マッドネス・タクシー 3
午前中の練習走行が終わり、昼食を食べた後、いよいよゲームのテストプレイに入る。
ちなみに運転する順番は、午前中と変わらず、レオ吉くん、僕、ミサキ、ヤン太、キング、ジミ子となっている。
『キャ・ディラック』に全員が乗り込むと、自動運転で空中にふわりと浮かぶ。
ある程度、上昇すると、僕たちはアメリカの街の中に居た。
「おお、すげぇ。サンフランシスコの街だ」
「ドリーヌキャストだとグラフィックが荒かったけど、これだと本物の街と変わらないな」
ヤン太とキングが声を上げる。
「ねえ、あそこのメェクドナルドゥでハンバーガーを食べてみない? 本場のハンバーガーと、どう違うか試してみたいでしょ」
ミサキが窓の外のおなじみの看板を指して言う。すると姉ちゃんから突っ込みが入った。
「ミサキちゃん、それは空中に映し出した映像だから無理よ。本場のハンバーガーはこんど取り寄せてあげるから、今は我慢して」
「はい、わかりました」
元気よく返事をするミサキ。しかし、ここでハンバーガーを食べたがるとは…… 先ほどまで食べていた昼食は、いったい何だったのだろう。
ミサキが勘違いを起こすほど、この街はよくできている。建物だけでなく、人々も車も行き交い、何も知らない人を連れてきたら、これが映像だとはとても思えないだろう。
ただ一つ、現実とは大きく違う点があった。
「あの、頭の上に$マークを浮かべている人達は何かしら?」
ジミ子が道路沿いに立っている人達をの事を言うと、キングが答えてくれる。
「あの人達が客だぜ、頭の上の$マークには違う色が付いてるだろ?」
「何色かあるわね」
「赤、オレンジ、緑色と、段階があって、目的地が近いのは赤、そこそこの距離はオレンジ、遠いのは緑色に分けられているんだ」
「へえ、近距離のお客さんと、遠距離のお客さんが分るのね」
「そういう事だな」
姉ちゃんからアナウンスが入る。
「ゲームの時間は10分、重力の最大負荷は1.6Gに設定するわ。アメリカだから右側通行なんで注意してね」
「それじゃあ行きますよ」
レオ吉が気合いを入れてハンドルを握ると、カウントダウンの数字が現われゼロになる。ゲームが始まった。
「ええと『右見て、左見て、右』。いや、違いました、右側通行なんで『左見て、右見て、左』ですかね」
バイクの免許を取ったばかりのレオ吉は、交通規則に従って慎重に発進する。ゲームなので、そこまで丁寧にやらなくてもいい気がするが、まあ、人のプレイなので、黙って見ていよう。
「お客さんがたくさん居ますね。とりあえず一番近い場所の、お客さんのところで止まります」
レオ吉くんが、サラリーマン風のお客さんの前で、ゆっくりと車を止めると、お客さんはすぐに車に乗り込んできた。
これはゲームなので、実際にドアが開く事はなかったが、バタンという効果音がスピーカーから流れると、僕たちの服が、乗り込んできたお客さんの着ていた、ビジネススーツの服に変った。
「あれ、服が替わった?」
僕が思わず声を上げると、姉ちゃんが解説してくれる。
「乗って来たお客さんの服装を、搭乗者に反映するようにしてみたの、どう? それっぽいでしょ?」
「面白いね、これだけでも楽しめそう」
通りを見てみると、カジュアルな格好、ドレス、アフロのダンサーと、色々な格好をしたお客さんがいる。
このゲームはタクシーのドライバーという、地味で退屈なゲームなので、こういった遊び心があった方が良いだろう。
「ええと、行き先は…… 公園のようですが、どこにあるんですか?」
一方、レオ吉は運転で服装どころではない。行き先の地名が表示されたのだが、サンフランシスコの街など分るハズもなく、軽く混乱をしてる。
するとキングが、前方の少し上を指さしながら言う。
「あの矢印の方向に目的地があるぜ」
前方の上空5メートルほどの場所に、緑色の大きな矢印が浮いている。なるほど、あれがナビゲーターの代りらしい。
「おっ、分りました。では発進します。『左見て、右見て、左』」
レオ吉くんは必要に周りを確認してから、タクシーを出発させる。
夏の青い空の下、サンフランシスコの街の中を、観光気分でドライブをする。
大きなガソリンスタンド、お洒落な喫茶店、広大な駐車場のスーパーマーケット。色々な建物がちゃんと作り込まれている。
走っている途中に現われた坂道はかなり急で、レトロな路面電車が走っていた。この風景は、写真か何かで見たような気がする。
「目の前にサンフランシスコ湾が広がっているでしょう。その中に島が見えると思うけど、それがアルカトラズ島よ」
走っている途中で、姉ちゃんからアナウンスがあった。坂からは海が見え、そこに島が浮かんでいる。島の中央には、無骨な要塞の様なビルが建っていて、あれが刑務所の跡なのだろう。
マルオカートとは全く違う景色を楽しんでいると、あっという間に目的地の公園へとたどり着いた。
キングが目の前を指さしながら言う。
「あそこら辺の、地面が緑色に光っているエリアの中に停車するんだ。それで客を降ろした事になるハズだ」
「はい、わかりました」
レオ吉くんが言われた通りに道路脇に停車すると、僕たちの服が元にもどり、「サンキュー」という音と共に、チャリン、チャリンと、お金の入る音がした。
「ふう、無事にお客さんを運べましたよ」
安心するレオ吉くんに、ヤン太が急かすように言う。
「まだまだ時間があるぜ、次のお客さんを乗せないと」
周りを見渡すと、頭の上に$マークが浮かんでいる人が5人は見える。
「ええと、次はこの人にします」
カジュアルな服装の人を乗せると、今度の行き先はシーフードレストランだった。
次の行き先はシーフードレストランは、海沿いにあるらしく、椰子の木が植えてある海岸線の道を走っていく。
窓の外を見ると、ビーチで波と戯れる人や、釣りを楽しんでいる人がいる。
タクシーのドライバーはつまらないと思っていたが、このような美しい景色の観光地なら、普通にドライブするだけでも充分に楽しめそうだ。
海岸線の道を走ること2分。二人目を無事にシーフードレストランに運び届け、三人目をひろうと、次の目的地はショッピングモールを示した。
こんどは街中を走り抜け、ショッピングモールに送り届けると、10分がすぎたようだ。姉ちゃんからアナウンスが入った。
「はい、レオ吉くんはここまで。次は誰だったっけ?」
「次は僕だよ。姉ちゃん」
「じゃあ、運転手の席替えをする為に、一端、地上に降ろすわね」
「いや、車が広いから大丈夫だと思うよ、ちょっと待ってね」
みんなで車内をゴソゴソと動き、席順を変える。広いアメリカの車だったので、体の大きいレオ吉くんでも難なく移動が出来た。
移動が終わると、僕は姉ちゃんに催促をする。
「準備ができたから、はじめて良いよ」
「じゃあ行くわよ。サンフランシスコの街並みを楽しんでね」
いよいよ僕の運転が始まる。




