マルオカート 3
姉ちゃんのスタートの合図と共に、僕たちは全力でアクセルを踏み込んだ。
練習用のテストコースで、上限の速度は時速20キロに設定されている。
たいした速度は出ないだろうと思っていたが、思いのほかスピードがでるように感じた。
50メートルくらいの直線を、あっという間に走り切り、第一コーナーへと突入する。
先頭のキングは、レースゲームのセオリー通り、アウト・イン・アウトの理想的なラインでコーナーを抜けていく。その走行ラインを参考にして、ヤン太、僕と続く。
すると、スピーカーからミサキの声が聞えてきた。
「みんな何をやってるの? 最短コースが一番、速いに決まっているじゃない」
そういって、イン・イン・イン、という現実では無茶なコース取りをする。
「あれ、曲がらない! ちょっと、なんで?」
ミサキはそう言って、コースの外へと離脱していった。
まあ、確かに、昔のゲームだと、インコースぎりぎりを走る最短コースが早い場合が多いが、あくまでそれはゲームの話だ。
ミサキがコースの外に出てしまうと、ヤン太がアドバイスをする。
「ちゃんとキングみたいなラインで走らないと、早いタイムがだせねえぞ。あと、コーナーでブレーキを踏んで、ちゃんと減速しないと、遠心力でコース外に吹っ飛ばされるぞ」
「ブレーキなんて踏まなくても、ゲームだと走れるじゃない」
「これはゲームじゃないんだから……」
ヤン太が本当にあきれた声で言う。続いて、姉ちゃんがボソッとつぶやいた。
「ミサキちゃんのさっきの発言で、ちょっと身の危険を感じたから、かなりコースから離れておくわ」
「ああ、うん、そうしておいた方が良いと思うよ」
僕も姉ちゃんの意見に同意する。最高時速が20キロだったから良かったものの、ミサキは本当に危なっかしい。
スピーカーからレオ吉くんの声が聞えてきた。
「まだ練習の段階なので、ゆっくり行きましょうよ」
「そうだな。マルオカートとはだいぶ違うし、慎重に行くか」
レオ吉くんとヤン太に言われて、僕たちは冷静になった。レースみたいな競争を中断して、車間距離を空けて走り出す。
しばらく運転していると、運転について少し分ってきた。やはりゲームと現実は違う。最高時速20キロという低速の設定でも、急なカーブでは減速しないと遠心力に耐えきれず、カートがズルズルと外側へと滑り出す。
「これ、難しいわね」
ジミ子が言うと、キングが答える。
「そうだな。重力が完璧に遮断されているのが、意外とマズいのかもな。遠心力の強さとか、体感では全く分らないし」
僕らは本物のカートに乗って運転しているが、重力が遮断されているので実感がまるで無い。まるでアーケードゲームの筐体に乗っているような感覚だ。
そんな事を話していると、姉ちゃんが会話に割り込んできた。
「じゃあ、こうしましょうか。基本的には外の重力を、そのまま伝えるようにしましょう。それで、クラッシュが起きたときは、怪我をしないように衝撃の上限を設けます。とりあえず、伝える最大重力は1.5Gぐらいにしときましょうか」
姉ちゃんが言ってから、しばらくすると、突然、タイヤから振動が伝わってくる。驚いて減速をすると、体が前に投げ出されるようになった。カーブでは、かなり強烈に外側に引っ張られるようになる。
「おお、これなら本当に運転している気になれるぜ」「こっちの方が、断然に面白いな」
キングとヤン太が絶賛すると、姉ちゃんはもっと調子に乗る。
「じゃあ、そろそろ速度の方も上げましょうか。最高速度を40キロにするわよ」
「うわぁ、ちょっとこれ……」「ヒャッホー、かなり早くなったわ」
レオ吉くんが何か言いかけたが、ミサキの歓声に打ち消されてしまった。とりあえずレオ吉くん以外は楽しそうだ。
40キロでしばらく走っていて、みんなが慣れてくると、姉ちゃんがさらに設定を上げる。
「じゃあ、今度は、本番と同じ設定の80キロにしましょう。気をつけてね」
「うぉ、さらに早くなったぞ」「これは、早すぎるわ」
ヤン太とジミ子の声が聞えてきて、すぐに2人ともコースアウトになった。
僕も試しにアクセルとを踏み込むと、あっという間に80キロ近くに加速して、カーブが曲がり切れずにコースアウトになってしまった。
ちなみにコースアウトになると、自動運転モードに切り替わり、勝手にコースへと復帰する。カートの運転はリアルそのものだが、この動作だけはゲームっぽい。
僕らは練習を続ける。走行しているうちに外にはみ出して、強制的にコースに戻される。走ったと思ったら、またすぐコース外へ。
何度となく、繰り返しているうちに、次第にコース上を走れる距離が延びていく。そして、ようやくまともに走れるようになってきた。3~5週に1回ぐらいのコースアウトしなくなった。
「だいぶ形になって来たわね。ちょっと休憩にしましょうか」
スピーカーから姉ちゃんの声が聞えてきたが、ミサキが反論をする。
「まだまだ行けますよ。休憩なんて要りません」
「休憩時間に食べようと思って、火星から取り寄せたブルーベリーパイがあるんだけど……」
「やっぱり休憩は必要です! もうクタクタで、ちょうどお腹が減ってきた所です!」
ミサキがものすごい速さでコースを走り、姉ちゃんの近くに駐車すると、カートを降りる。
おそらく、この時の走りが、ミサキの最速レコードだっただろう。




