富士登山 9
僕らは『忍野九海』という場所に向っている。
この場所は、麓の駅の、富士山とは反対側の位置にある。
富士山の5合目から、この場所に行くには、いったん駅まで行ってから、そこから更に『忍野九海』行きのバスに乗らなくてはならない。
富士山からバスに乗って来た僕たちは、駅に着くと目的のバスを乗り換えた。
目的地までは、およそ30分。バスの中で次の観光地の情報を調べる。
キングが、ネットに上がっている、いくつもの写真を見せてくれた。
「ここが目的地だぜ」
そこには、青く透き通った泉の写真が表示されていた。
海外の南国の海のような、ありえないくらい透明で、綺麗な水が写っている。
「こんな素敵な場所があるんですね。これから行くのが楽しみです」
レオ吉くんが期待を膨らませながら言った。
とても素晴らしい写真だが、ジミ子がこんな事を言う。
「これ、ちょっとアプリで盛りすぎなんじゃない? こんな絵に描いたような青い泉はないでしょう」
「まあ、そう言われてみると、青い入浴剤を入れたみたいだね」
僕が素直な感想を言った。この写真の不自然な青さは、まるで夏に入れる青い入浴剤のようだ。
「そんな事より、お昼はどこで食べる? いくつかお店があるんでしょ?」
ミサキは風景より食欲だ。
「ちょっと待ってくれ、今、調べるから」
そう言ってキングはまたスマフォで調べはじめた。
いくつか候補の店が上がって、最も口コミの多い、泉のすぐ隣にある蕎麦屋に決まった。
口コミを見ながらメニューを選んでいると、あっという間にバスは目的地へと到着する。
バスを降りると至って普通の『田舎の住宅地』といった場所に着いた。
民家が点在していて、観光客用の駐車場はあるが、あまり観光地らしくない。
周りを見渡すと、もうしわけ程度に観光客用の案内板があったので、僕たちはその方向へと歩き出す。
忍野九海とは、その名の通り9つの池がある。歩き出して100メートルもしないうちに、最初の池が現われた。
最初に現われた池は……
これはなんだろう? 深さは30センチメートルもないような、あぜ道で囲まれた、田んぼのため池といった感じだ。
「あっ、えっと、ここであってるんででしょうか……」
現物を見てレオ吉くんが言葉濁す。しかし、ジミ子はハッキリと言う。
「いや、ちょっとショボすぎでしょう、やっぱり写真を盛りすぎよ」
「あー、まあ、そうだな。とりあえず次に行くか」
あきれ気味のヤン太に言われて、僕たちは進み出す。
やがて二つ目の池も現われるが、これも田んぼのため池だった。
確かに水は綺麗だが、とても観光客を呼べる代物では無い。
二つ目の池を通り過ぎて、蕎麦屋に向うと、いままでの田舎の住宅地から、急に開けた場所へと飛び出した。
そこには大きな池があり、驚くほど澄み渡っていて、深い青い色をしている。
池を取り囲むように、かやぶき屋根の日本家屋が建っていて、その後ろには富士山が見えた。まるでおとぎ話に出てくるような風景だ。
この光景に、思わずジミ子がつぶやいた。
「凄い綺麗じゃない」
レオ吉くんが柵に手を掛けて、池の中を覗き込む。
「池の中には鯉が泳いでいますよ。驚くほど透き通っています」
そこには草原のような水草の上を優雅に泳ぐ、たくさんの錦鯉が居た。
「ネットで見た写真通りだったな」
「ああ、まるでゲームの中のようなグラフィックだ」
ヤン太とキングも、この光景に見入っている。
「あ、あそこのお蕎麦屋さんね。急いで行きましょう」
ミサキに引きずられるように、僕たちはお蕎麦屋さんに入った。
僕らが見ている風景と、ミサキが見てる風景は、ちがう世界に見えているのかもしれない。
時刻は1時45分を過ぎた頃。お昼のピークを過ぎて、お蕎麦屋さんは比較的、空いている。
池を見渡せるテーブルが空いていたので、僕らはそこに座ると、メニューを開く。
「うーん。『ざるそば』かな」「僕も」「私も」
ほとんどの人が『ざるそば』を注文するようだ。ミサキも大盛りではあるが、ざるそばを頼んだ。
そんな中、レオ吉くんがメニューを見て、悩んでいる。
「うーん。どうしましょかね。悩ましいです……」
「どちらにするか悩んだら、両方、頼んだほうが良いよ」
ミサキでしか出来ない解決用を言うが、レオ吉くんは、それを聞いてこんな事を言った。
「いやぁ、ちょっとお酒が気になってしまって、でも高校生の前で飲むのは……」
遠慮がちなレオ吉くんに、僕が言う。
「少しくらいなら大丈夫だよ。姉ちゃんだっていつも、僕の前で飲んでるし」
「分りました、では一杯だけ。『ざるそば』と『蕎麦焼酎の水割り』、あと、ここの湧き水で出来た『豆腐』を注文します」
注文をすると、しばらくして料理がやってきた。
店員さんがやってきて、料理を置いていってくれる。
僕の注文した『ざるそば』は、どこか透明感があって、麺の角がしっかりとしていた。
「「「いただきます」」」
手早く挨拶をしてから、蕎麦を口に含むと、そば粉の芳醇な香りが広がり、とても美味しい。
『豆腐』は、レオ吉くんから一口もらって食べたが、これも大豆の風味が生きていて、これも美味しかった。
蕎麦屋の外には、池が広がる。
ゆっくりと風景と食事を楽しみつつ、お酒をチビチビと飲むレオ吉くんを見て思う。姉ちゃんも、この飲み方を見習ってほしい。あと、ミサキも食べ方を見習ってほしい。
時間をかけて食事を食べ終わった後に、僕たちは忍野九海を散策を開始する。
忍野九海は、とても小さいエリアにまとまっているようだ。50~100メートルくらい進むと、すぐに別の池が現われる。
池のタイプは大きく分けて二つ。一つは絵画になりそうなくらい、素晴らしい景色の池。そして二つ目は、ため池と変わらないような、とても残念な池だ。
「もう、忍野三海ぐらいで良いんじゃないかしら?」
ジミ子が本心から、そんな発言をする。まあ、たしかに『残念な池』がほとんどで、まともなのは3つくらいしかない。
「まあ、こうして歩いているだけで、楽しいじゃないですか」
お酒が入り、頬が少し赤いレオ吉くんが楽しそうに言う。
確かに、こうして田舎の道を、のんびりと歩いているだけでも、充分に楽しめるかもしれない。
ミサキは散歩をしながら、食べ歩きをする。
観光客目当てに、お土産屋さんが点在しているので、どこでも買い食いが出来るからだ。
揚げかまぼこを食べ終わると、店頭販売の草餅を食べ始め、ソフトクリームの看板に釣られては、また別の店をはしごする。途中、お金が足りなくなったようなので、僕が3千円ほど貸してあげたが、それではとても足りない勢いだ。
心ゆくまで忍野九海を楽しんでいると、時刻は3時をすぎていた。
僕がスマフォの時計を見ながら、みんなに言う。
「そろそろ帰らないと」
「もうちょっと食べて行きましょうよ」
ミサキが言うと、レオ吉くんが優しく言う。
「これ以上遅くなると、大変ですよ。また来れば良いじゃないですか。今度は天気が良くて、富士山の見晴らしの良い時にでも、また来ましょう」
確かに今回は天気が悪く、富士山からは何も見えなかった。これからは富士山には簡単に登れるので、気軽に何度でも山頂に行く事ができるだろう。
「そうだな。宇宙人の天気予報なら良く当るから、チェックしておけば平気だろう」
ヤン太がそう言うと、キングがちょっとふざけながら言った。
「天気が悪かったら、宇宙人に何とかしてもらえば良いんじゃないか?」
「そうですね。チーフに天気を変えてもらうのも、一つの手かもしれません」
レオ吉くんがニヤリと笑いながら答える。これは冗談なのだろうか、本気なのだろうか、いまいち見分けが付かない。
そんなやり取りをしてから、僕たちは帰りのバスに乗る。
ちなみに帰りは『どこだってドア』を使わず、列車で地元の駅まで帰る予定だ。
バスと電車を乗り継ぎ、地元の駅に帰ってきたのは、夜の8時過ぎ。
電車に揺られて、クタクタになった。『どこだってドア』を使わない移動は、こんなに大変だったと、改めて思い知らされる。
翌日、僕たちは普通に遊ぶ約束をして、この日は別れた。
翌日の朝、レオ吉くんから、こんなメッセージが届く。
『昨日は疲れたので、あの銭湯に行きませんか? 疲労回復の湯に入りたいです』
『いいぜ』『いいわよ』『賛成だぜ』
みんな疲れているのだろう。すぐに銭湯へ行くことが決まった。
駅前で待ち合わせて、銭湯に向う。
銭湯に着くと、みんなで『疲労回復の湯』に入る。
そんな中、ミサキだけは再び『ダイエットの湯』に入っていた。
先日、あれほど贅肉を落としたというのに、もう蓄えたというのだろうか……
あの池の水の青さも神秘的だったが、ミサキの体も十分に神秘的かもしれない。




