バスとバイトとエレベーターガール 2
バスの乗務員のバイトをする当日となった。
朝の9時40分に僕らは姉ちゃんの会社に集まり、そこから『どこだってドア』で、都心のバス会社の車両基地へと移動する。
『どこだってドア』を抜けると、バスが何台も止まっている広大な駐車場の一角に出た。
この場所は、ただただアスファルトが広がり、夏の日差しの照り返しがかなりキツい。
「ほら、アレよ」
姉ちゃんが、駐車場に落ちている影の上空を指さすと、大型バスより2~3回りくらい大きな、船のようなバスが浮かんでいる。
「でけぇな」「大きいわね」
ヤン太とジミ子が見上げながらつぶやく。
僕たちはバスの大きさは事前に聞いてはいたが、こうして目にすると、かなり大きく感じる。
「まずは、バス会社の方々にご挨拶をしましょう」
姉ちゃんに連れられて、僕らは3階建ての建物の中へと入る。
建物に入ると、深い紺色のバスの制服に身を包んだ人達が、何人も並んで待っていた。姉ちゃんがちょっとびっくりしながら、中央に居る年配の人に声を掛ける。
「これは社長。こんな所まで、わざわざ出向いてこなくても結構ですよ」
「いえいえ、プレアデス星団グループ会社、笹吹副会長、出迎えではないのです、実は一刻も早く新型のバスに乗ってみたいだけなのです。さあ、早くバスに案内して下さい」
キラキラと目を輝かせて、笑顔で姉ちゃんに催促をする。その様子は、まるで子供のようだ。
「社長、ちょっと落ち着いて下さい、この子達が先日話したバイトの子です。まずは着替えさせてやって下さい」
「おお、そうでした。君たちこっちですよ」
「「「よろしくお願いします」」」
僕らは深くお辞儀をし、バス会社の社長に連れられて、更衣室へと移動した。
更衣室は、女性用と元男性用に別れている。僕らはそれぞれの更衣室へと移動をする。
「ここが君たちのロッカーです。鍵を渡しますね」
鍵には名前のタグが付いていて、それぞれ自分の名前の付いた鍵を、社長から受け取る。
ロッカーを開けると、そこにはバス会社の制服の、Yシャツとベストとズボンがハンガーに吊してあった。
この間、水着のテストのバイトでは大変な目にあった。
僕は同じような失敗はしない。今回、バイトを引き受ける時に姉ちゃんに制服を確認すると、「特別に制服を用意してあげようか?」などと変な事を言い出したので、僕は「絶対にみんなと同じでお願い!」と強く言っておいた。
もし姉ちゃんに任せていたら、とんでもない服を用意されていたかもしれない。
ロッカーに吊されているシャツの袖に腕を通し、ボタンを止めようとした時だ、かなり胸の部分がキツい事に気がつく。
無駄な肉を押しのけるようにして、何とかシャツのボタンを止め、さらに制服のベストを身につけようとするが、こちらはどうやっても止まりそうにない。
「大丈夫か?」
ヤン太が心配して声を掛けてくれた。
「ええと、何とか止めて見せるよ」
僕が苦戦をしていると、バス会社の社長さんが見るに見かねて助けてくれる。
「無理しちゃいけないよ。今、換わりの制服はいくらでもあるから。ズボンの方は問題なさそうかな?」
ズボンをはいてみると、こちらは何の問題もなかった。
「はい、ズボンは大丈夫です」
「では、上着は一つ上のサイズを……、いや、二つ上ですかね、両方もってきますね」
社長さんは備蓄用の戸棚を開けて、僕にサイズの大きな制服を渡してくれた。
シャツは一つ上のサイズ、ベストは二つ上のサイズで僕の胸はどうにか収まった。
制服に着替え終わり、『研修中』と書かれたの腕章を付け、再び入り口に戻る。
ロビーで待っていた姉ちゃんは、僕を見るなり、こう言った。
「胸がパツパツね。やっぱり特別に用意してもらった方がよかったわよね」
「ああ、うん。そうかもね……」
シャツは袖がかなり余っているが、胸の部分だけ布がピンと貼っていて、おかしなバランスになっている。
今回は姉ちゃんの言うとおり、制服を少し直してもらった方がよかったかもしれない……
全員が揃うと、姉ちゃんは僕らに、比較的、画面の大きなスマートウォッチを配る。
「これ、車掌の支援システムと直結しているから、困ったら画面を見てね」
「具体的には、どんな状況で使うんですか?」
ジミ子が質問すると、姉ちゃんは、こんな質問を返した。
「ここから西区の区役所にはどう行ったら良いですか?」
都会の土地勘の無い僕らに、その答えは全く分からない。
だが、次の瞬間、ジミ子のスマートウォッチに、こんな答えが浮かび上がる。
『荻野駅行き、に乗って、中北線の西窪駅で降りて下さい』
ジミ子が画面を確認すると、姉ちゃんが解説をする。
「こんな感じで答えがでるから。他にも分からない事があったら、とりあえずこの画面をみてね。他にも何か質問があれば、このスマートウォッチに話しかければ答えが分かるから」
「分かりました。了解です」
姉ちゃんの説明にジミ子が大真面目で答えた。
「さて、準備ができたのでこれからバスに乗りますよ」
「では早く行きましょう、手の空いている職員はついてきなさい」
バス会社の社長さんを先頭に、みんなでゾロゾロと空飛ぶバスの近くへと向った。




