マルオカート 5
信号機が赤から黄色、青へと変わり、レースが始まった。
僕は適度にアクセルを踏み込み、カートをスタートさせる。スタートの合図と同時に、思い切り踏み込んだ ミサキとヤン太はタイヤが空転して、スタートが少し遅れた。ここら辺は、ただ『Aボタン』を押せばいいゲームとは違う点だろう。
ミサキとヤン太が少し出遅れたものの、みんな一団となって第1コーナーに突入しようとした時だ、姉ちゃんの声が聞えてきた。
「まだ練習走行みたいなものだから、気楽に走ってね」
姉ちゃんの声を聞き、ハッと冷静になる。まだスタートしたばかりで、ここで無理をする必要はないだろう。充分に減速をして、第1コーナーに突入した。
ここのサーキットは、さっきまで走っていた練習場と比べると、とてつもなく広い。
コースの道幅が広いと、速度は遅く感じるようで、思っていたよりもスピードが出ていたようだ。
「あっ、曲がり切れない……」
ミサキは減速が足りず遠心力に振られて、大きくコースを外れていった。
ミサキの失敗を見た僕らは、ますます慎重に運転をする。
運転をしながら、僕は姉ちゃんに聞く。
「そういえば、このレースは何周走れば良いの?」
「とりあえず3週の設定にしておいたわ。最初のレースだし練習だと思って走ってね」
僕たちは、いくつかの左右に曲がるコーナーを抜けて行く。コーナーでヤン太に抜かれ、ミサキはコース外から僕の前に飛び出してきて、いつの間にか抜かれてしまった。
多少の順位の変動はあるものの、順調に走っていると、キングが思い出したように言う。
「そういえば、このコースの最後は崖になっていて、大ジャンプがあった気がするけど、どうなるんだ?」
昨日の夜に練習していたレオ吉くんが答える。
「ああ、たしかにありましたね。ゲームだと大きな登り坂の後、100メートルを超えそうな、大ジャンプが……」
そんな話をしていると、僕たちは大きな登り坂に突入した。
登り坂はかなりの急勾配だ。20~30度くらいありそうな、キツイ坂道を上がっていく。
そして、困った事に、この登り坂がとにかく長い。かれこれ50メートルは上がってきているが、まだ先が見えない。不安になってきたので、姉ちゃんに確認する。
「姉ちゃん、これ、大丈夫なの?」
「大丈夫よ。そもそも、そのカートは『空を飛ぶカート』で、今だって空を飛んでるじゃない」
ああ、そうだった。目の前のサーキットの映像と、振動ユニットのせいで、アスファルトの上を走っていると勘違いしていたが、今は上空を移動しているんだった。
「登り坂が途切れるぞ」「下りはやべえぞ、これ」
先頭を行くキングとヤン太の警告が聞えた。続いて、僕のカートも長い長い坂道を登り終えた。
登り坂が終わると、ちょっとだけ平らな部分があり、その後は下り坂に入る。
それは、ものすごい急勾配の下り坂で、坂を少し下った所に、マルオカートおなじみの、加速を示す矢印が地面に描かれていた。その先はジャンプ台になっており、道が途切れている。
見晴らしが必要以上に良く、まるでスキーのジャンプ台に、カートで迷い込んでしまったかのような光景だ。
「え、アレを飛ぶの?」「無理でしょう」
後ろを走っていたジミ子とレオ吉くんの本音が聞えてきた。ちなみにコースに迂回路は見当たらない、ジャンプするしか道は無いようだ。、
「ヒーハー」「おらぁ」「イエーイ」
キング、ヤン太、ミサキがジャンプ台に突っ込み、楽しそうに宙を舞う。
僕はどうしようかと考えている暇もなく、次の瞬間には僕も空中に放り出された。体がふわりと浮いて、空を飛んでいる。
「うあぁぁぁ」「ぎゃああぁぁ」
同じく空中に放り出された、レオ吉くんとジミ子の声が聞えてきた。
空を飛んでいる間、僕は言葉を発せず、ハンドルを思いっきり握る。浮遊感は数秒続き、かなりの距離を滑空した後に、ドスンと激しく地面に着地をした。
そして、着地と同時にブチンと音がして、僕のブラジャーの紐が切れた。胸が下に引っ張られて、ものすごく痛い。
「痛った!」
僕が悲鳴に近い声をあげると、姉ちゃんが心配そうな声で聞いてくる。
「弟ちゃん、大丈夫? どこか打った?」
「大丈夫だよ。ブラジャーが衝撃に耐えきれずに、紐が切れたみたい。ダメージは無いけど、一瞬、胸がもげるかと思った」
僕がそう言った瞬間。
「「もげろ!」」
二人が吐き捨てるように言った。まあ、誰が言ったのかは詮索しないでおこう。
「ま、まあ、今は最大重力は1.5Gだけど、1.1Gぐらいにしときましょう。これだけ弱くしておけば平気でしょ」
姉ちゃんが衝撃の再調整をする。おそらくこれで大丈夫だろう。
このジャンプの後は、大きくて緩いコーナーを曲がりスタート地点へと出た。
「あと2週、頑張って!」
スタート地点を通過すると、姉ちゃんの声が聞えてくる。あの大ジャンプを、もう2回やらなきゃならない訳か……
あれは下手なジェットコースターより怖いだろう。絶叫マシンが苦手な人はやりたくない。
僕はあるアイデアを姉ちゃんに言ってみる。
「姉ちゃん、あの最後の大ジャンプ。このカートの正式なサービスを開始する時には、ジャンプしなくても良い迂回路を用意してくれないかな? 怖がってやりたくない人も居ると思うよ」
「そうですね」「そうです」
僕が言うと、ジミ子とレオ吉くんが、すぐに相づちを入れてきた。
「そうなんだ。それなら、今すぐにでも仕様変更できるよ。とりあえず変えておくから、次のジャンプの時にチェックしておいて」
「ありがとうございます!」「さすがアヤカ先輩!」
ジミ子とレオ吉くんから、歓喜の声があがった。僕もそちらの迂回路のチェックをしてみよう。発案者なのだから、使わない訳にはいかないだろう。
そう思っていたら、姉ちゃんからこんな事を言われる。
「ああ、弟ちゃんはジャンプしてね。1.1Gに変えて、胸が痛いかどうかチェックしなきゃいけないから」
「ああ、うん。分ったよ」
どうやら僕は、再びジャンプをしなければならないようだ……
コーナーをいくつか走り抜け、僕たちは再び坂を登り始める。
延々と続く坂道を上がりきると、急な下り坂に変わった。
身震いするような下り坂を見ると、こんどはジャンプ台の両側に、大きな道幅の迂回路が出来ていた。
「ヒャッホー」「行けえ!」「楽しいー」
キング、ヤン太、ミサキは迂回路を無視して、再びジャンプをする。僕は迂回路への誘惑を断ち切って、無言で2回目のジャンプをした。何とも言えない浮遊感に再びおそわれ、軽い衝撃と共に着地をする。前回と違って、痛みは全く無い。
「姉ちゃん、大丈夫。全く痛くなかったよ」
僕がそう報告した後に、ヤン太とミサキが文句を言う。
「衝撃が、かなり弱いかも?」
「そうね。ちょっと物足りないわね」
「分ったわ。じゃあ今度は最大重力を1.3Gに変えてみましょう。弟ちゃん、もう一度ジャンプしてね」
「ああ、うん分ったよ」
こうして僕は3回とも大ジャンプをする事になってしまった。
3週目に入り、ジミ子とレオ吉くんがこんな会話をしている。
「迂回路を使うと、少しタイムが遅くなるわね」
「そうですね。でも、あのジャンプをしなくても済みます」
「そうね、やっぱり、そっちの方が絶対に良いわよね」
……うらやましい。僕もジャンプをしないで済ませたい。そう思っていると、また登り坂に入った。
長い長い登り坂を経て、再び下りに入る。
前を走る3人は歓声を上げながら、ジャンプ台に突っ込む。僕は無表情で無心のまま、再びジャンプ台に突っ込んだ。
長い滞空時間の後、ドスンと衝撃が来た。そこそこの衝撃で、胸は大きく揺れたが、痛みを感じるまでではない。
とりあえず僕は、姉ちゃんに報告をする。
「あっ、うん。痛くないよ」
「そう、ヤン太くんとミサキちゃんはどうだった?」
「これなら充分です」「最高でした!」
「じゃあ、重力は1.3Gで行きましょう。次はこのコースね」
3週を走り終わり、スタート地点で停止していると、外の景色が一瞬で変わった。
今度は南国のビーチ沿いの穏やかなコースだ。確かこのコースの半分ほどは、波が打ち寄せる砂浜で、走りにくい部分もあるが、ジャンプ台といった仕掛けはないので安心して走れるはずだ。
「スタートするわよ準備は良い?」
「はい」「OKです」「いつでもどうぞ」
「じゃあ、スタート!」
こうして色々と調整をしながら、僕たちは様々なコースを走る。




