人工温泉 6
レオ吉くんが体に力が入らなくなったらしい。僕たちは、全員でバスタブから引きずり出す。
外に出たレオ吉くんは、全く力が入らないらしく、うつ伏せのまま、床にぐったりと寝転んでいる。
初めての銭湯で加減が分らず、のぼせてしまったのだろうか?
僕たちは対処法が分らず、従業員のロボットを呼ぶことにした。
「ちょっとこっちへ来てくれますか。体が動けなくなったみたいで、大変なんです」
動けなくなったレオ吉くんを見て、ロボットは即座に原因が分ったようだ。
「コレハ『筋肉痛回復の湯』に浸かりすぎて筋弛緩剤が体に回りすぎてマス」
「「「ええっ!」」」
僕らは驚いて大声を上げてしまう。
まさか筋弛緩剤なんてヤバいものが、お風呂に入っているとは……
ジミ子がロボットに聞く。
「それで、レオ吉くんは大丈夫なんですか?」
「成分を中和する入浴剤を使いマス。5分程で元に戻りマス」
そういって、空いているバスタブに、あたらしい入浴剤を入れる。
その後に、レオ吉くんを抱えて、お湯に浸けた。
やがて5分がすぎると、レオ吉くんが試しに動き出す。
「さて、時間は過ぎましたが、どうでしょう? おっ、ちょっと体がふわふわしますが大丈夫のようです」
バスタブから上がり、周りをゆっくりと歩く。よたよたと3歳ぐらいの子供が歩いているような、危なっかしい感じはするが、一応は歩けている。
「本当に大丈夫? 無理しなくていいわよ」
細マッチョに生まれ変わったミサキが、心配して声を掛けた。
「大丈夫ですよ。筋肉痛は無くなりました。お風呂を入る前より調子が良いですよ」
あまり激しい運動は出来なさそうだが、とりあえずは大丈夫そうだ。
しかし、僕も同じ『筋肉痛回復の湯』に浸かっていた。レオ吉くんのように長湯をしていたら、やはり動けなくなっていたのだろうか……
ヤン太以外は、全員が『カスタム温泉』に浸かった。
最後にヤン太がどの温泉を選ぶのか、みんなが注目している。
「うーん、どうするかな。俺は『マッチョの湯』とかでも良いと思ってたんだけど、この結果をみると、ちょっと怖えな……」
ちらりとジミ子、レオ吉くん、ミサキの方を見る。
ジミ子は来たときと明らかに肌色が違うし、レオ吉くんは動けなくなった。ミサキは見ての通り、ムエタイの選手のように脂肪が落ちきっている。
キングが苦笑いをしながら言う。
「冒険は辞めといた方がいいんじゃないか? 下手な事をすると、妹さんに怒られるぞ」
「あー、まあ、そうだな。今回は無難に行くか」
ヤン太は安全策を選ぶ事にしたらしい。それが賢明だろう。
「どれが安全なんだ?」
ヤン太が改めて温泉の一覧を見る。僕も見直していると、無害そうな物のを見つけた。試しに勧めてみる。
「これはどう? 『解毒の湯』だって。これだと害は無いんじゃないかな?」
「うーん。でも効能もなさそうだな。毒とか喰らってないし。しかし、これ、入るヤツとか居るのか? 毒なんて喰らわねえだろう」
まあ、言われてみればそうだ。RPGのゲームならまだしも、現代社会において『毒状態』になる事なんてない。
僕は試しにロボットに聞いてみる。
「今まで『解毒の湯』に入った人は居るんですか?」
するとこんな答えが返ってくる。
「お二人ほどいマス。一人目は蜂に刺された方。二人目は8カ所ほど蚊に刺された方デス」
それを聞いて、ヤン太がちょっと感心する。
「そうか、蜂には良いかもな、それに蚊にも利くのか。ただ、今は蚊に刺されていないから、これはイイや」
そう言って、リストを再び見直し始めた。
ジミ子が気になった物を勧める。
「『喧嘩の湯』ってあるわよ」
「おっ、ちょっと気になるな。でもバスタブの中で何と喧嘩をするんだ? ちょっとヤバそうだな。これは辞めておこう」
キングが謎の温泉を勧める。
「『翡翠の湯』ってあるぜ」
「おそらく緑色っぽいっていうのは分るが、効能が謎すぎる。辞めておこう」
レオ吉くんが、経験に基づいて勧めてくる。
「ボクと同じ『筋肉痛回復の湯』はどうでしょうか? 肩こりとかにも効きますよ」
「いや、ちょっと動けなくなるのは、かんべんしてくれ……」
ミサキが同じく経験にもとづいて勧める。
「私と同じ『ダイエットの湯』はどう?」
「却下だ! 妹に間違いなく怒られる!」
何かと問題がありそうな温泉ばかりだ。
なかなか決められないヤン太を見ていて、僕はあるアイデア思い浮かんだ。さっそくロボットに聞いてみる。
「宇宙人の技術が、一切、使われていない温泉はあるの?」
「ありマス。『ゆず湯』『菖蒲湯』『ひのき湯』、『ハッカ油』を使った温泉がありマス。『ハッカ油』の温泉は、湯上がりが涼しく感じられ、夏の今の時期にはオススメします」
それを聞いて、ヤン太が即決する。
「おっ、いいね。じゃあ俺は『ハッカ油』で頼むわ」
「了解しまシタ。こちらにドウゾ」
ロボットに案内されて、個人用のバスタブの方に行く。
ロボットはハッカ油の小瓶を取り出し、ヤン太が使うバスタブに2~3滴たらした。軽くかき混ぜて、もう出来上がりらしい。
「ドウゾ、入浴して下サイ」
その様子を見ていたヤン太が、ロボットに質問をする。
「入れた量が、ずいぶんと少ないな。それってものすごく高価なのか?」
「それほど高価ではありまセン。20ミリリットルの小瓶で、700円ほどデス」
値段を聞いたジミ子が、すぐ計算をする。
「その値段だと、さっき入れた量で、およそ3.5円くらいね」
「そのくらいの値段なら、もっと入れても良いんじゃないか?」
値段を聞いたヤン太が、さらに入れろと催促をする。
「了解しまシタ。コレでよろしいでしょうか?」
「もっと入れてくれ」
「コレではどうでしょう?」
「もう2~3滴たのむ」
そんな感じで、当初の10倍ほど、ハッカ油を湯船に投入する。
すると、ハッカ独特の良い匂いが漂ってきた。
ゆったりとハッカ油の温泉に浸かっているヤン太に、ミサキが聞く。
「どう? 涼しい?」
「いや、ぜんぜん。普通の風呂と変わりないな。宇宙人の技術を使ってないし、まあこんなものだろう」
そういいながら、あごのあたりまで、バスタブに深く沈んだ。
効き目はあまりなさそうだが、居心地はよさそうだ。
やがて5分ほどすると、ヤン太がバスタブから出て来た。
「あれ? 冷房が入ってるのか?」
「そんなはず無いじゃない。浴室に冷房装置なんてないし」
ジミ子に否定されて、しぶしぶ納得するヤン太。
「そうだよな。かなり涼しく感じるんだが……」
不思議そうに周りを見渡し、シャワーを浴びに行く。
「冷たっ! これ、お湯というより水に近くないか?」
僕が手で確認すると、ちゃんとしたお湯だった。冷たいというより、むしろ熱めのお湯だった。
「いや、ちゃんと温かいよ」
「うそだろ? ハッカ油ってここまで効き目があるのかよ……」
「とりあえず、石鹸で洗い流しておけば?」
「そうだな。そうするわ」
ヤン太は石鹸を使って丁寧に体を洗う。
この後、しばらく自由に入浴して、全員が充分にお風呂を堪能した。
入浴という行為は、意外と体力を使う。疲れてきた僕らは、家に帰る事にした。
『脱水乾燥室』で体を乾かし、更衣室で着替えて、自販機で飲み物を買い、水分を補給する。
この銭湯には、牛乳系の自販機があり、僕はコーヒー牛乳を飲んだ。レオ吉くんは、この手の牛乳は初めてだったらしく、僕が薦めると、イチゴ牛乳を美味しそうに飲んでいた。
ミサキは、コーヒー牛乳とイチゴ牛乳とフルーツ牛乳の3本を制覇していた。体型が元に戻るのも、そう遠くないかもしれない。
帰り際、お土産コーナーで、ここの温泉の入浴剤が売っていたので、いくつか買っていく。
ちなみに、肌が異様にスベスベになる『美肌の湯』の入浴剤も売っていた。なぜあそこまでツルツルになるのか、気になって効能を見てみると『一部、体毛の産毛などを溶かします』と、なかなか怖い事が書いてあった。
僕は怖くなり、この製品を買わなかったが、ジミ子とミサキは構わず喜んで買っていた。
銭湯を出て、バスに乗り、地元の駅に帰ってくると、もうすっかり夕方だ。
また遊ぶ約束をして、この日は別れた。
ちなみに、帰りの間中、ヤン太は冷房のある場所では、ずっと震えていた。
ハッカ油という地球の技術も、意外とオーバーテクノロジーなのかもしれない。




