無敵の服 5
バッティングマシンが終わった僕たちは、次のゲームを探す。
バトミントンのコートが開いていたので、そこで遊ぶ事にした。
ミサキは、あの衝撃吸収のパーカーの性能を試したいらしいが、バトミントンでは出番が全く無い。
ボールの代わりに叩く羽は、軽くて体に当ったところで痛くもなんともないからだ。
この種目でのパーカーは、ちょっと動きづらいだけの服という評価に終わった。
続いて僕たちはバレーボールで遊ぶ。
ここでのパーカーは最悪だった。ミサキがレシーブでボールを受けると、ボールが全く弾まず、止めてしまいプレイが続かない。
キングがスマフォで調べたところ、バレーボールでボール止めるのは反則らしい、結果としてミサキは反則をして、大量に点を失う事となった。相手チームにレオ吉くんが居たので、良い勝負になったが、この種目でパーカーは着けてはいけないだろう。
何種目か遊んだ後、レオ吉くんが言う。
「ちょっと暑いので、屋内に入りませんか?」
「賛成、私も暑いと思ってたのよね、中に入りましょう!」
ミサキがびしょ濡れで言う。そんなに暑いなら、パーカーを脱げば良いのに……
階段で屋内に入ると、大きな体育館のようなフロアが広がる。
大きな多目的なコートと、ゴルフの打ちっぱなし、あとはスカッシュのコートがあった。
大きなコートは、時間で色々とアトラクションが入れ替わるらしい、今はローラースケートが楽しめるようだ。
「ボク、ローラースケートやったことがないので、やってみたいです」
どうやらレオ吉くんが、ローラースケートをに興味を持ったらしい。
「レオ吉くん、大丈夫? 転ぶとけっこう痛いよ」
僕が心配をして言うが、レオ吉くんはあまり気にしない。
「大丈夫ですよ。子供達でもスイスイと走っているじゃないですか」
レオ吉くんはコースを走っている子供達を見ながら言う。
確かに子供達は元気に勢いよく走っているのだが、子供が出来るからと言って、僕たちが出来るとは限らない。
「ローラースケートだと、コケた時にミサキのパーカーが役に立ちそうだよな」
ヤン太がパーカーを触りながら言う。
「そうよ。転んでも全く痛くないでしょうね!」
ミサキはまたもドヤ顔で答えるが、パーカーは上半身だけしかカバーしていない。お尻から落ちると、また痛い目にあうだろう。
「まあ、とりあえずやってみようぜ」
キングに言われて、僕たちは器具の貸し出しコーナーへと向う。
貸し出しコーナーには、様々な種類とサイズのローラースケートが棚に並んでいた。
自分で勝手に取っていく方式らしい。
それぞれが靴を手にして、コース脇にある脱着コーナーで靴を履いていると、係員さんがやってきた。
「安全のため、こちらを装備して下さい」
そう言って、ヘルメットとベストのような服を渡して来た。
ヘルメットはプラスチック製で、どこにでもあるような物だった。
ベストの方はなんだろう? LEDのライトが光っている。
「このベストって何ですか?」
僕が係員さんに聞くと、こう答える。
「これは落下遅延装置の付いたベストです。転ぶときに大幅に減速するので、安全に楽しむ事ができますよ」
「そうですか、ありがとうございます」
僕が係員さんにお礼を言って、ヘルメットとベストを受け取る。
前に見たことがあるが、コレを着けて転ぶと、スローモーションのように遅くなる。たしかにこれなら安全だ。ローラースケートは、僕はほぼ初心者なのでありがたい。
靴を履いて、ベストを着て、ヘルメットをかぶる。
準備が終わり、まわりを見てみると、ミサキが配られたベストをにらみつけていた。
まあ、たしかに、このベストがあれば、あのパーカーは役立たずだ。パーカーだと守れないお尻を、このベストだと完璧に守ってくれるのだから。
全員の装備が終わると、僕たちはいよいよコースに出る。
僕は慎重に行くのだが、やはり慣れていないので、いきなり転ぶ。すると、フワッと体が浮いた感じになり、ゆっくりと着地をした、僕の横では運動の苦手なジミ子が、やはり転んでいた。
同じ運動神経の悪いキングは、ローラースケートの経験があるので、スイスイと先に行く。
そんなキングにジミ子が文句を言う。
「裏切り者! なんでローラースケートは得意なのよ!」
「いや、しょうがないだろ。下手なら、練習すれば良いんじゃないか?」
ちょっと得意気に自慢するキング。まあ、誰でも得意、不得意はあるだろう。もちろん僕はローラースケートが苦手だ。
もう一人の運動の苦手な人物を見る。レオ吉くんは、入り口の柵につかまったままで、一歩も踏み出していなかった……
「ちょ、ちょっと、なんでこんなに滑るんですか! この靴はおかしいですよ!」
柵につかまっているレオ吉くんを、ヤン太が引き剥がしながら言う。
「ほら、子供だって滑っているんだから、手を離して練習しよう、ちょっと手伝ってくれ」
「わかったぜ、しょうがないな」
キングが戻ってきて、二人でレオ吉くんを支えながら、どうにかコースを歩かせる。
レオ吉くんは、へっぴり腰で、ゆっくりと歩きはじめた。
僕もレオ吉くんの補助に入ろうかと思ったが、とても手助けを出来るレベルではない。
転んでも痛くない状況なので、精一杯、自分の練習をしよう。
そう思って再び滑り出す。
遠くの方では、ミサキが全力で盛大にすっころんでいた。
落下が遅いので、マンガのようにかなりの距離を吹っ飛んでいる。
危なそうだが、まあ、あのパーカーがあれば平気だろう。
練習に熱中する事、およそ20分。各自、それなりに上達したような気がする。
僕はなんとか滑れるようになり、レオ吉くんも二人の補助があるものの、ゆっくりと滑れるようになった。ジミ子は転びにくくなったし、ミサキはスピードが大幅にアップした。ただしミサキは、この環境でないと、大怪我をするかもしれない。
この後、レオ吉くんの足がプルプルになったので、激しい運動はやめる事にした。
フロアを移動して、ボーリングやダーツ、ビリヤードと、緩い遊びをする。
これらのスポーツでは、当然、ミサキのパーカーは役に立たない。
そう思っていたら、ビリヤードの時に、隣の台からボールが飛んできて、ミサキにベチッと当った。
ビリヤードの球は、硬くて、けっこう重い。当たり所が悪ければ、けっこう痛いはずだ。
飛んできた方向から、親子連れがやってきて、謝る。
「す、すいません。子供が思い切りやったら、ボールが跳ねてしまって、お怪我はありませんか」
「ふふん、大丈夫ですよ。なにせこのパーカーを着ていますから」
役に立たないと思っていたパーカーが、思わぬ所で役に立ち、得意気になるミサキ。
「今度は気をつけて下さいね、たまたま私だったから平気だったんですよ」
そう言って、今日一番のドヤ顔で親子連れに対応をした。
「ねっ、ほら、危険はどこからやってくるのか分らないのよ、ちゃんと備えないと」
この後、しばらくミサキのパーカー自慢が続いた。疲れてきた僕たちは、これを適当に聞き流す。
そんな事をやっていたら、けっこういい時間になっていた。
僕たちは慌てて帰り始める、建物の外にでると、太陽が落ち始めていた。
帰り道、空飛ぶ自転車とバイクに乗り、こんな会話をする。
「レオ吉くん、今日はどうだった?」
僕が感想を聞くと、こう答えてくれる。
「はい、楽しかったです。また機会があればきたいですね。あっ、そういえば、月のスポーツ施設に興味はありますか?」
「ええ」「もちろん」「あるぜ」
全員が良い返事をすると、レオ吉くんが答える。
「それでは、そのうち行けるように手配しておきますね。地味であまり大したスポーツは無いかもしれませんが……」
「いや、楽しみだよ」
僕がそう言うと、レオ吉くんはちょっと照れながら答える。
「そうですか、手配に少し時間がかかるかもしれません。期待しないで待っていて下さい」
月面のスポーツ施設はとても気になる。
姉ちゃんから情報を聞き出す事もできるが、それはしないで待っておこう。
家に帰ると、姉ちゃんが帰っていた。
スポーツ施設で、ミサキがあのパーカーを着ていた事を話すと、興味を持ったようだ。
「そっか、スポーツ用としてカスタムするのもアリね。剣道や柔道には良いかも」
そんな独り言をつぶやいていた。
近いうちに、柔道着が、ダウンジャケットみたいになるかもしれない。




