マッドネス・タクシー 2
僕たちは姉ちゃんの会社の前に集まっている。
時間が来ると、姉ちゃんとレオ吉くんが会社の中から現われた。
「今日はありがとうね。じゃあ、さっそくバイトの現場に行きましょうか」
姉ちゃんに連れられて、僕たちは『どこだってドア』をくぐり抜けた。
『どこだってドア』の移動先は、前回のマルオカートと同じ、どこかの工場のようだ。
工場の敷地を歩いて、体育館のような倉庫の中へと移動する。
すると、そこにはアメリカのオープンカー『キャ・ディラック』が、黄色いタクシーカラーで塗られていた。
「うぉ、格好いい!」
「すげぇ、実物はこんなにデカいのか!」
ヤン太とキングが声を上げる。姉ちゃんは得意気になって説明する。
「どう? 車体は本物の『キャ・ディラック』よ。ちょうど走らなくなっていた車があったから、安く買い取って改造したの」
丸い左右二つずつあるヘッドライト、いかついフロントグリルと膨らみのあるボンネット。後部には飛行機の尾翼かロケットのような、非常に独特の飾りが左右の端についている。
外見で本物の車と違うのは、オープンカーなのに大きなガラスのフードがついている事だろうか。おそらくこれは、重力遮断装置の一部として必要なのだろう。
かなり古い車だが、宇宙人の技術で作り直しているので大丈夫だと思う。ひとつ問題があるとすれば、台数だ。ちょっと姉ちゃんに聞いて見る。
「姉ちゃん、一台しかないけど、これだけ?」
「そうね。急な話だからこれだけしか用意できなかったのよ。交代で運転をしてもらう予定だけど、運転しない他の人は暇でしょうから、乗客の変わりに乗って楽しんで欲しいんだけど、どうかな?」
「うん。それが良いと思うよ。でも、この車は5人乗りじゃないの? 1人は乗れないよね?」
「大丈夫よ、その車は6人乗りだから、後ろのシートに3人、前にも3人座れる仕様よ。横幅は充分にあるでしょ」
「ああ、うん。確かにデカいね。問題なく乗れると思う」
この車はとにかくデカい。サイズは普通の車というより、小型のトラックくらいの大きさはありそうだ。
「それじゃあ、まずは運転に慣れてもらいましょうか。また駐車場にコースを作ったから、誰から運転をする」
「俺が」「いや、俺が」「ボクが」「私が」
ほぼ全員が一斉に手を上げたので、ジャンケンで順番を決めた。
順番は、レオ吉くん、僕、ミサキ、ヤン太、キング、ジミ子の順になった。
レオ吉くんが運転席に座り、自動運転で駐車場に移動する。駐車場には赤い三角のコーンが並んで居て、簡易コースができていた。
前回のマルオカートの時は、かなり道幅が大きく感じたが、この車だととても狭く感じる。
車の中にはスピーカーとマイクが設置されているので、無線で姉ちゃんに聞いて見る。
「姉ちゃん、このコース、ずいぶんと小さいね」
「コースは前回と同じ大きさのはずよ、車が大きいから、狭く感じるだけね。とりあえず、車に慣れる事が目的だから、初めから無理な運転はしないでちょうだい」
姉ちゃんがそう言うと、レオ吉くんが返事をする。
「分りました。では発進しますよ」
レオ吉くんの運転で、ゆっくりと車が動き出した。
夏のアスファルトの上を、『キャ・ディラック』がのんびりと走る。
ゆっくり無理せず走っているが、運転席の反対に座っているミサキが、レオ吉くんにこんな注意をする。
「レオ吉くん、こっち側の幅がギリギリだよ。あっ、ひとつ三角コーンを倒した」
「えっ、左側もそんなに余裕がないですよ。この車、ものすごく運転し辛いです」
そう言いながらコーンをパタパタと倒しながら進む。まあ、レオ吉くんは運動神経があまり良く無いので、こんなものだろう。
15分ほど練習走行をして、僕の番になった。
今度は僕がハンドルを握り、この車の運転をする。
少しクッションの堅い皮のシート、大きなハンドル、思いアクセルとブレーキのペダル。どれも本物の車のようだが、ひとつ、ゲーム用に大きく改造されている部分がある。
車のギアを操作するシフトレバーが、前進とバックしか無い。
現実だと、1速から4速か5速ぐらいのまでのギアがあるはずだが、細かい操作をしなくて良いらしい。これは、とても分りやすくて助かった。
僕はやたらと大きなハンドルを握り、アクセルをゆっくりと踏んでスタートした。
「おっ、コーンと接触しそうだ、あっ、倒したぞ」
右側に座っているヤン太が、窓の外を見ながら僕に言う。
「うそ、今、そんなに外側にいるの?」
それを聞いて、レオ吉くんがアドバイスをくれる。
「かなり減速しないと、カーブで大きく外に膨らみますよ」
「わかった、速度に気をつけながら運転をするよ」
レオ吉くんの言っていた通り、この車は大きく、重く、鈍く、とても運転がしずらい。
四苦八苦しながら、ようやく車の動きがわかり始めてきた時には、僕の練習時間は無くなっていた。次のミサキに順番を譲る。
こうして全員が練習を終えると、一端、お昼の休憩を挟む事になった。
この車の運転が上手く出来たのは、ゲームで慣れているキングくらいなものだろう。
お昼は前回と同じ、この会社の社食で食べる。
メニューを選んでいる時に、姉ちゃんがみんなに言う。
「お昼は私が経費でだすから、自由に選んで。でも、バイトが終わった後に食べる、とても特別なデザートを用意しているから、お昼は控え目にお願いね」
ミサキがこの話に食いついた。
「とても特別なデザートって、この間みたいに火星のデザートですか?」
「ええ、こんどは苺のホールケーキよ。かなり大きめのケーキだから、お腹を空けておいてね」
「わかりました。我慢します」
ミサキはこの間、食べ過ぎて大変なことになってしまった。
これはミサキに大食いをさせないための、姉ちゃんの作戦だろう。
「じゃあ、私はAのハンバーグランチ、おお…… いや、普通盛で」
この作戦は成功し、ミサキを人並みの食事量に抑える事に成功した。
食事をしながら、午後のゲームについて話をする。
「元になったゲームって、タクシー運転手のゲームなんですよね?」
ジミ子が姉ちゃんに質問をする。
「ええ、そうよ。サンフランシスコの街をモデルにした地域を自由に運転してもらって、『10分間でどれだけ運賃を稼ぐか』というゲームね」
「10分だと、せいぜいお客さんは3人くらいですかね?」
その質問にキングが割り込んで答える。
「いや、10人以上は行くんじゃないかな。近い客だと、運ぶ距離が200メートル以下とか居るからな」
それを聞いてジミ子が正論を言う。
「200メートルだったら、ゆっくり歩いて2分かからないじゃない。タクシーを待っている時間があったら、歩いたほうが早いでしょ」
「いや、そんな事を俺に言われても……」
キングが困ってしまうと、姉ちゃんがフォローをする。
「まあ、ゲームなんだからあまり気にしないで楽しみましょうよ。そういえば弟ちゃん、今日は半重力ブラを付けてきた」
「うん、付けてるけど」
「そう、それならよかった。ちょっと衝撃を強めに設定する予定だから」
マルオカートでは、大ジャンプの衝撃でブラジャーの紐が切れてしまった。しかし、タクシーの運転をするようなゲームで切れるようなことはないだろう。
念のため、僕は姉ちゃんに確認をする。
「このあいだのマルオカートの、スキーのジャンプ台みたいな仕掛けはないよね?」
「ええ無いわ。 ……うん、無かったはず」
ちょっと間をおいて、あいまいな感じの返事が返ってきた。
そんな話をしていたら、ヤン太とレオ吉くんの食事が終わる。
「食事が終わりました」
「ボクも食べ終わりました」
慌てて僕も食事を済ませると、トイレによってから、再び車の元へと集合した。
タクシーの運転手という非常に地味なゲームだが、それなりに面白そうな気がする。




