新しい酪農の形 2
CMが開けると、司会進行役の洋口江介さんが、動物の知能の進化について説明をし始めた。
「動物の進化をうながす薬を、宇宙人が提供してくれました。進化の過程は2段階に別れます。姿はほぼ動物のままで、知能が人間並になり、言葉や二足歩行が可能になる第1段階。そして第2段階の進化は、ほぼ人間への進化と言って構いません、人間と遺伝的に変わらない状態にまで進化します。これらの進化が酪農業界に、どういった変化をもたらすのでしょうか? 引き続きご覧下さい」
テレビはVTRの動画に切り替わる。
そこは見晴らしの良い、緩やかな丘の上にある牧場だった。ナレーションが解説を始める。
「ここは栃林県にある小さな酪農家です。オーナーの高齢化と共に、従来型の酪農を辞め、新たな事業に乗り出す事にしました」
ディレクターと見られるスタッフが、牧場の中に入っていき、大きな畜舎の建物の入り口の前に立つ。
畜舎といえば、普通は倉庫か物置のような、ボロボロで安っぽい建物を思い浮かべるが、ここは、まだ新しい建物だった。入り口には立派な扉と、玄関のチャイムがつけられいて、お洒落なアパートか民宿のような雰囲気だ。
番組のディレクターがチャイムを押すと、中から「はーいー」という返事が聞え、しばらくすると玄関がガチャリと開く。
出て来た人は大柄の人だった。まだ若く、かなりの美人で、黒くツヤのある髪を、だいたい腰くらいまで伸ばしている。落ち着いた大人の女性といった印象だ。そして、かなり胸が大きい。
ディレクターに愛想良く話しかけてくる。
「テレビ都京の方ですね、お話は聞いております」
「あっ、はっ、はい。今日は取材をお願いします」
「私は『サチヨ』と申します、こちらこそよろしくお願いしますね」
美人を前に、あからさまに緊張をするディレクター。
ただ、この『サチヨ』さん。普通の人間ではない。耳がちょっと動物っぽい。
ナレーションが入り、詳しく解説をする。
「『サチヨ』さんは、昔は、この牧場の乳牛でした。ここは、のどかで良い牧場だったんですが、オーナーの高齢化と後継者不足にともない、牧場の存続を断念します。ここで飼われていた乳牛達は、いったん、月面にある『動物ノ王国』に引き取られますが、彼女たちは人間に進化して、再びこの牧場に戻ってきました。新たなビジネスと共に」
「あの、早速、新しいビジネスのお話を……」
ディレクターがそう言いかけると、サチヨさんはこう答える。
「そろそろお昼の時間です。そうめんでよかったら、みなさんも食べられますか? 取材はその後でいかがでしょう?」
「そ、そうですね、そうしましょう」
仕事の話を切り出そうとするが、食事の話を振られて、あっさり流されてしまう。美人の前で、スタッフは、かなりだらしない状態になっていた。
「では、ちょっと外へ行きますか」
サチヨさんは、小さめのバスケットを手に持つと、サンダルを履き、外へと出る。畜舎の隣には、かなり大きな家庭菜園が広がっていた。
「ここは昔は牧草地だったんですが、今は使わなくなりました。遊ばせておくのも勿体ないので、私達が家庭菜園として使わせてもらっています」
サチヨさん説明をしながら、シソの葉とミョウガを摘み取り、ネギを2本ほど引っこ抜く。
新鮮な野菜を手にすると、すぐに畜舎へと戻っていく。
カメラは再び玄関の前に来た。
「ちょっと散らかっているかもしれませんが、中へどうぞ」
畜舎の格好をした建物に入ると、そこはダイニングと食堂を合わせたような、ホールのような部屋だった。
太陽の光を取り込む広い窓があり、部屋の中央には長くて大きなテーブルがいくつも並べてある。
テーブルの周りの椅子の数は、少なくとも20人分くらいはありそうだ。
これから食事なので、何人もの人が忙しく食器をセッティングしている。
「テレビ都京の方々が来られたわ。追加で5人分の食事をお願いね」
サチヨさんが食堂の奥の調理場に声を掛ける。すると「はーい」「わかったー」などと、親しげな返事が返ってきた。
やがて食事の準備が終わり、この建物で暮らしている全員が食堂に集まった。
その人数は24人ほど。オーナー夫婦と見られる二人以外は、動物の時の名残がある。耳が少し動物っぽく、どことなくサチヨさんに似ていて、誰もが美人で、やはり胸がとてもデカい。
「それではお昼を頂きましょう。いただきます」
「「「いただきます」」」
挨拶を済ませると、それぞれが料理を食べ始める。テーブルの上には、夏の定番のそうめんを中心として、キュウリとナスの漬物、トマトとレタスのサラダ、ゴーヤチャンプルなどが並んで居たが、次々と消えていく。全員が凄い食欲だ。
一通り腹が満たされると、いよいよインタビューが始まる。
ディレクターがサチヨさんに声を掛けた。
「すいません、お仕事の話をよろしいでしょうか? 新しいビジネスとは、いったい何でしょうか?」
そう問いかけると、学校と同じく「キンコンカンコン」とチャイムがなり、こんな放送が流れる。
「これから、お昼寝の時間です。ゆっくりと休んで下さい」
サチヨさんはディレクターに向って言う。
「休むことも、この仕事の一環です。私達はストレスの元になるような事は、できるだけ控えています。みなさんも一緒にお昼寝しませんか?」
ディレクターは、話の続きを聞きたそうだったが、美人には敵わない。
「そうですね、お昼寝しましょうか」
あっさりとサチヨさんの言う事を聞く。
この後、みんなで屋外の木陰に移動をする。その場所には、いくつものハンモックが張ってあり、快適そうに昼寝を楽しんでいるスタッフの映像が流れた。
次のシーンになると、日が傾いている。先ほど昼を食べたばかりだが、ずいぶんと時間が経過したようだ。
「起きて下さい、今から仕事ですよ」
ぐっすりと寝ているスタッフにサチヨさんが声を掛ける。
「あっ、はい、いま起きます」
起きて間もないスタッフは、慌てて取材の準備をする。
そして、再び食堂にカメラが移動した。
食堂にはロボットが1体、待機をしていて、サチヨさんを先頭に20人近くの人が、一列に並んでいた。
「これから何が行なわれるんですか?」
ディレクターがそう言うと、サチヨさんは上着を豪快に脱ぎ裸になった。テレビ画面には、もちろんモザイクが掛かった。
「ええと、搾乳の時間です。まあ、仕事の内容は、あまり昔と変わりませんね」
「おおぅ、そ、そうですか。人間になっても、お乳を絞るのですね」
ディレクターが鼻の下を伸ばしながら、だらしない顔でレポートを続ける。
「そうですね。ただ、『牛乳』ではなく、生の『母乳』として販売しています。赤ちゃんに『母乳』を与えると、免疫力が上がるそうですからね」
ロボットがサチヨさんの胸を消毒し、搾乳機を動かし始めた。
ここでナレーションで説明が入る。
「最近は、過度なダイエットの影響か『母乳』の出にくい方が増えているそうです。人間の出す『母乳』に対して、ある程度の需要はあるのですが、その性質上から、個人でのネット販売が限界でした」
画面にテロップが現われ、問題点が詳しく説明される。
「『母乳』の個人販売には、様々な問題があるようです。衛生管理が行き届いていない管理者や、成分を調べると、『牛乳』で水増しされていたりと、詐欺のような販売者も少なくありません。
そこで、信頼できる『母乳』の専門の施設が、ここに設立されました」
ネット販売のよく分らない『母乳』を、大切な赤ちゃんに与える気にはなれないが、この施設の物なら、安心して与えられるだろう。
ディレクターは、搾乳が終わったサチヨさんから、詳しい話を聞く。
「一日に何回くらい、どのくらいの『母乳』が取れるのでしょうか?」
「朝と夕方に、それぞれ搾乳をしています。量は、朝と夕方を足すと、おおよそ3リットルくらいですかね」
「安全性はどうでしょう?」
「問題ありません。プレアデス星人さんの安全チェックもありまして、それを通過した物だけを販売しています」
「どこで買えるのですか?」
「うちの牧場のホームページ上から買えます、一回分が100ミリリットルで、お値段は600円ですね。送料は別です」
「その計算ですと、一人の一日の生産額は、およそ18000円ですかね」
「ええ、個人差はありますが、大体、そのくらいですね。個人の手取りは、販売などの手数料が15パーセントほど引かれて、およそ15000円ほどが手に入ります」
「ここでの生活はどうですか?」
「こんなに楽をして、しかもお金まで貰ってしまって、ちょっと気が引けますね。他の人の仕事は、見ていて大変そうで……」
そんな話をしていると、後ろから声が聞える。
「お母さん、ただいま~ あっ、この人たち、テレビ都京の人?」
高校生くらいの少女がカメラに写る。
「サチコ、今はお仕事中だから、お話は後でね」
どうやら親子で人間に進化したらしい。二人はよく似ていて美人で、そして二人とも胸が大きい。
予期せぬ中断が入ったにも関わらず、ディレクターは構わず話を続ける。
「……お子さんですか。そういえば、サチヨさんから母乳が出るという事は、過去に出産しているんですよね?」
「ええ、まあ、そうですね。でも、最近はちょっと変わってきまして……」
「私はこれから搾乳するね」
サチヨさんの娘のサチコちゃんは、あまり恥じらいが無いのか、ババッと上着を脱ぎ、ロボットに搾乳をしてもらう。
ディレクターが驚いた様子でサチヨさんに聞く。
「えっ、あの子はもしかして、あの歳で出産経験が……」
「いえ、今ではプレアデス星人さんの注射一本で、母乳が出るようになるんです。あの子は、お小遣いが欲しくて、バイト感覚でやっているみたいですね……」
「なるほど、そうでしたか。少し安心しました」
番組は再びスタジオに戻ってきた。
司会進行役の洋口さんが、これまでの出来事を軽くまとめる。
「高齢だった酪農家の方は、今は何もしていません。土地と建物を貸している状態で、どちらかというと、個人経営のアパートの経営者といった所でしょうか。
母乳牧場の商品の売り上げも順調なようです。ネットに商品を出すと非常に好評らしく、すぐに売り切れるそうです」
そう言いながら、スタジオをゆっくりと歩く。
次にカメラが切り替わると、洋口さんは手に紙のテロップを持っていた。
険しい顔で、こんな話題を口にする。
「さて、酪農と言えば、もう一つの形があります。それは『食肉』という形です。こちらも動物の進化剤を使い、様変わりしています。続きはCMの後で」
番組は再びCMに入った。




