農業と農作業 2
朝食を食べていると、姉ちゃん宛に宅急便がきた。
母さんが荷物を受け取る手続きをする。
「ツカサ、ちょっときて。この荷物、どうしましょう?」
母さんに呼ばれ玄関に行くと、そこには空の大きな段ボールが三つと、素っ裸の3人の僕が居た。
「えっ? ちょっと? なに? どうなってるの? 君たちは誰?」
「「「ボクは『ササブキ ツカサ』ですヨ」」」
3人の僕は、ほぼ同時に答えた。
会話して分ったが、ちょっとだけ日本語のイントネーションに変な所がある。なんとなく、機械的なロボットのような印象を受けた。
「え、ええと、どうしよう? とりあえず原因は姉ちゃんだと思うから、母さんは姉ちゃんを呼んできて。僕は服を着せるよ」
母さんは姉ちゃんを呼びに2階へ、僕は、そこら辺にある服を手に取り、自分の姿をした人物に渡していく。
鏡で見たようなそっくりな姿とは言え、裸の女性がいるのはドキドキする。しかし、こうして見ると胸が異様にデカい。
「とりあえず、この服を着て」
「「「ボクは服を着なくても、行動に何の問題も無いですヨ」」」
「いや、行動に問題があるとかじゃ無くて、お願いだから服をきてよ」
強く言うと、僕に似た人物たちは、しぶしぶ服を着てくれた。
僕の姿で裸で歩き回られたら、たまったものではない。近所の方々に変態と思われてしまう。
3人の僕が服を着終えた頃、母さんが姉ちゃんを連れてきた。
「うぅ~、頭がズキズキする。昨日、プレアデス製薬の二日酔い防止剤を飲み忘れた」
姉ちゃんは酷い二日酔いらしい。確かに昨日は飲み過ぎていたが、今は姉ちゃんの体調など、どうでもいい。
「姉ちゃん。これ、姉ちゃんのしわざでしょ! 説明してよ」
僕が3人の僕を指さしながら言う。すると、姉ちゃんは眉間にシワを寄せながら答える。
「うわー、弟ちゃんが4人に見える。まだ酔っているみたいね。今日の出社は午後からだから、もう少し寝ているわ」
そう言って自分の部屋に戻ろうとする姉ちゃんを、僕は必死で止める。
「違うよ、本当に4人居るんだって、ちょっと触ってみて」
「いや、まさか、そんな…… あれ、本当だ? 分った、コレは夢ね」
僕らの顔を次々と触っていく姉ちゃん。しかしまだ寝ぼけているようだ。僕は姉ちゃんのほっぺたを強くつねる。
「いた、いたた! 弟ちゃん、分ったから、つねるのをやめて」
「姉ちゃん、どうしてこうなったの?」
「……どうしてこうなったんでしょうね? ちょっと待ってね、とりあえず水をちょうだい」
台所に行き、姉ちゃんは席に座ると、二日酔いを直す薬を飲みながら、この状況になった経緯を思い出す。
「ええと、昨日は会議が上手く行かなくて、ちょっと飲み過ぎて。家に帰ってくると、弟ちゃんが居て『問題解決に協力してくれる』みたいな事は言ってたわね」
「うん。確かにそう言ったよ」
「それで、たしか、みんなで考えて問題を解決しよう『三人寄れば文殊の知恵』とか言ってたじゃない?」
「それも言ったね」
「そう言われてしまうと、『弟ちゃんが3人居れば問題を解決してくれるんだ。だったら弟ちゃんを発注して、増やせば良いんだ』って考えになるわよね」
「ちょっと待って……」
「だから私は自分の会社にオーダーをしたのよ。『笹吹ツカサを3人、明日の朝までにお願いします』って。これで問題は解決よね。弟ちゃんも午後の会議に出てくれるんでしょう?」
「いや、ちょっと待ってよ! どうしてそうなるの?」
「うん。まあ、酔っ払ってたし。半分は酒の勢いってヤツかな」
姉ちゃんは舌をだして、おどけながら謝った。
「姉ちゃん。まだ詳しい状況が、よく分らないんだけど?」
「ええと、ちょっと待ってね。会社に電話して、昨日の夜の状況を確認してみるわ」
二日酔いの薬が効いてきたのか、姉ちゃんがまともな行動をし始めた。スマフォを取り出し、電話をかける。
「ええと、昨日の『笹吹ツカサ』の発注の件なんだけど、もう一度、詳細を教えてちょうだい。ああ、うん、そう…… なるほどね、分ったわ、ありがとう」
5分ほど会話をして電話を切る。そして僕らに向ってこう言った。
「私は弟ちゃんのクローンの発注をかけたらしいんだけど、完全なクローンの製造までには1年以上かかるらしいの」
サラッととんでもない事を言い出す姉ちゃん。
しかし、姉ちゃんは特に表情を変えず、説明を続ける。
「そこで私はゴネたらしいの。何とか明日の朝までに届けて欲しいって」
無茶な事を言い出した。1年以上かかる工程を、翌朝までにやれと言う。
色々と突っ込みたいが、話が進まないので、黙って姉ちゃんの話を聞き続ける。
「でも、宇宙人の技術を使っても、それは無理だったらしいのね。そこで私は妥協したらしいの、『できるだけ弟ちゃんに近い存在は作れないか?』と、言ったみたいなの」
他人事みたいに言っているのは、本人の記憶が無いからだろう。
お酒って怖い。
「そうしたら、こんな物が作れるって言うのよ。弟ちゃんの考えに似せたAIを搭載し、弟ちゃんの姿に似せた、弟ちゃんに限りなく近いロボットが作れるって。だから私はそれを発注したみたいなの」
「「「ロボットじゃあないヨ、ボクはアンドロイドだヨ」」」
今まで黙っていた僕たちが反論する。しかし僕にはロボットとアンドロイドの違いはよく分らなかった。
「まあ、そのアンドロイドを発注して、こうなった訳ね」
姉ちゃんはあきれた表情で、僕たちの顔を見比べながら言った。本当にあきれているのは僕たちの方だ。
「この後どうするの?」
僕は僕たちを見つめながら言う。
「えーと。急いで作ったから、問題点があるみたいなの。AIの類似度が、まだ足りなくて、情報がもっと必要みたい。しばらく一緒に行動して、本人の事を色々と学習させてちょうだい」
「えー、イヤだよ。一緒に居たら、他の人に何て思われるか……」
「じゃあ、こうなったいきさつの、地球の農業の問題、解決法は思いついた?」
「……いや、全然、思いつかない」
「でしょう。だったら、今日一日だけでも過してみて。いつもと違う環境で、何か良いアイデアが生まれるかもしれないよ。バイト代や諸経費も払うから」
「うーん、でも……」
「ほら、昨日の夜、弟ちゃんは『出来ることなら、何でも手伝うよ』って言ったじゃない。あれは嘘だったの」
「嘘じゃないけど…… 分ったよ。じゃあ、今日一日だけだからね」
こうして僕は姉ちゃんからみんなのバイト代として3万円もらい。僕たちは、いつも通りのメンバーと遊ぶ事になった。
しかし、かなり酔っ払っていたのに、姉ちゃんは変な所だけは、しっかりと覚えている。
みんなを驚かせてはいけないので、Lineのメッセージでこの事を伝える。あと、ちょっと予定の変更をしてもらう。
そして時間が経ち、僕たちが外に出かける時だ。姉ちゃんがこちらを見てポツリとつぶやいた。
「しかし、本当に失敗したわね」
「本気で反省してるの?」
僕が真剣な表情で言うと、姉ちゃんはこんな事を言い出す。
「うん。『三人寄れば文殊の知恵』でしょ。本人が居れば、あと2人で3人になるのに、3人分の注文したから4人になっちゃった。1人は余計だったわよね、これは反省しなきゃ」
……姉ちゃんの反省するポイントはズレている。
これでは、そのうちまた何からやかしそうだ。




