生まれてきて最も長い午後の時間 1
5時間目、担任の墨田先生の国語の時間。
僕らのクラスは授業をほっぽり出して『緊急対策会議』が開かれた。
問題は、もちろん男性の女性化についてだ。
クラスの誰かが手を上げて、こう言った。
「先生、トイレにいってよく確認してきても良いですか?」
「そうだな、念のため確認するか、出席番号順に確かめてこい」
いつもは怒鳴るようにしゃべる先生が弱々しく言う。何度も確認したが、まだあきらめられないらしい。
もちろん僕だってあきらめられない。
ちらっと見たりするだけでなく、トイレに行ってちゃんと確認はしておきたい。
一人一人、入れ替わりでトイレの個室に行って確認をする。だが現実は非情だ。
みんながみんな、うなだれて帰ってきた。中には涙を見せる者もいる。
そしていよいよ僕の番になった。
トイレに行き、個室に入る。
足を開いて、どこかにアレが引っかかって残っていないかと丹念に調べるが、ダメだった。
跡形も無く消えている。
教室に戻って、次の人に力なくバトンタッチをした。
クラス全員がこれ以上ないくらい確認したが、結果として例外などいなかった。
もうこの世界には女性しかいないだろう。
墨田先生が深く、深く、ため息をつく。
「さて、これからどうすりゃいいんだ?」
その疑問にジミ子が手を上げ、こう答えた。
「女性として生きていけば良いんじゃないですか」
「いや、まあ、それはそうなんだが……」
墨田先生がこまった顔をした。
ジミ子は困難な事をたやすく言ってくれる……
「女性としてやっていく上で気をつけなきゃ行けない事ってなんだ?」
ヤン太が女子に向けて質問を投げかけた。
「女性として普通にやっていけば良いと思うよ」
ミサキが答える。
いや、待て。まず僕らには女性の普通が分からない。
「そもそも、男性と女性の違いってなんだ?」
クラスの男子が、頭を抱えながらそう言った。
「キャラの性能さ。男性キャラはPowerが強く、女性キャラはSpeedが早いのさ!」
キングが力強く持論を打ち出す。
だが、教室が水を打ったように静かになった。
いつもなら、ゲームネタでいつもは楽しく会話がはずむはずだが、ゲームに強い男子達は全員弱り切っていて、受け答えをする余力が全くなかった。
「以外と平気だね」
ジミ子が男子の中では比較的元気なキングに問いかける。
「まあ、女性になってもゲームに支障はないからね。むしろ気にすべきはネット回線の遮断だよ」
いや、そこは気にしてくれ。たのむから。
キングの発言以来、しばらく意見が出てこなかった。
男子は女子に聞きたいことは山ほどあるはずなのに、だれも質問をしない。
生活をしていく上でどうしても必要な事があるのにも関わらずだ。
この状況になったのは、もしかしたら姉ちゃんのせいかもしれない。
どこか責任を感じて、聞きづらい質問を僕がすることにした。
手を上げて、クラスのみんなの前で恥ずかしい質問をする。
「あの、その、トイレとかどうすればいいんですか?」
女子に向けて、極めて下品な質問をした。
だが、これはしょうがないだろう。誰かが質問をしなければならない。
「座って、普通にすれば良いよ」
ミサキが答えた。でも、男子には女子の普通が分からない。
「そうそう、普通で大丈夫」
ジミ子も答えづらい質問に答えてくれる。くりかえすが、女子の普通がわからない。
「あっ、はい、わかりました」
何も分かっていないが、僕はそんな返事をしてしまった。
すまない。これ以上は詳しく聞けない。どうか役立たずの僕を許して欲しい。
墨田先生がため息の合間にこうつぶやく。
「第1週目からこれか……」
その言葉を聞いて、ヤン太が叫んだ。
「そういや、これが毎週続くのか?」
あまりのショックですっかり忘れていた。
そうだ、宇宙人は「週に一度」とか言ってた。
こんな事を毎週やられてはたまったものではない。
一刻も早く地球から追い出しに掛からないと。
僕は勢いよく手を上げ発言する。
「宇宙人を追い出さないと、この先どうなるか分かりません。
みんなで知恵を出し合って、宇宙人を追っ払うべきです」
この発言にクラスのほとんどは拍手をしてくれた。
今回は被害の全く受けてない女子も、明日は我が身と、危機感を抱いているようだ。
ほとんど賛同を得る中、僕の発言を受けてミサキが反論をしてきた。
「今は追い出すべきでは無いとおもいます」
相変わらず宇宙人の擁護をする。さすがにちょっとカチンと来た。
「これからもっと酷い事になるかもよ」
僕はミサキを脅しにかかる。
具体的にこの先どんな事が起こるか、全く分からないのが悔しいが、なんとか説得をしておきたい。
「いやだめでしょ、いま追い出すと、アレの生える薬……
その、子孫が残せなくなって、人類が滅ぶんじゃない?
あの薬を作れるのは宇宙人だけでしょ」
「あっ」
そうだった。これはミサキの言うとおりだ。
宇宙人の追い出し作戦は、作戦を立てる前から早くも挫折した。
こうして国語の時間を丸々使った『緊急対策会議』は、なんの成果も上げられずに終わってしまった。