DNA劣化修復薬 2
姉ちゃんの中継が終わっても、テレビは『若返りの薬』について特集を続ける。
年金の問題や、これから人口爆発の問題などはあるのだが、内容は好意的な取り上げ方がほとんどだ。
失った若さを取り戻せる、そして、その若さを永遠に維持できる。
太古の時代から追い求めていた、不老不死とも言える薬が実現したから無理もないだろう。
テレビを見ながらミサキが言う。
「おばあさんくらいの年齢の人も、そのうち若くなるのかな?」
「そうなるんじゃないの? そのうち見た目は『若者だけ』になるでしょうね」
ジミ子が、未来を想像しながら答えた。
若返りの薬は意外と時間が掛かるが、確実に若くなっていく。20~30年後には、年寄りが消滅するはずだ。
「定年とか、どうなるんだろうな?」
キングが僕らに向って問いかけると、ヤン太が答えた。
「無くなるんじゃねーのか?」
「僕らが社会に出るとき、求人とかどうなるんだろう? 年齢で辞めていく人が居なくなるわけだから……」
僕が心配事を言うと、ミサキが明るく返した。
「大丈夫よ。何とでもなるでしょう。ロボットの労働者が出て来ても、何とかなってるんだから。それに、いざとなったらお姉さんの会社があるじゃない」
「あっ、うん。そうだね。姉ちゃんの会社に入るのは、できれば避けたいけど……」
仮に姉ちゃんの会社に入ったなら、僕にどんな無茶な事を振ってくるのか分らない。
僕らが社会に出るときには、求人倍率が高い事を祈ろう。
テレビでは、どうでも良い事を繰り返して居たのだが、ふと、気になる話題を言いだした。
「これから、どんどん人口は増えて行くと思いますが今後はどうなりますか?」
アナウンサーが専門家に話を振ると、こう答える。
「先進国の間では、出生率が低いので、そこまで急激に人口は増えないでしょう。途上国に関しては、未知数ですが、やはり出生率は落ち込むと思います。宇宙人がやってきてから、大幅に医療が充実しました。過去3ヶ月間という短いデーターですが、途上国でも出生率が大きく下がっているようです」
「なるほど、そうなると人口は、緩やかなカーブを描いて増えていく感じでしょうか?」
「そうですね。急に人口が増えすぎて、社会が崩壊するような事にはならないと思います」
「わが国の今後は、どうなりますか?」
「かなり先まで大丈夫でしょう。都市部に人口が集中していますが、地方は過疎化が激しいですからね。人が増えるのを歓迎する地方自治体がほとんどだと思いますよ。それに、この画像をご覧下さい」
そう言うと、画面が切り替わる。それは日本の衛星写真だった。国土の大半が山岳地帯を占める、見慣れた衛星写真だ。
専門家は、話を続ける。
「このように、日本の大半は山岳と森林地帯が占めています。宇宙人の新交通システムは、空を飛ぶ物が多く、これまでは交通が困難な地域でも、充分に住宅地として活用できる様になるでしょう。まんべんなく地方も発展する形をとれば、まだまだ人が増えても、全く問題ないと思います」
確かに、この専門家の言うとおりだ。
都市部に人が集まり続ければ、すぐに限界を迎えると思うが、地方もバランス良く発展すれば、上手く繁栄できるはずだ。
僕は試しに、東京23区の情報を調べて見た。
すると、東京23区の人口は960万人くらい居るらしい、その面積は618キロ平方メートルだ。
スマフォの電卓を叩き、ちょっと僕なりの計算をしてみる。
計算をしていると、ジミ子が声をかけて来た。
「何の計算をしているの?」
「いや、東京23区の人口密度って凄いじゃない。あの人口密度を全国に展開すると、どれくらいの人数が住めるのかなって」
「面白い計算ね。結果は出た?」
「ええと…… ざっと58億人かな」
するとヤン太があきれた表情で言う。
「こんな日本なんて狭い国に、58億人も収まるのかよ」
この数字に、ミサキも興味を持ったらしい。こんな事を言い始めた。
「アメリカとか、日本の何倍も土地があるわよね」
キングがスマフォで素早く調べて言う。
「国土の面積は、約25倍らしいぜ。さっきの人口密度を当てはめると、58億人の25倍で1450億人だな」
「今の地球の人口って、何人くらい?」
ミサキの質問に、こんどは僕が答える。
「この間、77億7777万7777人を越えたってニュースがあったよ」
「そうなんだ。それならまだまだ平気そうね」
アメリカだけでも、人を詰め込めば、これだけの人数が収容できるらしい。
もちろん、おおざっぱな計算なので、食料や、水資源、電力の問題が出てくるが、おそらく宇宙人の技術で何とかなるだろう。
この間、作られた海上都市のような施設もできるし、いざとなったら、月や火星という新天地もある。
僕はちょっと安心をする。人口については大丈夫そうだ。
だが、そうなると、最初の問題が気になってきた。定年とその影響で、僕らの就職がどうなるか心配になってきた。
この件に関しては、後で姉ちゃんに聞いておいた方が良いかもしれない。
新たな心配事が出て来たが、テレビの内容は楽観的だ。話題の中心は美容になった。
お肌のシワとか染みの話題になったので、僕らは興味を無くし、持ってきたゲームの続きを楽しんだ。
やがて夜になり、僕らはそれぞれの家に帰る。
夕食の時に、この薬について、姉ちゃんに色々と聞きたかったのだが、姉ちゃんはなかなか帰ってこない。
やがて、こんなメッセージがスマフォに飛んできた。
『ごめん、今日は帰れないかも。先にご飯を食べていて』
この日、僕はかなり遅くまで待っていたが、結局、姉ちゃんは帰ってこなかった。




