新しい酪農の形 3
CMが開けると、一皿の赤身の筋っぽいステーキ肉が映し出され、続いて司会進行役の洋口江介さんを映し出す。
洋口さんは、こう話を切り出した。
「宇宙人は、新たな食肉を開発しました。それは大豆から作り出される、擬似的な肉です。この肉は、赤身で歯ごたえがあり、欧米やヨーロッパでは好まれていますが、そのあまりの堅さと旨みの無さから、日本人の評価は芳しくありません。そこで新たな技術が導入されます。VTRをご覧下さい」
VTRに切り替わると、相撲の土俵が映し出された。
「おぅら」「どっせぃ」
低い、うなり声のようなかけ声と共に、二頭の体の大きな牛が、二足歩行でぶつかり合う。
画面に映った牛は、一段階だけ進化した動物だろう。
4足歩行をしていたなら、普通の牛と見分けがつかないが、テレビに映った牛は、まわしを着け、がっぷりと組み合って、なぜか相撲を取っていた。
理解不能の光景に、僕の思考は停止した。
番組のナレーションは、さも当然のように、解説を始める。
「ここは神尸牛を育てている畜産家の牧場です。飼育頭数は140頭と、大きな牧場ではありませんが、品評会では優秀な成績を収め、数々のチャンピオン牛を排出している名門の牧場です」
カメラは、牛たちが相撲の『すり足』や『股割り』などのトレーニングをしている光景を映す。ナレーションは喋り続ける。
「牧場は、軽めの準備運動と、ぶつかり稽古から一日が始まります。稽古が終わると、さっそく朝食となります」
今度は食堂の光景が映し出される。食堂は畳の部屋で、大きな座卓が並べられていて、座卓の上には大きな鍋が、いくつも火に掛けられている。朝稽古を終えた牛たちは、ゾロゾロとやってきて、それぞれの鍋を囲むように座った。
混乱している僕を、置いてきぼりにして、ナレーションは解説を続ける。
「この日の朝食は、野菜を中心とした味噌ちゃんこです。具材は、キャベツ、ネギ、水菜、豆腐、油揚げ。隠し味にケチャップとカレー粉を少しだけ入れるのが、この牧場ならではの秘訣だそうです。ご飯は、健康面を考慮した玄米が出されます」
「それでは、いただきます」「「「いただきます」」」
牛たちは丁寧に挨拶をすると、豪快にちゃんこを食べ始める。
姿は牛そのものだが、進化の過程で、手を使って物を掴めるようになっているらしく、器用に箸をつかって鍋をつつき、どんぶりによそった玄米のご飯を口に入れていく。
僕は呆然と、この光景を眺め続ける。
やがて食事が終わり、くつろいでいる牛たちに向って、ディレクターがインタビューをする。
「ここでの生活はどうですか? 宇宙人がきてから、大きく変わったと思いますが?」
「だいぶ変わったね。以前は、喰っては寝るだけの生活だったけど、知能をつけてからは、メリハリのある生活を送れているよ」
「メリハリですか? 朝に相撲の稽古をしていましたが、その事でしょうか?」
「ああ、適度な運動は、健康な体を作るのには欠かせない。お姉さんはちゃんと運動しているかい?」
「私の事ですか? たしか、最後に運動らしき物をしたのは…… 2年くらい前ですかね、ちょっと頑張らないといけませんね」
痛い所を突かれて、ディレクターが苦笑いをする。
ここで、僕ははっと気がつく。
あまりの出来事に、大切な事を忘れていた。
この牛たちは自分が食肉になる事を知っているのだろうか?
この後、牛たちは昼寝をしたり、読書をしたり、スマフォでゲームをしたりと、ゆっくりとした時間を過す。
そして夕方になると、風呂に入り、仲間同士で筋肉をほぐすようなマッサージをする。
風呂から出てくると、「ゴーン」と、寺の鐘のような音がなった。
その音を聞いて、一列に整列する牛たち。これから何かが始まるらしい。
食堂に牛を集めて、オーナーと思える人が声を張り上げる。
「認識番号、点呼」
牛たちは自分の番号を答える。
「17」「21」「26」「30」「34……」
30頭あまりの牛が、それぞれ返事をする。
係の人は、手に持っている名簿と照らし合わせ、間違いがない事を確認すると、ロボットを呼んだ。
「これから採油を行なう、今日はカメラが回っているが気にしないように」
先頭の牛が前に進み出て、大きな椅子に座ると、ロボットは牛乳を搾り出すような機械を、牛の乳房につける。牛乳でも絞り取るのだろうか?
機械をつけている牛に、ディレクターがインタビューを試みる。
「これは何でしょうか? 牛乳を搾り出しているのでしょうか?」
「いや、違う。俺は雄で牛乳は出ない。これは宇宙人の機械で、体にある脂を絞り取っているんだ。まさかこんな場面をカメラに写されるなんて…… 恥ずかしい。放送時は、せめてモザイクを掛けてくれ」
ここで牛の顔にモザイクが掛かった。どうやら脂を絞られている光景は、彼らにとって恥ずかしいらしい。
しかし、モザイクを掛けるなら、VTRの初めから掛けないと、意味が無いのではないだろうか?
まあ、牛の顔だけ見ても、僕らでは見分けはつかないけど……
何頭か、脂を絞るシーンが続く。その後、カメラはスタジオへと戻った。
司会進行役の洋口江介さんが、見事な霜降り肉を片手に、解説をする。
「こちら、先ほど絞り取った脂と、豆から作り出した肉を合成したものです。ご覧の通り、見た目も味も素晴らしい逸品で、食肉のコンテストで、何度も賞を受賞しています」
カメラが肉のアップから、洋口さんのアップに切り替わった。
「今までの食肉では、肉を取るという事は『殺す』という事と同じでした。しかし、この新しい方法では、一頭の牛を殺さずに、何度でも美味しい肉を生産する事ができます。地球や動物にもやさしい、これが新時代の酪農の形かもしれません」
洋口さんが、締めの言葉を言うとテーマソングが流れてくる。
牛が相撲が取り始めた時は、何事かと思ったが、番組の内容は、非常に良いものだった。
スタッフロールが終わり、テーマソングが鳴り止むと、洋口江介さんがひょっこり現われ、こんな宣伝をする。
「テレビ都京では、オンデマンドサービスを行なっています。月額500円で、この番組を含めたビジネス番組を見放題。今日の番組の内容も、地上波では放送出来ないモザイク処理の映像も、こちらだと、一部のシーンでモザイク無しの画像で見る事ができます」
宣伝が終わると、ようやく本当に番組が終了する。
今日、この番組でモザイク処理をした映像が、2度、出て来た。
一つ目は、雄の牛が脂を絞り取るシーン。
もう一つは、乳牛から進化したサチヨさんの搾乳のシーンだ。
両方の画像でモザイクが外れるのだろうか?
それとも、どちらか一方の画像のモザイクが外れるのだろうか?
テレビ都京というテレビ局だと、嫌な予感しかしないが……




