富士登山 6
僕たちは、見通しの利かない雲の中を、富士山頂へと向って歩いている。
コンディションは最悪に近いが、宇宙人の技術があるので、登山経験の無い僕らでも、スムーズに進めていた。
黙々と歩いて行くと、小さな神社の鳥居が見えてきた。
キングがスマフォをチラッと見て言う。
「あそこが9合目の目印だぜ。標高は3600mになるらしい」
「もう少しですね。頑張りましょう」
レオ吉くんが気合いを入れ直す。
ここら辺から道幅が狭くなり、傾斜がキツくなる。
ゴロゴロとした岩の間を縫うように、ジグザグの登り道が続く。
通路の途中で、壁にもたれるように休んでいる人が多く居た。
スプレー缶の酸素を使い、辛そうにしている横を、斜めに立っている僕たちが、スタスタと追い抜いていく。
「次からは、私達もアレを借りるか」
「そうしましょう。本当に楽そうですし」
休んでいる人達から、そんな会話が聞えてきた。
確かにコレは楽だ。険しい登り坂でも、平地となんら変わらないのだから。
僕らは順調に進み、無事に山頂へとたどり着いた。
山頂に行けば雲が晴れるかと、一縷の望みに賭けて登ってきたが、やっぱりダメだったようだ。視界は50メートルぐらいと、8合目よりはましになったが、見通しは、とても良いとは言えない。
山頂を見渡すと、神社とお土産屋、あと簡易郵便局が建っている。風が強いのか、どれも石垣のような、分厚い岩の壁で補強されている。
「うぉう。ここが山頂ですね。とうとうやり遂げましたよ!」
レオ吉くんは興奮気味に言うが、あまりにも順調すぎたので、僕らには達成感とかはまるでない。
「郵便局がありますよ、お土産もあります。さっそく中に……」
キョロキョロと落ち着きのないレオ吉くんに、僕が声を掛ける。
「レオ吉くん落ち着いて、まずは山頂で記念撮影でもしようよ。買い物は後回しにして」
「そうですね。みんなで記念撮影をしましょう。あそこから、さらに高い位置へ行けられるみたいです」
レオ吉くんの指さした案内板には『最高峰、剣ヶ峰。お鉢巡りコースはこちら』と、看板が出ていた。
「『お鉢巡り』って何かしら?」
ミサキがそう言うと、キングがスマフォで調べてくれる。
「富士山の火口の周りを一周する事らしいぜ、2.4kmの外周コースで、1時間40分くらいかかるらしい」
「火口の周りを歩くだけで、2.4kmかよ、すげぇな」
ヤン太が驚いた様子で答える。一方、ジミ子は別な点に驚いている。
「よくスマフォの電波が届くわね。これも宇宙人の技術かしら?」
「いや、けっこう前からアンテナを設置していたみたいだ。2016年にはWi-Fiのアンテナもたてたみたいで、無料Wi-Fiが使えるぜ」
キングはそういってスマフォを見せてくれる。
まさか、こんな場所でWi-Fiが使えるとは思わなかった。
感心したものの、僕はふと疑問に思う。こんな場所に設置できるなら、もっと身の回りにもWi-Fiスポットを増やして欲しい。
お鉢巡りをスタートしようと思ったら、レオ吉くんがしゃがんで登山靴をイジっていた。
「どうしたの? レオ吉くん」
僕がたずねると、こう返事をする。
「いや、お鉢巡りの2.4kmぐらい、自力で歩いて見ようと思いましてね。登山靴のスイッチを切りました」
「そうだな、俺も切るか」
「私も切ろう」
ヤン太とミサキもレオ吉くんに続いてスイッチを切る。
一方、体力に自信のない僕とジミ子とキングはそのままオンにしていた。
とりあえず、スイッチを切った3人の様子を見ながら、僕らはどうするか決めていこう。
相変わらず雲の中を進む。あたり一面は真っ白で、これはこれで幻想的な風景かもしれない。
僕とジミ子とキングはのんびりと歩いて行くが、スイッチを切った3人はそうは行かない。登り坂らしく、僕らと比べると、15~20度くらいは斜めになっている気がする。
「ちょっとスイッチをオンにします」
そう言ってレオ吉くんは登山靴のスイッチを入れた。
「ここ、かなり、キツイわよ」
ミサキが息切れをしながら言う。僕が先ほどのキングの説明を思い出しながら言う。
「たしか2.4kmで、1時間40分のコースだっけ? 平らな道だと2.4kmは30~40分くらいで行けるよね。そう考えると、かなり厳しい道なのかも……」
再びキングがスマフォを取り出して調べてみる。
「お鉢巡りの高低差が、279メートルあるな。ここだけでちょっとした登山と同じだ。富士山頂まできて、お鉢巡りをしない人も、けっこう居るらしい……」
距離は大した事がなかったが、かなり高低差があったらしい。しかも道は登りだけでなく、下りと登りを繰り返す。さらに道も足場の悪い険しい道がほとんどだ。
それに、ここはかなりの高所だ、呼吸の心配もしなければならない。僕らも宇宙人の装備が無かったら、無理をせず途中で引き返していただろう。
お鉢巡りのコースに入り、1時間くらいは歩いただろうか。
登り坂が急になりはじめて、登山靴をオフにしているヤン太とミサキは、さらに辛そうに肩で息をし始めた。
歩くペースを落し、滑りやすい道を慎重に歩いて行くと、やがて霧の中からブリキで覆われた、上部の欠けたプラネタリウムのような、円柱状の建物が現われた。
「これは、なにかしら?」
ミサキが不思議そうに、この建物を見上げる。
近くを見回すと、小さな看板があり、ジミ子がそれを読み上げる。
「『富士山気象観測所、レーダードーム跡地』ですって。昔、気象観測所がここにあったそうよ」
「ふーん、今は動いていないのよね?」
「看板によると、1999年に廃止したみたいね」
「せっかく作ったのに、勿体ないね」
僕がそうつぶやくと、ジミ子がスマフォを見ながら言った。
「気象衛星が発達して、ここのレーダーが要らなくなったみたい。維持を断念した理由は、経費が問題みたいね。年間1億円近く必要らしいわ」
それを聞いて、ヤン太が感想を言う。
「1億か…… たしかに運用に必要最低限のものを、ここまで運び上げるだけで大変だよな」
「そうだね。おそらくヘリコプターぐらいしか使えないだろうし、大変だったろうね」
錆びが浮き始めているブリキの壁を見て、僕が思いにふけっていると、ミサキが僕の手を取り、こう言った。
「すぐそこに最高地点があるみたい、行って見ましょう」
ミサキに引っ張られるように、僕たちは移動を再開した。
レーダードームのほんの先に、3メートルくらいの四角い墓石のような石柱が立っていて、そこには『日本最高峰 富士山 剣ヶ峰』と、文字が刻まれていた。
「記念写真を撮りましょう!」
レオ吉くんに言われて、僕たちは石柱を囲む。そして、そこら辺にいた観光客の人に、スマフォのシャッターを押してもらった。
「ありがとうございます。良い記念になります」
レオ吉くんがお礼を言って、スマフォを回収する。
スマフォにはちゃんと写真が写っていたのだが……
「これ、霧の中で、どこだかわからないわね」
ミサキが素直な感想を言う。
周りは真っ白で、ほとんど何も見えない。かろうじて、ここが山頂だと分るのは、あの石柱の文字くらいしかない。
「画像編集ソフトで、背景を、青空の富士山頂に差し替えましょうか?」
ジミ子が色々と台無しの発言をする。
確かに背景は白一色で、差し替えはやりやすそうだが……
そのやり取りを聞いていて、ヤン太が何か思いついたようだ。
「あっ、さっきの気象観測所の看板の前で写真を撮るか?」
「そうですね。ここまで来たんですし、あちらでも撮っておきましょう」
レオ吉くんのリクエストもあり、僕たちは気象観測所の前に戻り、写真を撮った。
この写真は、古びた観測所が、なかなか良い味をだしている。これなら思い出の写真として使えそうだ。




