富士登山 5
滑落防止の落下遅延装置つきのチョッキ。アクリルのような素材で出来た、透明の酸素マスク。謎の機能が付いている登山靴を身につけて、僕たちは富士頂上を目指す。
装備を付けてレンタル店を出るときに、店員さんに8合目までの空中バスの乗り場の位置を聞いてみる。
「すいません、8合目までのバスって、どこで乗るんですか?」
「すぐそこの停留所です。ほら、あそこの乗馬場があった場所ですよ」
そう言って、駐車場の一角を示す。そこには乗り合いバスの停留所があった。
「富士山って乗馬で登れるんですか?」
動物の話が出て来たので、ミサキが食いついてきた。
「ええ、空中バスが来る前は7合目まで馬に乗って行くことができましたね」
「そのお馬さん達は、今はどうなったんですか?」
ちょっと心配そうに言うミサキに、店員さんは笑顔で答える。
「今は場所を移動して、8合目から頂上までの輸送をしていますよ。馬もレンタル品と同じ効果がある、宇宙人の登山用具を使っているので、楽に頂上まで運んでくれますね」
「それならよかった。私も乗馬してみようかしら」
「それなりのお金を取られますが、よければ乗ってやって下さい」
店員さんと別れの挨拶を交わして、僕たちは停留所へと向う。
停留所には、お客さんが20人ほど並んで居た。僕たちはその最後尾に付く。
ヤン太だけが列の先頭に行き、時刻表や告知を確認して、すぐに戻ってきた。
「だいたい10分おきにバスがあるな。8合目までは5分程度で着けるらしい」
「それならすぐに来るね」
「そう言えば、俺たちはチケットで行くから関係がないけど、意外と料金が高かったな。6合目までは500円、7合目は1000円、8合目は1500円だってさ」
値段を聞くと、ジミ子が身を乗り出して言ってくる。
「短い距離なのに高いわね。ボロもうけじゃない?」
「観光地だし、しょうが無いんじゃない? 環境も過酷だし、意外と標高もあると思うし」
僕がそう言うと、キングがスマフォで調べてくれた。
「5合目の標高が2300メートル。8合目が3000メートルだから、およそ700メートルほど上がるな。乗馬で上がっていた頃は、ここから7合目までで、1万2000円を取られていたみたいだから、それを考えればだいぶ安いんじゃないか」
それを聞いてヤン太が答える。
「そうだな。そう考えると1500円でも安いか」
「い、1万2000円ですって、私も馬を飼おうかしら……」
ジミ子が、ブツブツと独り言をつぶやいているが、まあ、絶対に無理だろう。
そんな話をしていると、空飛ぶバスがやって来た。
バスから車掌さんと補佐役のロボットが降りてきて、まず乗せてきた乗客を降ろす。
その後に、僕たちの列に向って呼びかける。
「こちら、山梨方面から、8合目までの登山バスです。ご乗車になる方はコチラからどうぞ」
乗客のチケットや料金を確認しながら、バスの中へと誘導する。
僕たちもチケットを見せて、バスに乗り込んだ。
中は、座席がほとんどなく、周りはガラス張りになっていた。
天井も高く、バスというより、ロープウェイのゴンドラに近い。
僕たちは空いている窓際に移動する。
レオ吉くんが窓にへばりつきながら、こう言った。
「これから絶景がみられるんですよね。楽しみです」
富士山の上の方を見上げると、ちょっと曇っている。僕は天気が少し気になった。
「本日は富士登山バスをご利用いただき、まことにありがとうございます。これより、6合目、7合目を経て、8合目まで参ります。気圧の関係でご気分が悪くなられた方は、すぐにお知らせ下さい。それでは出発いたします」
車内アナウンスが入り、空飛ぶバスが動き出す。
バスは5合目から、山の上へと向う。初めのうちは森林が生い茂っているのだが、上にいくほど緑がなくなり、やがて岩しか見えなくなってきた。そして上の方に移動すると、残念なことに霧の中に入ったようだ。あまり遠くまでは見通せない。
車掌さんからアナウンスが入る。
「ただ今、山頂は悪天候で、厚い雲に覆われているようです。山中で視界の悪いときは、プレアデス・スクリーンから、ナビケーションを利用して下さい。光の矢印が現われ、正しい道を進む事ができます」
バスは6合目、7合目と進んで行くにつれ、どんどん天気が悪くなっていった。窓の外の風景は、次第に見えなくなっていく。
やがて8合目の終着点に着く。バスを降りると僕たちは完全に雲の中に居た。視界はせいぜい20メートル程だろうか、とても山の景色を楽しめる状況ではない。
「あっ、馬小屋がある!」
バスの停留所の近くに馬小屋を見つけ、ミサキが近寄っていった。僕たちもそれに続く。
「天気が悪いし、馬に乗って行くっていう手もあるんじゃない?」
僕たちに、そんな提案をするが、ジミ子が否定する。
「そこに料金が書いてあるけど、お金、持ってるの?」
指をさした先には、料金表があり、頂上までは1万2000円と書かれていて、さらに『悪天候のため、料金3割増し』とまで書かれている。つまり、1万5600円の大金が必要だ。
「あっ…… また今度の機会にしましょうか」
乗る気ミサキがあっさりとあきらめる。まあ、お金を持っていないんだろう。ちなみに馬も僕たちと同じ様な酸素マスクと靴を履いていた。馬用の酸素マスクは初めて見た。
「天気が悪いな、ここで引き返す選択もあると思うが、どうする?」
ヤン太が僕たちに問いかける。するとレオ吉くんが強めに言ってきた。
「せっかくなんで行けるところまで行きましょうよ。登山道具も借りた事ですし」
最も体力の無いレオ吉くんがやる気のようだ。そうなると、僕たちが引く訳には行かない。
「レオ吉くんの言う通り、行けるところまで行ってみようか。もしかしたら雲の上に出るかもしれないし」
「そうだな、行ってみるか。ヤバそうならすぐに引き返そう」
ヤン太が先頭になって、僕たちは進み出す。
視界が良くないので、プレアデス・スクリーンをオンにして、ナビケーションの行き先を富士山頂に合わせる。
光の矢印が目の前に現われ、僕たちはその後を着いていく。視界の悪い山道で、この矢印は心強い。
崖沿いの岩場の道を、ただただ進んで行く。道には、大小様々な石が転がっていて、とても歩きづらい。冷たい雲の中を、足元をしっかりと見ながら進み続ける。
かなりの距離を歩いた後、ヤン太が振り返って、こう言った。
「俺たち、山を登らなきゃならないんだよな?」
「もちろん、そうに決まってるじゃない」
ミサキがさも当然に返事をする。すると、ヤン太がこう切り返す。
「それなら、なんで登り坂にならないんだ? さっきっからずっと平らな道じゃないか?」
悪路に気を取られて、まったく意識していなかったが、僕たちはずっと平らな道を進んでいた。
「登り坂は、もっと先になってからじゃないのかな?」
僕がなんとなく言うと、ヤン太がため息交じりに言う。
「垂直方向に700メートル上がらなきゃいけないんだぜ、この調子だと、どれだけ時間が掛かるんだよ……」
「まあまあ、休みながら、ゆっくり行きましょうよ」
レオ吉くんがなだめるように言う。そして、道の脇にある石に腰掛けて、もってきたペットボトルの水を口にした。すると、なぜか不思議な顔をする。
「あれ? おかしいですね?」
「どうしたの?」
僕がそう言うと、レオ吉くんが登山靴のスイッチをオフにした。すると、地面に対して斜めになるレオ吉くん。
「「「えっ?」」」
驚く僕たちの前で、そのまま立ち上がると、歌手でダンサーだった、マイコー・ジェクソンの斜め立ちみたいに、あきらかに重力に逆らって立っている。
ミサキが不思議そうな顔で、レオ吉くんを見つめる。
「……どうしたの? なんでそんな事ができるの?」
「これが本来の正しい重力です。この宇宙人の登山靴は、重力の軸を歪めて、登り坂を平地のように歩けるようですね」
「じゃあ、私もオフにしてみる」「俺も」「僕も」
試しにスイッチを切ってみると、確かに坂道の途中に居る。僕たちは、これまで気づかずに坂道を登っていたようだ。
「ちょっとこのまま登ってみましょう」
レオ吉くんに言われて、僕たちは本来の状態の坂道を上がっていく。
ここはけっこうな坂道で、かなり辛い。
レオ吉くんは、30メートルも進まず、再び登山靴のスイッチを入れて、斜めになって歩き出した。




