火星歴元年 9
僕らはカレーをお腹いっぱい食べると、コンビニで翌朝の朝食を買い、宿泊するマンションへと戻る。
別れ際、姉ちゃんが僕たちに言う。
「明日は農作業ね。朝の9時に迎えにくるから、動きやすい格好をしておいて。あとキングくん、火星のネット環境でゲームをしてみたいって言ってたから、リビングにパソコンを用意しておいたわ。OSはWinbowsで良かったわよね?」
「ええ、それでOKです、助かります」
「じゃあ、また明日ね。私は家に帰るわ」
姉ちゃんと別れて、僕らはマンションの中に入る。
時刻は夜の8時半。
お風呂に入る順番を適当に決めて、僕らはリビングでくつろぐ。
「テレビでもつけましょうか。日本のテレビはつくのかしら?」
ジミ子がリモコンをイジり始める。
テレビをつけると、まずは国と地域を選択する画面が現われた。
地元の地域を選択すると、あとはいつもと変わらない、おなじみのTV番組が自由に映る。
「あれ、このリモコン、他にも色々と設定ができるわね」
「どんな項目があるんだ?」
ヤン太がソファーで寝転がりながら言う。
「エアコンの室温、照明の明るさ、あと重力なんて項目もあるわ」
「重力って凄いね。今はどうなってるの?」
僕が質問をすると、ジミ子はこう答える。
「ええと、今は地球の重力の3分の1で火星の重力と同じね。とりあえず、地球と同じ重力までは増やせるみたい。試してみるわ」
ジミ子が重力の『プラス』のボタンを押していく度に、僕らの体が重くなる。やがて地球の重力と同じになった。
「ちょっと辛いな。火星の重力に戻そうぜ」
「そうだね」「そうね」
ヤン太に言われて、急いで火星の重力に戻す。
一日中、動き回って疲れている僕たちに、地球の重力は、とても重く感じた。
僕らは広々としたリビングで、とてもリラックスしているが、キングはちょっと渋い顔をしている。
「キング、どうしたの?」
僕が聞いて見ると、こんな答えが返ってくる。
「うーん。お姉さんから渡されたのがタブレットPCなんだよ。このタイプのPCは性能が高いとは言えないから、3Dのゲームには不向きなんだよな」
するとジミ子が、ちょっとあきれながら言う。
「まあ、でも他にPCが無いから、それで我慢するしかないじゃない」
「そうなんだよな。ゲームのインストールするのに、どのくらい時間がかかるか…… まあ、悩んでいてもしょうがないか、とりあえずゲームのダウンロードをするか」
ダウンロードを開始すると同時に、ミサキが風呂から出て来た。
「良いお湯だったわ。次の人どうぞ」
「じゃあ、俺が行くか。風呂から出て来たら、ダウンロードが終わっていると良いな」
キングが風呂の用意をしていると、ヤン太がタブレットPCの画面を見ながら言う。
「もうダウンロード、終わってるぞ」
「えっ、うそだろ! クライアントソフト、4ギガはあるぜ!」
僕も横からのぞき込むと、確かにダウンロードが終わっている。目を離していたので、正確な時間は分らないが、おそらく1分くらいしか経過していない。
「本当にダウンロードが終わったのか? 試しにインストールしてみるか……」
疑いながらキングが操作をすると、瞬く間にインストールが終わり、ゲームの起動画面が出て来た。
「うそだろ…… もうゲームが出来るのか? 俺の高性能PCでも、インストールに10分くらい掛かるのに……」
そう言いながらログインすると、画面の中には鮮やかなファンタジーの世界が広がる。
「これ、高解像度の設定だけど、処理落ちしないな。通信のラグも全く無い。なんだ、このPCは……」
独り言をつぶやきながら、ゲームに夢中になるキング。
「お風呂入らないの? じゃあ、私が先にお風呂に入ってくるね」
そういってジミ子はお風呂に向った。
この後もキングはゲームをやり続け、結局、お風呂は最後に入る事となった。
このゲームは3Dで、ぐるぐると視点が動き回るタイプのゲームだったが、僕が見た限りでは、とてもスムーズに動いていた。
このPCはおそらく宇宙人の技術を使った物だろう。このPCをあえて地球上で販売しない理由は、地球のメーカーと経済の事を、宇宙人が考えているからかもしれない。これが発売されれば、既存のメーカーはおそらく全滅しそうだ。
この日、僕らは翌日の農作業に備えて、早めに寝ることにした。
火星で様々な体験をしたので、疲れて居たらしく、あっという間に眠りに落ちる。
ただ、キングだけはかなり遅くまでゲームをしていたようだ。
そして、翌朝になる。
僕らは、前日に買って置いた弁当を温め、朝食を取った後に、動きやすい服装に着替えて、待ち合わせの時間に合わせて玄関を出る。
住宅の前の道路に出ると、他の参加者達は、既に集まっていた。
参加者達は、感想を交えながら、昨日の情報交換をしている。
「大学の『陶芸教室』に行ったんだが、授業料は無料で、掛かった費用は、材料の粘土代、400ゼニーだけだったよ」
「市民向けのテニス場は、重力調整機能が付いていた。地球と変わりない環境で運動が出来たぜ」
「私らは、家具屋の『イケア』に行ってきたんだが、品揃えは充分だったな。値段も地元と同じ様な感じだ、特に割高な印象は無い」
「飲食店も安くて美味かったな。欠点と言えば、パブに置いてある酒の種類が少ない事くらいか……」
ちょっと不安な点を言うと、話の流れがネガティブな話題になってしまった。
「住むのには快適そうだが、気になるのは労働条件だ。農作業なんてやった事が無いから、どんだけ過酷なのか、俺には分らない……」
「うーん。それはそうですね。この中に農業経験者はいますか?」
全員に質問をすると、一人のアジア系の人が手を挙げて、語り出す。
「農作業は、口が裂けても楽とは言えないな。繁忙期はろくに睡眠ができないくらい忙しい。無理を重ねていくと体のあちこちが痛くなる。不運な事に一家の主が腰を壊して、生計が立たなくなってしまった家族も知っている」
その言葉は重かった。参加者全員が黙ってしまう。
やはり素人なんかに農業は不可能かもしれない。
そんな深刻な雰囲気の中、姉ちゃんがやってきた。
いつもの明るい調子で、参加者達に声を掛ける。
「皆さん集まっていますね。さあ、これから農作業の体験をしてもらいますよ」
タクシーに乗せられて、僕たちの過酷な作業が始まる。




