朝顔の観察日記 1
朝の9時ごろ、家のチャイムが鳴り、外へ出て行くとミサキが居た。
ミサキは小さなシャベルを片手に、こんな事を言い出した。
「夏休みの宿題、ちょっと手伝って」
「いいけど、何をするの?」
「あさがおを植えるの、観察日記をつけるから」
高校生の学校の宿題に、朝顔の観察日記などは無いはずだ。
不思議に思いミサキに聞いてみると、どうやらアホ毛の人は、ある程度の宿題の選択が出来るらしい。
ミサキは科学の問題集ではなく、この宿題を選んだようだ。朝顔の観察日記なんて物は、小学生レベルの課題だと思うが、もしかしたらこちらの方が向いているのかもしれない。
ただ、この宿題に取り組みにあたり一つ問題があった。
ミサキの家の庭で、空の植木鉢に土を移し替えているミサキに、僕が質問をする。
「今から植えるの?」
「そうだけど」
「花が咲くまで間に合うの?」
夏休みに入って、けっこう日にちが過ぎている。近所に植えてある朝顔はもう咲いているし、今から植えても夏休み中に花は咲かないだろう。
僕は試しにスマフォで調べて見る。すると、やはり花が咲くまでは1か月~2か月ぐらいはかかるらしい。
「間に合わないみたいだよ」
スマフォの結果を見せながら言うと、ミサキはあきれた表情で含み笑いをした。
「ふっふっふっ、大丈夫よこれを見て」
そういってミサキは、市販されている朝顔の種の袋を僕に渡す。その袋にはこう書いてある。
『エイリアン印の超早咲き朝顔。遺伝子操作済みで、植えてからかなり早く咲くヨ!』
袋の裏の説明書きを見ると、2~3週間くらいで花が咲くようだ。これなら間に合うかもしれない。
「さてと、土はこれで良いかな。後は種を植えて、はい出来上がり!」
ミサキが種を植えるが、朝顔の鉢としては決定的に足りていない物がある。
「朝顔は蔓を伸ばして成長するんだから、そばに支柱かネットが必要だよ」
僕が指摘をすると、ミサキは周りを見回しながら言う。
「本当? そんな物は無いわね。でも、無くても大丈夫でしょう」
「ダメだよ、最低でも、ロープは渡してやらないと」
「ロープぐらいならあるわ。それで行きましょう。どこに結ぼうかしら?」
「位置的に、ミサキの部屋のベランダで良いんじゃない」
「そうね。ちょっと上に上がってくる」
ミサキは二階の自分の部屋に行き、片側をベランダの手すりに結ぶと、そこから梱包用のロープを投げた。僕はロープの端を朝顔の鉢に巻き付けるように結び付ける。
結び終わると僕は下から上に居るミサキに声をかける。
「これで大丈夫だと思うよ」
「二階の私の部屋まで伸びてくるかな?」
「どうだろう? ちょっと難しいかもね」
いくら宇宙人が遺伝子操作をしてあるとはいえ、そこまで早く成長しないだろう。
それから1週間くらい経った。
世間では台風の接近のニュースが話題になっている。あまり風は強くないらしいが、とにかく雨が降るようだ。宇宙人の予想技術が活用され、最接近が二日後だと言うのに、一部の地域ではもう避難命令が出ていた。
今日はミサキの家で遊ぶ約束だ、ミサキの家に行く途中に朝顔の鉢が目に入る。
朝顔は順調に育っているが、高さは25cmくらいだろうか。まだ成長の途中で、花やつぼみといった物は見えない。あの朝顔は『超早咲き』と書かれていたが、咲くまでの期間は2~3週間かかる。たしか、普通の朝顔でも1ヶ月くらいで咲くらしいので、そこまで驚異的に早いという訳ではないのだろう。
普通なら、のんびりと咲くまで待っていればいいのだが、この事態に焦っている人物がいた。それはもちろんミサキだ。
僕はチャイムを鳴らし、ミサキと会うと朝顔の話題を口にする。
「朝顔の宿題、大丈夫そう?」
「うーん。けっこうマズいかも……」
「ちゃんと水をあげてる?」
「……ほら、ときどき夕立があるじゃない。大丈夫よ」
どうやら水やりをサボっているようだ。朝顔の育成が遅れている理由が分った気がする……
「ダメだよそれじゃあ、花が咲かないよ」
「分ったわ。ちゃんと対策を考えて居るから大丈夫よ!」
そう言ってミサキはニッコリと笑った。なにやら秘策があるらしい。
さらに翌日、家のチャイムが鳴り外へ出て行くと、ミサキがニコニコしながら待っていた。
手には変な白い液体の入ったペットボトルを手にしている。
「えへへ、買っちゃった」
何を無駄遣いしたのかと、ペットボトルのラベルを見ると、こんな事が書かれていた。
『爆発的植物成長液! 宇宙人の技術と中国の秘術が奇跡の融合!!』
かなり怪しい植物の栄養剤だった。僕はミサキに聞く。
「どうしたの、これ?」
「植物の成長液よ。通販サイトで買ったの。中国産で、とっても安かったのよ」
「ふ、ふーん」
「いまからこれを朝顔にあげるわ。じょうろとかない?」
「あるけど、ちょっと待って」
どうやらミサキはじょうろを借りに来たらしい。
僕は庭に行き、じょうろを取ってきてミサキに渡す。
「ありがとう。じゃあ使わせてもらうね」
そういって、ペットボトルの中身をじょうろにあけて、朝顔に振り撒く。
「あっ、あんまり肥料をやり過ぎると、枯れるかもしれないよ」
僕が忠告すると、ミサキは素直に受け入れた。
「そうなの。じゃあ残りはこっちにあげましょう」
そういってミサキは庭にある花壇と家庭菜園に残りを振り撒いた。
「これでよしと、はい、ありがとう」
「うん。台風が近くなってるから、今日は遊ぶの辞めようか」
「そうね。そうした方が良いかも」
そう言って、この日は別れた。
家に帰ってから、ちょっとあの成長液の事が気になり、ネット調べて見る。
すると『希釈100倍』とか、『使った後は水をやりすぎないで下さい』とか、注意書きが幾つか目に入った。
ミサキはあの成長液を水で薄めず、ストレートで使って居たようだが、あれは薄めずにそのまま使うタイプだったのだろうか?
何種類か成長液の種類がるようなので、どれかは特定は出来ない。ちょっと心配になったが、まあ、大丈夫だろう。
この日の夜に台風がやってきて。雨が二日間続いた。




