新しい酪農の形 1
新聞のテレビ欄を眺めていると、テレビ都京の『ガロアの夜明け』という番組で、酪農について特集が組まれるようだ。
番組のタイトルに続き、今日の放送内容が書かれている。
『酪農業界に激震! これだけ変わった酪農という仕事』
僕はこの番組が気になり、見る事に決めた。
自分の部屋でスマフォをイジっていると、放送時間を迎え、『ガロアの夜明け』が始まった。
番組は、ある牧場から始まる。ナレーションが、こう話を切り出した。
「宇宙人の改善政策で、酪農という産業が大きく変化しました。それは産業改革と言えるほど、大きな改革です。本日は様変わりした酪農について、特集してみたいと思います」
カメラはのどかな牧場の、綺麗に片付けられた畜舎へと入っていく。畜舎の中には、白地に黒のぶち模様の牛、ホルスタインがたくさん居た。
その畜舎の中で、2人の酪農家の人が、カメラに背中を向けて作業をしている。大きなフォークのような農具で、効率良く寝床の藁を敷き直していた。
「ここは岩毛県にある、小規模の乳牛の酪農家さんです。今週の宇宙人の改善政策で大きく働き方が変わったそうです」
ナレーションに続いて、現場のスタッフが働いている人に声を掛ける。
「すいません。少しお話を少しよろしいでしょうか?」
「「はい、何でしょう?」」
スタッフが声を掛けると、ほぼ同時に2人が振り向く。その姿や声はそっくりで、おそらくどちらかがアンドロイドなのだろう。
スタッフが2人に声を掛ける。
「ええと、アンドロイドの方はどちらでしょう?」
「はい、私ですネ」
一人が手を挙げた。スタッフはアンドロイドにインタビューをする。
「酪農の作業は覚えましたか?」
「ええ、ほとんどは把握しまシタ。出産などの特殊な業務はまだ未経験ですが、今のところ、ほとんどの作業は問題なくこなせていマス」
「そうですか。やはりアンドロイドの学習能力は素晴らしいですね」
インタビューをしたスタッフは、納得した様子うなずく。
そして、今度はアンドロイドの元となった人間にマイクを差し出した。
「アンドロイドの働きぶりはどうですか?」
「とても良く働いてくれています。疲れ知らずで働き続けるので、もしかして私より働いているんじゃないでしょうか」
「そうですか。今回、アンドロイドの採用に踏み切った要因はなんでしょうか?」
「一つは人手が足りない事、この業界はキツくて汚いので、働き手が少ないです。資金に余裕があれば、ロボットの従業員を雇えばいいのですが、中小の酪農家はやりくりが大変で、バイトの時給の支払いもキツイです」
「なるほど、他に理由はありますか?」
「ありますよ。この商売は生き物が相手なので、休暇が取れません。体調が酷く、どうしようもない時は、仕方なく、近くの酪農家にヘルプを頼んだりしますが、相手の迷惑を考えると、どうしても躊躇してしまいます。その点、アンドロイドは病気に掛かったりしないので、非常に助かりますね」
「なるほど、その通りですね」
「あっ、そうだ。あと、もう一つ、理由がありました」
「それは何です?」
「鉄の塊のようなロボットと違い、アンドロイドだと牛が安心する事ですかね。牛から見ると、私と、私のアンドロイドは区別がついていないかもしれません」
「そうですね。うり二つです」
カメラは二人を交互に映し出す。
テレビを通してだと、完全に区別はつかない。
この後、しばらくテレビで酪農の作業をしている光景が映った。
作業をしている横で、牛たちは非常に落ち着いている。
牛たちは、アンドロイドの事を、オーナーの双子の兄弟くらいにしか思っていないかもしれない。
カメラは牧場から、スタジオへと戻った。
司会進行役の洋口江介さんが、渋い顔をしながら言う。
「一部の酪農家は、年収3000万円を越える利益を出していますが、大半の中小の酪農家は利益を出せない状況で、厳しい経営を強いられています。こちらをご覧下さい」
紙のテロップを出すと、そこにはパートの求人票が張り出されていた。
金額の部分はシールが貼ってあり、隠されている。
「こちら、とある農家のパートの募集票なのですが、この金額で募集を掛けています」
シールを剥がすと、そこには『900円』の文字があった。
「コンビニのバイトが1000円を超える世の中で、重労働の酪農のパートがこの値段です。これでは人は集まりません。もっと賃金を出せば人は集まるでしょうが、それでは経営が傾いてしまいます。多くの酪農家は廃業の危機にあります」
司会の洋口さんは、淡々と進行を続ける。
「次にこちらをご覧下さい」
紙のテロップを入れ替えると、そこには棒グラフが書かれていた。
グラフを指しながら、解説をする。
「こちら、乳牛を飼育している酪農家の件数です。2000年では33,600件ありましたが、2010年には21,900に減少。2019年には15,000件にまで減っています」
グラフは綺麗な右肩下がりだった。20年近くで半分以下に減っている。
実際は小規模な酪農家が、どこか大きな会社に吸収合併されて、件数が減っているだけかもしれないが、この減り方はちょっと異常だ。
「他にも、VTRで出て来たように、酪農家は生き物が相手の為、絶対に休めません。八方ふさがりの業界に、プレアデス星人の今週の政策は、まさに希望の光と言えます」
またテロップを入れ替える。こんどは、複数の円グラフだった。
司会の洋口さんは、一つ一つ丁寧に説明をする。
「こちら、業種別の無料のアンドロイドの利用率です。無料のアンドロイドは、使用時間が限られていて、さらにアンドロイドに教育をする必要があります。また、教育した内容は、人類の共有の資産として公開されるなど、さまざまな制約があります」
円グラフの一つを指さす。
「この円グラフは、農業でのアンドロイドを表していますが、利用率は2.7パーセントです。一方、酪農業での利用率は68パーセントを超えます」
様々な業種の円グラフがあるが、酪農業だけ、利用率が突出していた。
業種的に、企業秘密の少ない仕事かもしれないが、やはり仕事そのものが厳しく、政策の発表と共に、無料のアンドロイドに飛びついた形だろう。
今週の改善政策は大成功じゃないだろうか。
僕が、今週の宇宙人の政策に感心していると、番組は予期せぬ方向へ進む。
司会の洋口さんが、こんな事を言い出した。
「皆さま、覚えているでしょうか? ペットなどを対象とした、動物の知能の進化剤がありましたよね。これがもう一つの酪農の新しい形を生み出しました。続きはCMの後でご覧下さい」
大きな謎を残し、番組がCMに入る。
動物の進化剤で、どのように酪農が変わったのだろうか?




