」
僕に急かされて、ミサキはようやく動き出した時だ。「ガリッ」と嫌な音がして、軽い衝撃が伝わって来た。ドーナツ屋に気を取られて、周りを注意しなかった為に、他の車と接触をしてしまったようだ。
ヤン太があきれながら言う。
「ああ、やっちまったな」
「えっ、ど、どうしよう……」
あせるミサキに姉ちゃんが声を掛ける。
「大丈夫よ、それっぽい音と振動がしたと思うけど、それは演出だから。実際に居るのは空の上で、衝突して傷が付くような物はないでしょ?」
「あっ、そうですよね。ゲームを続けて良いんですよね?」
「ええ、思う存分楽しんでちょうだい」
この後、ミサキは周りに気をつけながら、慎重に運転をする。
どうやらあの接触事故が効いたらしい。
ミサキが2~3人運ぶと、時間が切れたようだ。姉ちゃんのアナウンスが聞えてくる。
「時間が切れたけど、どうだった? ミサキちゃん」
「いや、ぶつけたときに焦りました。ゲームだと言われても、しばらく冷や汗が止まらなかったです」
「ゲームだからそんなに気にしないでよ」
「でも、まあ、はい」
ミサキが珍しくへこんでいる。事故を起こした事がショックだったのだろう。
「こんど、アメリカからドーナツを取り寄せるから、元気を出して」
「はい! そうですね。あの7食のレインボーカラーのドーナツが食べてみたいです!」
急にミサキが元気を取り戻す。落ち込んでいたのは、事故の為か、それともドーナツを食べられなかったからなのか…… 僕は、どちらか分らなくなってしまった。
再び車の中で席替えが行なわれる。今度の運転手はヤン太だ。
「よし、今度は俺の番だ。ぶつけても平気なんですよね?」
姉ちゃんに質問すると、こう答える。
「ええ、ゲームだからね。派手にぶつけてもらっても構わないわ」
「よし! じゃあ、派手に行きます!」
「OKよ、じゃあいくわね。3、2、1、スタート」
スタートの合図と共に、ヤン太は思いっきりアクセルを踏み込んだみたいだ。グンと加速して、ソファーに強く押しつけられる。と、思った瞬間、今度はブレーキを踏んで、客の前で急停車をする。
思わずレオ吉くんが声を上げる。
「あ、危ないですよ」
「大丈夫だって、ゲームなんだから。ほらお客さんが寄ってきた」
かなり荒っぽい運転をしたにも関わらず、お客さんが走ってタクシーに乗り込んできた。僕だったら、こんな運転をするタクシーには乗りたくない。
「行き先は、ビーチの駐車場だな。いくぜ!」
お客さんを乗せると同時に、ヤン太は急発進をする。
ビーチを目指して、高速道路のような2車線の広い道路をひたすら飛ばす。速度メーターを確認すると、速度は120キロを超えていた。
「前の車が邪魔だな」
そう言って、右や左に車線を変える。
「止めて下さい。ぶつかったら大変な事になってしまいます」
レオ吉くんが必死に訴えると、姉ちゃんが余計な事を言う。
「大丈夫よレオ吉くん。その車は安全だから、ぶつかっても適度な衝撃しかしないから」
「いや、でも、ギャー」
レオ吉くんは泣きそうだが、レースゲームだとよくある光景だろう。周りの風景がガンガン流れて行く。
適度な加速と減速を繰り返し、ヤン太はスルスルと車を縫うように追い抜いて行く。そして、なんとか無事に目的地へとたどり着いた。
チャリーン、チャリーンと、お金が入ってくる音がして、お客さんを降ろすと、ヤン太は次のお客さんを探しに行く。
「おっ、あの客が面白そうだ」
そういって新しい客を乗せようとする。そのお客さんは、巨大なアフロヘアーのロックスターのような格好をしていた。
ロックスターが乗り込むと、僕らの髪型が巨大なアフロヘアーになる。この時、僕は後部座席に座っていたので、前の風景がほとんど見えなくなった。
「前が見えなくなったので、怖く無くなりましたね」
気が抜けた感じで、レオ吉くんが言う。
「それじゃあつまらないな、次に乗せる客はスキンヘッドにするか」
そんな事を言いながらヤン太が楽しそうに運転をする。
ヤン太の運転はかなり荒っぽかったが、それでも事故を起さず、時間切れとなった。
「はい、ヤン太くんそこまで。ハイスコアよ、運転してどうだった?」
「はぁー、すごい楽しかったです。これなら何度でもやりたいな」
「もう少し交通ルールを守りましょうよ」
弱々しい声でレオ吉くんが抗議をするが、姉ちゃんは全く反対の意見を言う。
「ゲームなんだから、交通ルールを無視して走行できる、とても貴重なチャンスよ。どんどんルールを無視しましょう」
「えー、そんなぁ~」
あきれた様に言うレオ吉くん。
レオ吉くんの意見を尊重したいが、姉ちゃんの言う事も、もっともだ。地上であんな運転をしたら、何年も刑務所に入る事になるだろう。
車の中で席替えをして、今度はキングが運転をする番となった。




