半重力ブラ 3
モデルの写真撮影をして、数日後。半重力ブラと空間歪曲ブラは売り出された。
姉ちゃんの話だと、両方とも試しに5000ずつ販売したところ、あっという間に売り切れたそうだ。空間歪曲の方は特に人気が高く、予約注文が殺到しているらしい。
まあ、ブラジャーに関しては、モデルはやったものの僕たちにはあまり関係が無い。いつものように夏休みをすごす。
今日は昼前から市民プールへ行き、午後2時すぎまで泳いだ後、イタリアンのサイゼリアに寄って昼食を食べる。このファミレスのイタリアンレストランは、とにかく安いので助かっている。
「スパゲッティ、アラビアータ、ドリンクバー付きのランチセットを大盛りで。あとミラノ風ドリアとガーリックトーストをお願いします」
今、ミサキが頼んだメニューでも千円ちょっとで食べられる。安く済ませようと思えば、500円くらいでも、それなりの食事が取れるだろう。
それぞれが注文を終えると、ジミ子が席を立つ。
「ちょっと、おトイレに行ってくるわ」
「私も行ってくる」
ミサキも席を立ち、二人が席を外した。
二人がトイレの中に入った事を確認してから、元男性陣はヒソヒソと小声で話し合う。
「明らかにデカくしているよな?」
「ああ、普段より二回りくらいデカいんじゃないか?」
ヤン太とキングが本音を言ったので、僕も本音を言う。
「やりすぎだよね」
「ボクも少しやりすぎだと思います。かなり違和感があります」
レオ吉くんも同じ意見のようだ。あのブラジャーが手に入ってから、二人の胸は急激に大きくなりはじめた。
「誰かが、それとなく注意した方が良いんじゃないか?」
ヤン太がもっともな意見を言うが、実行するには大きな問題がある。
「それはそうだけど、誰が言うかが問題だよね」
「うーん。二人に親しいツカサくんが言えば良いんじゃないですか?」
レオ吉くんが僕を指名してきた。確かに付き合いは長いのだが、僕がこの問題に首を突っ込めない理由がある。
「レオ吉くん。このメンバーの中で一番胸が大きい僕が、あの二人に胸の事を注意したらどうなると思う?」
「……おそらく、逆ギレされますね」
「そう思うでしょ。おそらくキングから注意しても逆ギレされると思うし…… そうなるとヤン太から言った方が良いんじゃないかな?」
僕がヤン太に話しを振ると、眉間にシワを寄せながら、こう言われた。
「いやいや、俺から言っても間違いなく逆ギレされるぜ。むしろ、付き合いの浅いレオ吉くんから言った方が良いんじゃないか? 国王だし何とかなるだろ」
「嫌です、ボクも絶対に切れられますよ」
そんな話をしていると、キングが僕たちに知らせてくれる。
「二人が戻ってきたぞ、話題に切り替えようぜ」
「おお、そうだな。今週もワンピーヌ面白かったな」
ヤン太が急にマンガの話題をしはじめて、僕らがそれに話を合わせようとした時だ。帰ってきた二人を見て、元男性陣は固まった。トイレに行く前と行った後では、明らかに胸の大きさが違っている。
ジミ子は等間隔に水玉の柄が印刷されたワンピースを着ているのだが、胸の辺りがもう等間隔ではない。ミサキは、クマのマスコットキャラクターが描かれたTシャツを着ているが、クマがもうブタのようにパンパンに膨らんでいる。やりすぎて、あきらかに空間がおかしなことになっていた。
「あれ、今週のワンピーヌは休載じゃなかったっけ?」
ミサキが何事もなかったかのように僕らの会話に入って来た。
「そうだったっけ? じゃあ、先週の話かな?」
ヤン太が適当に話をごまかす。本来だったら、体のある部分を指摘したいが、それは逆鱗に触れるようなものだろう。全員が見て見ぬ振りをする。
「この先の展開は、どうなると思う?」
ジミ子がマンガの話題を振ってくるが、胸が気になって、いまいち頭に入ってこない。
「うん、ピンチになると思うけど、なんとか切り抜けるんじゃないかな」
僕は適当な事を言って、その場を凌いでいると、料理が出来上がったようだ、店員さんが運んで来た。
「スパゲッティ、アラビアータのお客様、どちらでしょうか?」
「はい、私です」
ミサキがスパゲッティを受け取る。
「ミラノ風ドリアのお客様は、どちらですか?」
「はい、それも私です」
「ガーリックトーストのお客様は、どちらでしょう?」
「それも私ですね」
「ええと、フライドポテトのお客様は……」
「あっ、それはボクです」
レオ吉くんが返事をすると、店員さんが驚いた表情を見せる。
「あっ、あなた様は、動物ノ王国の国王陛下さまでしょうか?」
「はい、そうですね。務めさせて貰っています」
レオ吉くんが身分をさりげなく答えると、店員さんは、かなり緊張した面持ちで答える。
「ご、ご来店いただき、ありがとうございます。フライドポテトにケチャップはお付けしますか?」
「できればお願いします」
「はい、直ちにもってまいります」
店員さんはダッシュで取りに行き、ケチャップが入った小さな器をもってきた。
しかし、あまりに急いでいた為か、手を滑らせて、ケチャップをぶちまけて、それがジミ子とミサキにかかってしまう。
「あ、あぁ、大変、失礼な事を、おしぼりをもってまいります」
「安物なんで気にしないで下さい」
「そうです、たいした服じゃないですから」
ジミ子とミサキは大して気にしない素振りをするが、店員さんは軽いパニックに陥った。
おしぼりを持ってきた店主さんは、まずジミ子のケチャップを拭い取ろうとする。
「いまお拭きします」
店員さんは胸についたケチャップを取ろうとするが、その胸は虚像だ、おしぼりはむなしく宙を拭う。
「えっ? あ? えぇ?」
「あっ、自分で拭きますから」
完全にパニック状態の店主さんから、ジミ子は奪い取るようにおしぼりを受け取り、自分で拭き取ろうとする。しかし、距離感がつかめないのか、何度か空中を空振りする。
「私も自分で拭きます」
ジミ子の様子を見ていたミサキも、おしぼりを受け取り、自分で拭こうとするが、やはり上手くいかない。もしかして、自分の胸のサイズを忘れてしまったのだろうか?
この後、店長さんが出て来て、深々と頭を下げて謝罪をする。
店長さんは、食事代は要らないとまで言ってきたが、さすがにそれは悪いので、レオ吉くんは、次回の割引券と、クリーニングのチケットをもらう事で話をまとめた。ここら辺は、さすが社会人と言った所だ。
話が丸く収まったかに見えたが、落ち込んでいる人物が2人居る。ミサキとジミ子だ。
「ふふふ、私の胸の実態ってこんなサイズなのね……」
「むなしいわ…… 現実に帰りましょうか」
二人は再びトイレに行くと、胸のサイズを調整して、戻ってきた。
現実に直面して、色々と懲りたみたいだが、でもそのサイズは、本来より、まだ少し大きく思えた。
ちなみにクリーニングのチケットは、プレアデスグループの店舗だったので、汚れが落ちない事はないだろう。




