宿題とアンドロイド代行サービス
みんなで図書館に集まって、宿題をする予定だった日。
ミサキからLnieのアプリで、こんなメッセージが届く。
『ごめん、風邪を引いた。代わりに私のアンドロイドが行くからよろしく』
初めは宿題をするのが嫌なので、仮病でも使って居るのかと思ったが、ミサキの病気は本物のようで、僕の家にロボットがやってきた。
先週の宇宙人の改善政策で、人類はアンドロイドを使用できるようになった。
未成年の僕らはアンドロイドを普通に雇う事はできないが、病気の時の代行サービスは別らしい。ミサキの代わりのロボットが目の前に居る。
ただ、あくまで臨時の代行サービスらしく、僕の時のように姿まで完璧にコピーはしていない。ロボットが、ミサキと同じ髪型のカツラをかぶっているだけだった。
しかし、仕事やバイトの代行ならまだわかるが、宿題の代行は認められるのだろうか?
疑問は残るが、待ち合わせの時間に遅れてしまいそうなので、とりあえず図書館に向う。
僕とミサキのロボットは、何事もなく図書館へとたどり着く。
他の人はまだ来ていないので、僕達は先に宿題を始める事にした。
僕は図書館にある資料を使い、社会の宿題を進めていく。
ミサキのロボットは、手当たり次第に本を読んでいる。
僕が、何をしているのか聞いてみると、こんな答えが返ってくる。
「読書感想文を書くための本を選んでいマス。ミサキさんの知能レベルに合った本を選出しないといけまセン」
どうやら宿題そのものを片付けるのではなく、事前の準備をするだけらしい。
確かに、そうしないと本人の為にならないだろう。
勉強を開始して、しばらくすると、ヤン太とジミ子とキングがやってきた。
僕とミサキの代わりのロボットを見ると、ヤン太とジミ子が声をかけてくる。
「おっ、そのロボットがミサキの代わりか?」
「本人の代わりに宿題をやってくれるなんて良いわねぇ」
その発言に、まず僕が反論をした。
「それが、宿題をするわけじゃないらしいよ」
「その通りデス。私はミサキさんの宿題のサポートをするだけデス」
そう言って、読書感想文の原稿用紙を見せる。
原稿用紙は真っ白で、大きな付箋が貼り付けてあった。
付箋には、上手な読書感想文の書き方の要点がまとめてある。
「なるほど、これなら本人の為になるな。その横に置いてある本が、感想文用の本なのか?」
キングがロボットが持ってきた本を指さしながら言う。
「そうデス。ミサキさんの知能レベルに合わせて、『夏貝漱右』の『お坊ちゃん』にしまシタ」
僕は良い選書だと思った。ジミ子も似たような感触だったらしく、こう言った。
「高校生としては、ちょっと物足りない気もするけど、ミサキにはちょうどいいかもね」
「ミサキにはちょうど良いな」「そうだな」
ヤン太もキングも納得した様子だ。このロボットはミサキと違ってセンスがよさそうだ。ちなみに去年のミサキは『電撃ゾンビ大行進』とか、そんな感じのタイトルの読書感想文を書いていた……
この後、みんなで宿題をやるのだが、これまでの集まりと違って、どんどん勉強が進む。
今日は3時間ほど勉強をやる予定だったが、40分ほど経つと、僕は予定した範囲の宿題を終えた。
他のみんなは、まだ宿題を続けているので、僕はさらに進む事にした。
最初から1時間30分ほと経つと、僕は夏休みの宿題を全て終えてしまった。
僕の正面にいるミサキの代理のロボットは、手を止めてピクリとも動かない。
「ロボットのミサキは、もう作業が終わったの?」
僕がそう言うと、こう答える。
「ハイ。宿題に関する資料作りは終わりまシタ」
「ちょっと見せてくれない?」
「良いですヨ」
ミサキの夏休みの宿題を渡してくれる。
僕は試しに数学のドリルを見てみると、これにも大きな付箋が貼ってあり、問題の解き方が、ひとつひとつ、順を追って書かれていた。丁寧で分りやすく、これ一つあれば、教科書も参考書も要らないだろう。
僕がミサキの宿題を眺めていると、ジミ子も終えたらしい。
「ふう、終わったわ。私にもミサキの宿題を見せてよ」
僕はジミ子に渡しながら、説明をする。
「ほら、付箋に、こんなに書き込んであるんだ。これでかなり楽になると思うよ」
「本当ね。これだけ説明があれば、楽だわね」
そんな話をしていると、ヤン太とキングも終わったらしい。
「終わった、終わった」「こっちも終わったぜ」
「今日は、なぜか早く進んだよね?」
僕が言うと、ヤン太が首をかしげながら答える。
「そうだな。1.5倍から、2倍近くのスピードが出てる気がする」
「確かに早かった。そういえば、誰も途中で休憩しようって言わなかったな」
キングも似たような感覚だったらしい。するとジミ子が結論を言う。
「ミサキが居ないからじゃない。ミサキは飽きっぽいから、何かと理由をつけて勉強を中断しようとするし……」
「そうだね……」「そうかもしれないな……」「まあ、そうかもな……」
僕とヤン太とキングが、なんとなく返事をする。そう言われると思い当たる節がたくさんある。
数学のドリルを眺めていたキングが、感心をしながら言った。
「しかし、この解説、よくできているよな」
「本当だな。これなら数学が苦手なミサキでも、問題が解けるかもしれない」
ヤン太も横から覗きながらうなずく。
すると、ジミ子がミスを見つけ出した。ミスと言ってもロボットのミスでは無い、ミサキ本人のミスだ。
「あれ、この問題。間違ってる」
軽く見直してみると、これまで解いた問題の中から、いくつもミスが見つかる。
すると、ロボットはこんな事を言い出した。
「コレはいけませんネ。本人のためになりまセン。やり直しが必要デス」
そう言って、間違った解答を綺麗に消し始めた。
この粛正は、数学のドリルで約4割、英語のドリルでは約3割に及び、ミサキの間違った努力は、次々と消えていった。
残酷に見えるが、これもミサキのためかもしれない。
ロボットが間違った問題を消し終えて、新たな付箋を貼り付け、アドバイスを書き加えている時だ。ミサキ本人からLnieのアプリで連絡が来た。
『ごめん、風邪を引いちゃって。どう? ロボットは私の宿題を片付けてくれた?』
頭の隅には、満面の笑顔のミサキの映像が浮かぶ。だが現実は悲惨だ。
『風邪が治ったら付き合うよ』
僕は、そうメッセージを返す事しかできなかった。
宿題が進むどころか、消されているとは思ってもみないだろう。
ミサキの体調が早く戻る事を願わずにはいられない。下手をすると宿題が間に合わなくなってしまうかもしれない……




