第27回目の改善政策 3
福竹アナウンサーと宇宙人は、いつも放送を行なっている展望台から、明石市立天文科学館の駐車場へと移動した。
科学館の広い駐車場には、赤いカラーコーンが等間隔に並べられ、簡易的なコースが作られている。他には、コースの片隅に車をかたどった大きなバルーンが置いてあった。おそらく衝突実験に使うヤツだろう。
駐車場の真ん中に、白の軽トラが一台止まっていて、この車で実験を行なうようだ。
宇宙人は、福竹アナウンサーに問いかける。
「免許は持っているカネ?」
「ええ、車も持っています。仕事が忙しくて、月に1~2回乗るくらいですが」
「持っているならOKヨ。装置を車に付けるネ」
そういって宇宙人は、ハンドルとアクセルとブレーキ、シフトノブのカバーを渡す。
カバーは金属っぽい光沢をしているが、皮のように柔らかい材質のようだ。
福竹アナウンサーが、手で伸ばしながら、ハンドルカバーを着けようとする。
ハンドルカバーには、切れ込みが入っているようで、かぶせるだけで良いらしい。10秒もかからず、あっという間に装着できた。
カバーを着けた福竹アナウンサーは宇宙人に質問をする。
「とりあえず着けてみましたが、これは、向きとか方向とか、関係あったのでしょうか?」
「関係ないネ。上下左右、どの方向でも良いヨ。表裏も関係ないネ。アクセルとブレーキペダルも区別が無くて、着けた後にシステムの方で判断するカラ、どちらに着けても良いヨ」
「わかりました。では、全て着けてみます」
アクセルとブレーキペダル、シフトノブのカバーを同じ様に着ける。全て着け終わるまで、1分と掛からない。
全てを装着すると、宇宙人に使い方を聞く。
「着けました。それで、どうやって使うのです?」
「まずは装着をロックするネ。音声入力に対応しているカラ『ロックをする』と言えば、ロック出来るヨ」
「分りました。『ロックをして下さい』」
福竹アナウンサーそういうと、ハンドルカバーなどが「シュルッ」と音を立てて、引き締まる。ハンドルなどにピッタリとひっついて一体化した。
「おおっ、握った感じだと、着ける前と感触はあまり変わらないですね。次は何を設定するのですか?」
「もう使える状態ネ。まずは普通に運転してみてヨ」
「これだけで良いんですか? まあ、分りました。ちょっと一週、回ってきます」
助手席にカメラマンを乗せ、福竹アナウンサーは駐車場に作られた簡易コースをゆっくりと回る。
「特に何も違和感は感じません、普通の車と同じですね」
福竹アナウンサーは何事もなく一週を走り終えて、宇宙人の元へ戻ってきた。
「普通の車と全く変わらなかったのですが、これ、何か効果があるんでしょうか?」
「あるヨ。今度は、意図的に危険運手をしてみてネ。急発進やバルーンでできているダミーの車に突っ込んでみてヨ」
「分りました。ではわざと危険な運転をしてみます」
「まずは急発進をします。行きますよ!」
そう言いながら、福竹アナウンサーは車をごく普通に発進させた。穏やかで、とてもスムーズな発進だ。
福竹アナウンサーが、この状況を解説をする。
「アクセルを思いっきり踏み込んだのですが、非常に強い抵抗があり、まともに踏み込めませんでした。何らかの制御が掛かっていると思います。次は、あのダミーの車に突っ込んでみますね」
かなりスピードを出して、一直線にダミーの車へ向う。
途中まではかなりのスピードだったのだが、バルーンで出来ているとはいえ、衝突するのは怖いらしく、やがて減速しはじめた。
そして、福竹アナウンサーの車は、ダミーの車の直前で停止する。その様子は急ブレーキではなく、ごく普通に減速をして停止したようにしか見えない。
「ええとですね。私はアクセルをべた踏みしようとしました、しかし、アクセルは強い圧力で押し戻された感じです。ブレーキペダルには全く触れていません。自動でブレーキが掛かった感じですね」
ダミーの車の前で停止している車に、宇宙人が近づいてきて、こう言った。
「今度は横からダミーの車に当てに行ってヨ」
「わかりました。じゃあやってみますね」
福竹アナウンサーは、かなりの距離をバックしてから、スピードをつけてダミーの車の横を走り抜けようとした。
ダミーの車の真横に着いたときだ。進路が変わり、ほんのちょっとだけ幅寄せをする形にはなったが、進路を妨害するレベルではなく、ごく普通に横を走り抜けただけだった。
福竹アナウンサーが驚いた様子で解説をする。
「通過する途中で、かなり力を込めて急にハンドルを切ったのですが、結果はご覧の通りです。ハンドルは少し動いただけで、後はびくともしませんでした」
どうやらこの装置は危険運転を全く許さないらしい。
福竹アナウンサーが感心した様子で言う。
「これは凄いですね。危険運転はもとより、事故が劇的に減少するでしょう」
「ソレだけじゃないネ。自動運転の機能もあるヨ」
「本当ですか? どのように使うのです?」
「音声入力で、目的地を言って『自動運転機能、オン』と言えば大丈夫ネ。勝手に運転してくれるヨ」
「ちょっと試してみますね。『コースを一周してから、56番と書かれている場所に駐車、自動運転機能、オン』」
すると、機械音でこんな声が返ってきた。
「了解デス。56番の駐車場が埋まっている場合ハ、最寄りの空いているスペースに駐車しマス」
そう言って車はゆっくりと走り出した。
自動運転の車の運転は、恐ろしいほどスムーズで、正確だった。
車は指示された通り、コースを一周すると、56番と書かれた駐車スペースに的確に駐車した。
福竹アナウンサーがやや興奮した口調で、感想を述べる。
「これは見事と言うしかありませんね。これさえあればドライバーは要らなそうですね」
その発言に宇宙人が反論をする。
「ソレはまだ駄目ネ。この国の法律だと、まだ自動運転に関して法整備がされてないカラ、一般道路だとドライバーが必要になるヨ。この装置ハ、自動運転装置としての扱いでは無く、運転補助システムと同じ扱いになるネ」
「なるほど。では、この危険運転防止と運転補助システム、お値段は、おいくらで発売するのでしょうか?」
先ほどまでは笑顔だった福竹アナウンサーの目つきが、急に鋭くなった。今日も徹底的に値引きをするつもりらしい。
だが、宇宙人は想定外の答えを返す。
「タダで配るネ」
「なんと、お値段は無料なんですか?」
「ソウネ、今回は事故の予防を最優先ネ。配布先は、警察の交通課、車のディーラー、整備所、カーショップなどを予定しているネ。最寄りに配布場所がない場合、電話一本でお届けするヨ」
「わかりました。皆さま、事故の防止や、危険運転などで死刑や無期懲役を科されないためにも、この装置は車に装着しましょう!」
駐車場で実験をしていたら、かなり良い時間になっていたようだ。
スタッフから声を掛けられて、福竹アナウンサーがアンケートの告知をする。
「さて、アンケートのお時間がやって参りました。ご協力をお願いします」
このシステムがあれば、交通事故が激減する事は間違いない。僕は迷わず「今週の政策は『良かった』」「宇宙人を『支持できる』」に投票する。
しばらくすると集計結果が表示された。
『1.今週の政策はどうでしたか?
よかった 96%
悪かった 4%
2.プレアデス星団の宇宙人を支持していますか?
支持する 71%
支持できない 29%』
結果が表示されると、時間がかなり切迫しているようで、すぐに福竹アナウンサーが番組を締めに掛かる。
「さて、ここでお時間となりました。来週もよろしくお願いします」
「マタネー」
こうして第27回目の政策発表が終わった。
危険運転で『死刑』とか言い出した時はどうなるかと思ったが、今週の改善政策の内容は、ほとんどの人が賛成のようだ。もかしたら今後は交通事故が無くなるのかもしれない。




