富士登山 7
富士山の最高峰、剣ヶ峰と気象観測所のレーダードームを通り過ぎ、僕たちは進む。この剣ヶ峰の地点がお鉢巡りのピークだったらしく、残りの工程はあっさりと進む事が出来た。
まあ、楽に進めたのは宇宙人の技術のおかげだろう。登山靴のスイッチを切っていたミサキとヤン太は、かなり疲れている様子だ。
火口を一周回って、スタート地点に戻ってきた。
神社と郵便局、お土産やと食堂を備えた建物がある。
「まずは神様に、ご挨拶しませんか?」
レオ吉くんに言われて、僕たちは神社の方に行く。
この場所はやはり過酷みたいだ。神社と言っても、平屋建ての小屋のような建物しかない。鳥居や狛犬が置いてなければ、物置小屋とも思える、あまりにも簡素な作りだ。風が強く、冬には雪が積もるので、あまり高い建物は建てられないのだろう。
僕らはこの小屋の入り口を抜け、中へと入る。
薄暗い室内には、お賽銭の箱があったので、小銭を入れ、手を合わせた。
僕はとりあえず、姉ちゃんが無茶をしない事を祈った。姉ちゃんが変な事をしなければ、世界は色々と平和になるような気がする。
神社の隣には、お守りなどを売っているコーナーがあった。
「せっかくだから、何か買っていきましょうよ」
ミサキがそう言いながら、お守りを物色し始める。
熱心に探す様子を見ていると、確かに、ここまで来たなら、何か記念になる物を買わないと、損な気がしてきた。
「私はコレを買うわ」
そう言って、ジミ子は『金運上昇』のお守りを買う。
「これ、富士山っぽいな。俺はコレでいいや」「俺もそれにしておくか」
ヤン太とキングは、富士山の刺繍がしてある『山頂お守り』というお守りを買った。山頂でしか売っていないらしく、お守りと言うより、記念品の意味あいが強そうだ。
「私はどれにしようかな~」
迷っているミサキに、僕がアドバイスをする。
「ミサキはもちろん『学業成就』だよね?」
「えっ、いや、別に私は……」
否定しようとするが、周りがそれを認めない。
「そうだな『学業成就』だな」「だぜ」「そうね」「ですねぇ」
この場に居る全員が賛成をする。
「あー、もう、レオ吉くんまで…… 分ったわよ、これを買えば良いんでしょ」
ミサキはふてくされながら、『学業成就』のお守りを買った。まあミサキには、それしかないだろう。
「ボクはコレにします。空飛ぶバイクを買いましたからね」
レオ吉くんは、『交通安全』のお守りを買った。
でも、ここで僕は不思議に思った。
宇宙人の技術を使った、空飛ぶバイクで、はたして交通事故は起こるのだろうか? 宇宙人の安全技術だと、おそらく起きないだろう。
宇宙人が来て、色々と変わった。そんな事を思いつつ、お守りの種類を見直す。
すると、意味の無さそうなお守りが増えたようだ。
『健康祈願』あたりは、宇宙人の医療で要らなくなったし、『長寿守り』も若返りの薬で要らなくなった。病気の完治を祈る『病気平癒』のお札も要らないだろう。
そんな事を考えながら、どれにするか悩んでいると、ミサキが僕に聞いてくる。
「ツカサは何を選ぶの?」
「うーん、どうしようかな? ……これかな?」
僕は冗談半分で『厄除け』のお守りを手に取ってみる。すると、みんなから、こんな事を言われた。
「そうね、それが良いとおもうわ」「だな」「だぜ」「そうね」「ですねぇ」
なぜか満場一致で賛成される。たしかにそう言われると、ついてない気にもなってくる。僕はこのお守りを購入すると、大切に財布の中にしまい込んだ。
神社が終わると、今度は郵便局に行ってみる。
どうやらここから富士山の記念ハガキを送れるらしい。
他にも観光客向けのサービスをしているらしく、レオ吉くんが、ある看板を見つけてはしゃぎだした。
「この郵便局では、富士山の登山証明書を発行してもらえるみたいです。発行してもらいましょう」
そう言って真っ先に郵便局の中に入って行った。
この郵便局もかなり小さい。登山証明書の値段が、どれほどするのか気になったが、周りの張り紙を見ると、どうやら500円で発行してもらえるみたいだ。僕たちは安心してカウンターの列に並ぶ。
やがて順番が来て、レオ吉くんの番になった。
「すいません。登山証明書を発行して下さい。名前は『レオ吉』でお願いします」
それを聞いて、店員さんが答える。
「申し訳ありません。日付はこちらで刻印しますが、名前はご自分で記入なさって下さい」
「そうですか。わかりました」
「しかし、『レオ吉』さんとは変わった名前ですね。ニックネームですか?」
「いえ、本名です」
「えっ、いや、その名前は…… もしかして『動物ノ王国』の国王陛下ですか?」
「はい、そうですよ」
「て、店長、ちょっと来て下さい! 大変な方が来られております!」
レオ吉くんの身分がバレた。まあ、あのやり取りでバレないハズはないだろう。
「こ、これは国王陛下、本日はお越し頂き、たいへん麗しゅうございます」
店長さんがやってきて、混乱しながらも、なれない敬語を使って対応しようとする。
「いや、そんなにかしこまらないで下さい。私は休暇を楽しみに来ただけなので、お気になさらず」
レオ吉くんが、落ち着かせるように、大人の対応を取る。
「は、はい。それでは、たしか『登山証明書』でしたね。こちらにご用意させて頂きました。それと、恐れ多いですが、よければお写真を撮らせて頂いてもよろしいでしょうか? 記念に飾りたいのですが……」
「良いですよ。撮った写真はどうなさっても結構です。無理して飾らなくても良いですし、気軽にトゥイッターに上げて貰っても構いません。どうせ写真を撮るならベストポジションで撮りますか?」
「はい、そうですね。出来れば、外の郵便局の看板の前でお願いします」
表に出て行き、看板の横で何枚も写真を撮った。
レオ吉くんはだいぶ大人になったようだ。国語の授業で、あがってろくに朗読できなかった頃とは大違いだ。
この後、僕たちも『登山証明書』を無事に手に入れ。お土産と食堂を兼ねた建物へと移動をする。
郵便局を出た頃には、レオ吉くんを囲むように、人の輪が出来ていた。
お土産に入ると、店主が待ち構えていて、レオ吉くんに対して過剰な接客が始まった。
「国王さま、よくおいで下さいました。汚い店ですが、ご覧になって下さい」
「充分に綺麗で清潔なお店ですよ。そんなに卑下なさらないで下さい。何かココでしか買えないお土産はありますか?」
「オススメはいくつかありますが。最も売れているのは手ぬぐいですね。もちろん、この場所でしか買えません」
「では、そちらを一つ。あと、レストランでコーヒーか紅茶を頂けますか」
「はい、ただ今、お持ちします」
そんなやり取りをした後に、食堂で出されたブラックコーヒーを飲むレオ吉くん。やはり社会に出て、働き始めると、色々と成長するのだろう。かなりカッコ良く見える。
食堂で休憩を取り終えると、僕たちは下山を開始する。
帰りも霧の中で、相変わらず視界は悪い。
周りに人が見えなくなると、レオ吉くんが、小さな声で文句を言う。
「あそこのコーヒー苦すぎます。もっとミルクと砂糖を入れてくれないと」
僕が、最も有名なメーカーを例としてあげてみる。
「紙パックの雪卯のコーヒー牛乳くらいに甘い方が良いの?」
「できればジョルジアMAXコーヒーくらいですね」
とんでもない答えに、ヤン太が驚いて声を上げる。
「あのガムシロップを通常の3倍くらい入れた、めちゃくちゃ甘いやつか!」
「動物ノ王国では、みんなあのくらい甘いのが好きですよ。会社の冷蔵庫には、いつも入れてあります」
衝撃の告白をするレオ吉くん。あまり運動をしないで、あの甘さの飲み物を飲んでいていると、血糖値は大丈夫だろうか?
ちょっと心配になってきた。レオ吉くんは『健康祈願』のお守りの方が良かった気がする。




