マルオカート 8
レースは後半戦に入った。現在の順位は、ヤン太が1位、僕が2位、キングが3位、レオ吉くんが4位で、ジミ子が5位。ミサキは諸事情によりリタイアした。
砂浜の道からアスファルトの道に入り、長いストレートを走り2週目に入る。
午前中は、ほぼキングの独走状態だったが、アイテムが加わった事により、激しく順位が入れ替わるようになり、レース展開は予想がまるでつかなくなった。
高速でストレートを走り抜けると、ふたたび砂浜に戻る。緩やかなカーブが続くこのコースでは、運転の腕の差は出にくいが、それでも少しずつキングは追い上げて来ていた。
キングに追い詰められている中、『?』のマーク付いた箱が路上に現われた。
これは、もちろんアイテムボックスだ。僕の腕前では、もうコレに頼るしかないだろう。
先頭のヤン太が、何かのアイテムを取り、続いて僕が箱に突っ込む。
すると、「チャリーン」という、マルオブラザーズではおなじみの音がした。
「コ、コインだ…… 大ハズレだ、まるで意味が無い」
思わず愚痴がこぼれた。すると、キングがフォローしてくれる。
「いちおう、意味ならあるぜ。コイン一枚につき、最高速度が1パーセントあがるぜ」
「1パーセントって、ほとんど変わらないよね?」
「まあそうだな、10枚くらい集めれば10パー変わって、そこそこ違ってくるけどな。おっとコッチは甲羅が来た」
キングは亀の甲羅を引き当てたらしい。こちらへ甲羅が飛んでくる。そう思った瞬間、甲羅は僕を無視してヤン太のカートに向っていく。そして、ヤン太の近くに行くと、その甲羅は大爆発を起こした。
「うおっ! よけられるか、こんな攻撃!」
ヤン太はそう言い残すと、スピンしてコース外に弾き出された。
僕は、安堵のため息をつく。
「ふう、『青い』甲羅か、助かった」
「遠くの方で爆発が見えたんですけど、どうなっているんですか?」
レオ吉くんが驚いた様子で聞いてくる。それをキングが丁寧に答える。
「このゲームの亀の甲羅は3種類あって、使ったときに、それぞれ別の動きをするんだ。とにかく真っ直ぐ前に飛んで行く『緑色』。目の前のプレイヤーに誘導する『赤色』。一位のプレイヤーに誘導して、爆発をする『青色』。使う時には注意が必要だな」
「どうして亀の甲羅が爆発するんでしょう? あっ、ボクも『青色』がきました。使ってみましょう」
後ろから放たれた亀の甲羅は、現在1位の僕のすぐそばで大爆発をする。
レオ吉くんからの思わぬ攻撃に、僕は回避も出来ず吹き飛んだ。近くにいたキングも、巻き添えを食らう。
「うわぁ」「うおぅ」
僕たち二人はコース外に飛ばされる。
「えっ」
攻撃をしたレオ吉くんから、変な声があがる。まさかあそこまでの攻撃とは思っていなかったのだろう。
コースアウトした僕らを尻目に、レオ吉くんはそのまま減速する事なく、走り去っていった。どうやらこのゲームに慣れてきたらしい。
僕らは砂浜を走り続けて、いよいよゴールの手間に差し掛かった時だ。今まで何も喋らなかったジミ子が、急にこんな事を言い出す。
「私の取ったアイテムは何だと思う?」
そういえばジミ子はアイテムを使っていなかった。僕は思いつくアイテムを言う。
「僕と同じ、コインとか……」
「違うわ、これよ!」
そう言うと、次の瞬間、ジミ子以外のカートに、もの凄い落雷が車に落ち、スピンをする。超強力なアイテム『サンダー』だ。
『サンダー』というアイテムは、他のプレイヤーの動きを、一時封じる事ができる。みんながまともに操作できない間に、ジミ子は余裕でゴールをした。
「やられた」「あそこで使うか」
ヤン太とキングが悔しがる中、レオ吉くんが、このゲームの本質を突く。
「このレース。どのアイテムを手に入れるかで、順番が決まりませんか?」
「まあ、そうだね。運の要素も強いけど。これはこれで楽しいでしょ?」
僕がそう言うと、レオ吉くんは明るく答える。
「はい、これなら誰が優勝してもおかしくないので、楽しいです」
リアルなレースゲームだと、僕らは逆立ちしてもキングには敵わないが、このレースゲームなら運さえよければ勝てる時もある。こういったゲームも悪くはないだろう。
「サーキット場を変えるわね。次のレースからミサキちゃんが復帰するわ」
姉ちゃんの声が聞えてきた。僕はこんな質問をする。
「ミサキの体調は大丈夫なの?」
すると、ミサキ本人から返事が来る。
「大丈夫よ、ちょっとだけお昼を食べ過ぎただけだから。今はスッキリと軽くなったから平気よ」
どうやら出してきたらしい。僕は今後の為に、姉ちゃんに提案をする。
「このカートを本格的に稼働させる時は『緊急離脱ボタン』を付けた方がいいかもね。あとエチケット袋も」
「そうね、それは付けておいたほうがよさそうね。じゃあ、次のステージに変えるわよ。そうそう、見物人の人がそろそろ来るから、楽しそうに走ってちょうだい」
「楽しそうに走るって、どうすれば良いんですか?」
レオ吉くんが姉ちゃんに質問をすると、こんな答えが返ってくる。
「自由に思うままに走ってみて、たぶんそれでOKよ。じゃあ、切り替えるわね」
遊園地の中を走るステージに切り替わり、カウントダウンが始まった。
ハンドルを力強く握って、ジッと待つ。
やがて信号は青に変わり、僕たちは勢いよいよく飛び出した。
遊園地の中のコース、首都高速のような道を走るコース、桜の道を走るコース、そして、スキー場のようなジャンプ台のあるコース。僕たちは時間を忘れて遊ぶ。
1時間以上は遊んでいただろうか、姉ちゃんから声がかかる。
「そろそろ終わりにしましょうか?」
「いや、もうちょっと走りたいです」
「そうですね。時間が許すなら、まだ走りたいです」
ヤン太とジミ子が、まだ続けたいと言う。他のメンバーもおそらく同じ心境だろう。僕ももう少し遊んでいたい。
「分ったわ。じゃあ、ちょっとカートを何台か追加するわね。みんなはいつも通り走っていて」
「「「はい」」」
カートが6台ほと追加され。僕たちは再び走り始める。
この追加されたカート、スモークガラスが張られていて、中はよく見えないが、おそらくロボットだろう。
コース取りが正確で、まともに走っていると、僕らでは追いつけない。
仕方ないので、ガンガンと体当たりをして妨害したり、アイテムを使って吹き飛ばしたりと、様々な嫌がらせをしながら走っていた。
やがて日が傾き始める。さすがにもう終了だ。最後のゴールラインを通り過ぎると、自動運転で地上に引き戻されて、僕たちはカートを降りる。
新たに加わったカートも降りてきて、ハッチが開いた。すると、中にはロボットではなく、人間が入っていた。
乗っていた人たちは、そこそこの歳の、かなり身なりの良い、元男性に見える。どうった人達かまるで分らない……
姉ちゃんはその人達の元に駆け寄り、意見を聞く。
「どうでした、カートの方は楽しめましたか?」
「いやあ、年甲斐もなく楽しめたよ」
「もう少しサスペンションは硬い法が良いですね」
「馬力は倍くらい欲しいな」
そんな意見が飛び交う中、僕は小声で姉ちゃんに聞く。
「この人達はどういった方々ですか?」
「ああ、紹介するわね。こちらトヲタ自動車の社長さん。こちらはポンタ自動車の会長さんね。あとは、マシダ、ススキ、スバノレ、ヤマ八の社長さんたちよ」
「ええ」「はい」「どうも」
僕らは目線を合わせず、弱々しい返事しかできなかった。
そんなに偉い人が来るなら、そう言ってくれればよかったのに……
思いっ切り妨害をしてしまっていた。
この後、社長さんたちは楽しそうに話していた。
僕らのやった事は、たぶん大丈夫だと思いたい……




