富士登山 8
富士山の山頂を堪能し、僕たちは帰路に着く。
下り坂に入って、しばらく歩いていると、ミサキがこんな事を言い出した。
「下り坂だと、登山靴のスイッチをオフにした方が楽なんじゃないの?」
「まあ、そうかもな。試しにスイッチを切ってみるか」
そう言って、ヤン太がスイッチを切る。
言い出したミサキもスイッチを切ると、それに続いてレオ吉くんとジミ子もスイッチを切った。僕とキングは様子を見てから決める事にした
スイッチを切ると、みんなが少し傾く。ここは緩やかな下り坂の途中らしい。
霧の中に居ると景色で判断ができないので、本当に傾斜が分らない。
「おおっ、これは背中を押されているようで、とても楽です」
レオ吉くんがスタスタと、足早に進んで行く。帰りは登りより、遙かに順調に進んでいく。
帰りも8合目からのバスに乗るので、僕たちは2合分だけ下れば良い。
ただ、富士山はデカいので、その2合分が776メートルだったりする。
9合目をすぎて、8.5合目を経過してきた頃だ。
レオ吉くんの歩き方が不自然になってきた。ガクガクと、歩き方がぎこちない。
「レオ吉くん、大丈夫? 登山靴のスイッチを入れた方が良いんじゃない?」
僕がそう言うと、レオ吉くんは否定する。
「いえ、こっちの方が楽ですよ。足が勝手に進んでいくみたいです」
話ながら歩いて行くと、平らで整備されている道から、岩がゴツゴツと飛び出ている荒れた道に入る。
かなり足場が悪いので、みんな慎重になって進んでいくのだが、レオ吉くんはあまりペースを落とさず突っ込んだ。そして、バランスを崩して、そのままコケてしまった。
レオ吉くんがコケると、ブーンと小さな音がして、落下遅延装置の付いたチョッキが作動した。
ゆっくりと、水の中を沈んでいくように倒れるレオ吉くん。
レオ吉くんは倒れていく途中で、地面に手を付いて何事もなく立ち上がる。
「ふぅ、ビックリしました」
ヤン太がレオ吉くんの体を確認しながら言った。
「冷や汗を掻いたのは、こっちだぜ。悪路にそのまま突っ込んで行くなんて…… まあ、怪我がなくてよかった」
「すいません。足の踏ん張りが効かなくなって……」
申し訳なさそうに言うレオ吉くんに、ジミ子がこんな解説をする。
「疲れにくいから分りにくいけど、下りでも、けっこう筋力を使うからね。特にレオ吉くんは体が大きいから、足への負担が大きいかも」
「確かに、足に来てますね。プルプルします。ジミ子さんは平気なんですか?」
「私は大丈夫よ。体が小さくて軽いからね。ここからは登山靴のスイッチを入れた方が良いんじゃない?」
「はい、そうですね。そうします」
今度は素直に言う事を聞き、スイッチを入れるレオ吉くん。
レオ吉くんだけでは危なっかしいので、僕が補助をしようと提案する。
「念のため、僕がそばにいて、手を貸そうか?」
「俺も手をかすぜ」
どうやらキングも手伝ってくれるようだ、チョッキもあるし、これで万全の態勢だろう。
「そうですね。山道は危険なので、お願いしますね」
そう言って、ソロリソロリと歩き出すレオ吉くん。
ちょっとした段差があるたびに止まり、ゆっくりとおばあちゃんのように片足ずつ降ろしていく。今度は慎重すぎる気がする。
こうしてゆっくりとだが、僕たちは無事に8合目のバス停留所へとたどり着いた。
8合目からのバスは、およそ10分おきに出ている。
停留所で待っていると、すぐにバスが来て、それに乗り込む。
僕たちはあっという間に5合目へと運んでくれた。
レンタルの登山用具を返して、5合目から麓の駅までの出ているバスの時間を確認すると、少し余裕があるみたいだ。僕たちは5合目の周りにあるお店から、お土産を漁ってみる。
「俺はコレを買うか」
そういって、ヤン太が木刀を買っていた。ヤン太は、観光地に来るたびに、木刀を買っている気がする。いったい何本あるのだろうか……
「私は、富士山の形の特大メロンパンを買うわ。あと牛乳も必要よね」
ふつうの倍くらいあるメロンパンをミサキが買った。普通ならお土産用だが、牛乳も買っているところをみると、ミサキは間違いなく食べる気だろう。
今は11時50分で、お昼のちょっと前。お昼ご飯は麓に降りてから、別の場所で蕎麦を食べる予定だが、まあ、ミサキの胃袋だったら、あの程度は問題ないだろう。
僕とジミ子とキングは、家族用にお土産を買う。
無難なクッキーとか、まんじゅうとか、チョコレートやケーキなどが売っていたので、それらを買った。
レオ吉くんは、おまんじゅうと、もう一つの定番のお土産グッズに目を奪われていた。
「こ、この、日本刀の形のペーパーナイフ、すごく格好いいですね。これは是非、会社のお土産にしましょう」
そう言って、10センチくらいのペーパーナイフをいくつか買っていた。
大人になってから、アレを買うのはどうかと思ったが、まあ、男子なら誰もが通る道だろう。僕も似たような物を持っていたりする……
それぞれがお土産を買うと、バスの停留所の列に並び、やがて麓の駅に行くバスが来ると、僕たちはバスに乗り込んだ。
麓の駅までは、およそ1時間かかる。
バスの席に座ると、レオ吉くんは疲れたのか、居眠りを始めた。
気持ちよく眠っているので、そのまま放っておく。
この後、僕らは『忍野九海』という場所に寄り道をする予定だ。
富士山の湧き水があふれ出ている場所で、その水を使った蕎麦は美味しいらしい。




