生まれてきて最も長い午後の時間 4
家に帰ると、母さんが待っていた。
「ツカサ、あなた大丈夫なの?」
心配そうな顔で僕に声をかけてきた。
「大丈夫だよ、体のおかしいところは無いから」
まあ、本当は変な事になっているのだが、そこはあえて触れない。
「そう、ならよかったわ。じゃあ今晩はお赤飯買ってこないとね」
「えっ、なんでお赤飯?」
「女の子になったお祝いをしなくちゃ」
「いや、それは違うんじゃないの?」
「違わないわよ、じゃあちょっとお使い行ってくるから、先にお風呂はいっちゃいなさい」
「えっ、お風呂を。それはちょっと恥ずかしいと言おうか……」
「なに、あなたこれから先、お風呂に入らないわけ?」
「いや、そうとは言ってないけど」
「今後は慣れなきゃ行けないんだから、パパッと入ってきなさい」
そう言って、着替えとタオルを渡され、そのまま買い物へと出かけていった。
母は僕が女になった事をあまり気にしていないらしい。
「しかし、お風呂か……」
僕は独り言をつぶやく、正直、考えてなかった。
ここはミサキに質問すべきだろうか?
だが、なんて聞けば良いんだろう。
「お風呂の入り方を教えて?」
とか、高校生にもなって聞けやしない。
いざとなったら姉ちゃんに聞くという手もあるが……
僕は深く考えるのを止めた。
「とりあえず入ってみるか」
いつものように風呂場へと向かう。
服を脱ぎ、素っ裸になる。やはり無い。
僕は、もう、探すのをあきらめた。
この悩みは、おそらく世界中の男性が抱えているはずだ。
世界中、どこを探しても、もうアレは見つからないのだろう。
そう考えると、少しは楽になった。
いつものように頭を洗い、いつものように体を洗う。
そしていつもとは違う股間の部分を洗おうとするのだが、どうすればいいのかよく分からない。
僕の知っている女性のあの部分は、保健体育で教えられた事が全てだ。
実際に見たこともなければ、さわった事も無い。
どうなっているのかもよく分からない。
詳しく確認をしておくべきか、そのまま謎のベールに包んでおくべきか。
今、家には誰も居ない……
……今後の事を考えれば、確認しておいた方が良いかもしれない。
僕はおそるおそる下半身に手を伸ばそうとした時、玄関のドアが開く音がした。
「母さんがもう帰って来たのかな?」
そうつぶやくとほぼ同時に風呂場のドアが空いた。
「えっ!!」
「弟ちゃん、体のぐあいどうよ、ちょっと見せてよ」
姉ちゃんである。いきなりドアを開けて風呂場に入ってきた。
「何やってるの、なんで入ってくるの?!」
「ほら、もう同性なんだから、弟ちゃん。いや違った妹ちゃん」
「妹じゃないよ、弟だよ」
「もう妹でしょ。ちょっと見せてよ。減るもんじゃないし」
もう、発言だけ聞くと完全なエロオヤジだ。
「ダメでしょ兄弟でも、もういい年なんだから出て行ってよ」
腕力を使って強引に押しのける。
「姉妹なんだから、良いじゃ無い。ケチ」
捨て台詞を吐いて、姉ちゃんは風呂場から出て行った。
まったく油断できない。
僕はサッサと湯船につかると、早々に風呂場から退散した。
パジャマに着替え、リビングに行くと姉ちゃんが缶ビールを飲んでいた。
「なんで風呂に入ってくるの?」
僕は姉ちゃんに強めに言う。
「だって気になるじゃん」
うん、確かに気になる。でも気になっているからと言って実行してしまってはダメだ。
「でも実際にやっちゃダメでしょ」
小さな子を叱りつけるように僕は言った。すると、
「じゃあ、例えば姉ちゃんにちん○が生えてきたら、見たくない」
「いや、それはちょっと見たいけど……」
「でしょ、だから見せて」
「ダメです」
ああ、もう、この姉は。
しかしこの行為は立派なセクハラじゃないか?
あれほど大規模なセクハラ対策をしたというのに、セクハラがまだこの世界に残っているじゃないか。
これだと、男性のアレは犬死になんじゃないか。
そう考えると、やりきれない気持ちになってきた。
落ち込んでいる僕に姉は声をかける。
「見せてよ」
「はぁぁぁぁ~、ダメ!」
僕はこの日で一番大きなため息をついた。
※イラストはseima氏に描いていただきました。




