火星歴元年 4
僕らはテニスコートに連れてこられた。
そして姉ちゃんは、ここでテニスではなく、ドッチボールをやると言う。
確かにドッチボールはルールが単純で、初心者でも楽しめる。レクリエーションには向いているだろう。
姉ちゃんが、この後の流れを軽く説明する。
「まずは準備運動した後、チーム分けをします。チーム分けは、ロボットにより、出来るだけ戦力が均等になるよう振り分けられます。ルールの説明はその後ですね」
参加者達は、それぞれ体を伸ばしたり、ひねったりして準備運動を行なう。僕らは、いつも通りにラジオ体操を軽くこなして、準備運動を終えた。
準備運動が終わると、今度はチーム分けだ、ロボットが現われ、運動能力の高い順に読み上げる。
1番にミサキ、2番にヤン太が呼ばれ、続いて、年齢の若い外国の参加者が何人か呼ばれた。
16人いる参加者の中で、僕は6番目。キングは7番目で、ジミ子は9番目に呼ばれる。
チーム分けは偶数と奇数に分かれるので、僕とヤン太、ミサキとキングとジミ子がそれぞれのチームに分かれた。
チーム分けが終わると、次はルール説明だ。
『ボールが体に当り、そのボールが地面に落ちるとアウトです』
ザックリと説明をすると、姉ちゃんはさっそく、試合を開始する。
「まあ、やりながらルールを覚えましょう。レクリエーションが目的ですから、細かい事は気にせず、大いに楽しんで下さいね。ジャンプボールから始めます」
ジャンプボールとは、コートの中央でボールを真上に投げ、落ちてきたボールをどちらが先にキャッチするかというものだ。よく、バスケットボールなどの球技で行なわれる。
このジャンプボールに参加するのは、各チームの代表が一人づつ出て来て行なう。
こちらのチームは、190センチを超す体の大きなドイツ人が、相手チームからはミサキが出て来た。
ロボットの審判が出て来て、宣言をしてボールを放り投げる。
「デハ、投げますヨ。3、2、1、ゼロ」
普通、ジャンプボールはボールが落ちてくる時にタイミングを合わせてジャンプをするのだが、ミサキはボールが放たれるとほぼ同時にジャンプをした。そして、1メートル半くらいの大ジャンプをして、上昇中のボールを無理矢理奪い取る。
「ワオゥ!」「マジかよ!」
あまりのジャンプの高さに、敵味方から歓声が起こる。
「いくわよ、えい!」
ミサキは目の前のドイツ人の足下を狙ってボールを投げる。
どうやらドイツでもドッチボールに似た競技はあるらしいが、キャッチしにくい足下を狙われると、ひとたまりもない。左足のスネに当り、あっけなくアウトとなった。
この後の流れは、小学生でやったときと同じだった。全力でボールのやり取りが続き、ボールが往復する度に、人数が減っていく。
火星でのドッチボールは、避ける方にちょっとだけ有利に働く。重力が低いので素早く左右に動けるし、ジャンプをすれば、1メートルくらい舞い上がり、狙うのは非常に困難だ。
この重力を、最も有効に使っているのはミサキだろう。ピョンピョンと跳ね回り、まるで当てられる気がしない。
やがて試合時間の10分がすぎ、笛がなった。
生き残っている人数は、こちらのチームは2人、向こうのチームは4人。
ミサキのチームの大勝だ。
「はぁはぁ、どう? 私達の勝ちよ」
肩で息をしながら、勝ち誇るミサキ。
姉ちゃんがスポーツドリンクを配りながら、参加者を集める。そして、こう言った。
「はい、お疲れさま。1ラウンド目が終了よ。
さて、ここからが、このレクリエーションの本番なの。このドッチボールは地球のルールだったから、火星でやると不都合な点があったと思うの、それでルールを改善して、今より楽しめるようにしてちょうだい」
参加者に意見を求めると、一番始めにボールを当てられたドイツ人が不満を言う。
「私は直ぐ外野に出たから、あまり楽しく無かった。このゲームはやはり内野で逃げながらボールを掴むのが醍醐味だろう。何とかならないか?」
「じゃあ、内野と外野の交代は、時間制にしましょう。前半5分、後半5分で、総入れ替えする方式ね」
ドイツ人の意見が終わると、今度はアメリカ人が意見を言う。
「ボールを持っていない時は、ちょっと暇だな。うちの国だと、ボールを6個ぐらい使うから、休んでいる暇がなくて楽しいぜ!」
「さすがに6個は多すぎるから、とりあえずボールを2つにしましょうか。そんな感じで2ラウンド目をやってみましょう」
姉ちゃんがルールを改正して、2ラウンド目が始まった。
2ラウンド目も初めのうちは楽しくゲームをしていたのだが、途中で問題に気がつく。
ボールが当っても、外野との交代がないので、特定の人物が集中して狙われた。
これは、例えばミサキのチームだと、避けまくるミサキを苦労して当てても、動きの鈍いジミ子にボール当てても、同じ1点しか得点が入らない。そうなると、ミサキは無視して、得点の入りやすいジミ子ばかり狙われる。
狙いやすい弱者を徹底的に狙う。このラウンドは、ちょっと歪なドッチボールの試合となった。
2ラウンド目が終わり、みんなが集まる。
今回は僕らのチームがジミ子を集中して狙ったので勝てたのだが、この試合はあまり楽しめなかった
僕が今回の問題点を言う。
「さすがに狙われる人が集中するのは問題だと思う」
「じゃあ、連続で同じ人に当てると、得点が入らなくなるようにしましょう」
僕の言った問題点が解決されると、こんどはキングが発言をする。
「投げるヤツが固定しがちになるから、何とかならないかな?」
これは、運動神経の良い、早い球を投げる人に、味方のパスが集中して、その人ばかりがシュートをする状況の事だろう。確かにチームのエースである、ヤン太やミサキが投げるシーンが多い。
「じゃあ、それぞれ一人一人に、初めて他人をボールを当てた時、ボーナス点が入る事にしましょう。そうすれば、みんな、公平に投げるようになるかな」
こんな感じで、どんどんルールが追加されていった……
「はい、6ラウンド目、最終ゲームです。このラウンドが終わったら、ランチにしましょう」
ここまで来る時点で、ルールはかなり追加され、相当に複雑になっていた。
試合が始まり、ボールを持ったミサキに、キングがアドバイスを送る。
「そこはヤン太、ツカサの順に狙え! 上手く行けば『フィボナッチ・ボーナス』が入るぞ」
「えっ? フィボなにそのボーナス?」
ミサキはキングの忠告を聞かず、たまたまそばにいたドイツ人にボールを当てる。すると、審判のロボットがこう言った。
「ミサキさん、『アストロ・ペナルティー』、マイナス2点」
それを聞いてジミ子が文句を言う。
「ダメじゃないミサキ、あそこで彼女に当てたら『アストロ・ペナルティー』でしょ、4ラウンド目のルール変更を聞いて居なかったの?」
「あ、うん、ちょっとよくわからない……」
ペナルティーで僕にボールがきた。すると、ヤン太が僕に言う。
「いけツカサ、狙いは分ってるな?」
「うん、ここだ!」
僕の放ったボールは驚くほど上手く行った。ミサキ、ジミ子、キングと、三人に連続して当り、地面に落ちる。
「やった、これでボーナスだ!」
僕がそう言った後、ロボットが正式に宣言をした。
「『プレアデス・エクセレント・ボーナス』、ツカサさん、10万点取得」
「じゅ、10万点、そんなの逆転無理じゃない!」
ミサキが悲鳴を上げる。ちなみに、普通にボールを当てるだけだと1点しか入らない。ボーナスを入れても一人につき7点が良いところだ。
「こっちも、同じ『プレアデス・エクセレント・ボーナス』を狙うしかないわね」
ジミ子が言うと、ミサキがうなずく。
「とにかく三人に当てればいいのね?」
急いでボールを投げようとするミサキをキングが止める。
「いや、当てる順番があって、それを守らないと『プレアデス・エクセレント・ボーナス』は貰えないぜ」
「??? えっ? どういう事?」
この後、色々と説明をしているうちに時間がすぎ、6ラウンド目は、10万7点と、12点の大差で、僕らのチームが勝った。
「なんなのこのゲーム、ルールがよく分らない?」
ちょっとミサキがイライラしながら言う。その様子を見て、周りの参加者も苦笑いを浮かべるだけだ。
このドッチボールのルールは複雑になりすぎた、おそらく誰も全容を把握していないだろう。




