格安の宿 6
格安の部屋で、僕は『悪霊退散』のお札が貼ってあるのを見つけてしまった。
貼ってある位置は、写真パネルの裏側で、まだ他の人は気づいていない。
僕は黙っている事に決めた。楽しい旅行に、わざわざ水をさすような事はしなくて良いだろう。
ズレた写真パネルを戻し、みんなのそばに戻る。ヤン太が先ほどの話の続きをする。
「それで、明日の予定はどうする?」
「いくつか調べてきたぜ『ひまわり畑の祭り』『観光牧場でのランチ』『お寺の参拝と、わんこそば食い放題』」
キングがいくつかのプランを提示する。ジミ子がキングのスマフォをのぞき込みながら言う。
「あら良いじゃない」
「でも、どれも3時間以上、時間が掛かるんだ」
「もう少し手軽なプランも調べましょう」
ジミ子に言われて、各自がスマフォをイジり始めた。
みんながスマフォで観光地を調べている中、僕はスマフォでこの宿屋の名前と『幽霊』や『心霊現象』といった単語で検索をする。
すると、いくつか該当するブログやトゥイートがヒットした、ヒットしてしまった。
内容をみると、ほとんどが噂話のたぐいのようだ。写真もいくつか上がって居たが、どれも微妙で、木陰や物の陰がたまたま人影に映ったような感じだ。大した事はなさそうなので、僕はちょっとだけ安心をする。
「うーん。他のプランとしては、中継地点の大きな駅によって時間を潰すくらいかな」
ヤン太がそう言うと、ジミ子が話題を変えてきた。
「ねえ、ちょっと良い? みんなラブモンGOの表示をONにして」
「良いけど、なんで?」
僕が返事をすると、こんな答えが返ってくる。
「じつはこの部屋の周りで、レアなラブモンが出現するって噂があるのよ。まだ、誰も捕まえたことのない、幽霊のラブモンみたいなの」
「そいつは良いな!」「絶対に捕まえようぜ!」
ヤン太とキングがやる気になってしまった。それはラブモンなどでは無いかもしれないのに……
とりあえず僕らはラブモンGOの表示をONにする。このイベントに大反対をしそうなミサキは、ぐっすりと寝ていて起きて来そうにない。出来れば起きてきて反対して欲しいのだけど……
「とりあえずスマフォで情報を調べてみるか」
キングに言われて、みんなは再びスマフォをイジり始める。
僕は先ほど検索した心霊現象の結果を再び見る。日付を見ると、残念な事に大半はラブモンGOのリリース前の物だった。ここに何かが居るとすれば、それはラブモンでは無いだろう……
「うーん、目撃情報が少ないな。この『離れ』を中心として現われるみたいだが……」
キングがスマフォを僕らに見せながら言う。僕はあまり見たくないが、ちょっとだけ見ると、そのには人型の白い影のような物が映り込んでいた。まあ、あれだ、タバコの煙がたまたま運良く人の形になっただけかもしれない。
「とりあえず離れの周りを調べてみるか」
ヤン太が余計な事を言い出す。
「そうね。一通り調べてみましょう」
それにジミ子も賛同してしまった。
キングは館内用のスリッパから、履いてきたスニーカーへと履き替えている。
みんな出掛ける気だ。僕だけ一人でこの部屋に残る事も出来るが、それはそれで嫌だ。しょうがないので、僕もスニーカーに履き替えて、みんなの後に付いていく事にした。
この『離れ』は森に面していて、辺りはすでに真っ暗だ。僕らはスマフォの明かりだけで、宿の周りの散策道を進んで行く。昼間はあれほどうるさかった蝉が全く鳴いておらず、不気味なほど静かだった。
「ラブモン、いないわね」
ジミ子が周りをキョロキョロと見ながら言う。それは居るべきでないし、居て欲しくない。
「複数いないかな? 4体以上いれば、ひとり、一体づつ持ち帰れるんだが……」
キングも周りを見ながら言う。そんな厄介な物は、一体だって持ち帰りたくはない。
20分ぐらい歩き回ったが、幸運にも何も遭遇しなかった。
「そろそろ戻ろうよ」
僕が言うと、ヤン太が残念そうに言う。
「そうだな。戻るか」
部屋へと戻る途中、後ろから生暖かい風が吹いてきた。あまりの気持ち悪さに僕は後ろを振り向く。
するとそこに、白いもやのような淀みがあった。
「で、で、で、でた」
僕がなんとか声を絞り出す。幽霊のような物に出くわした。ヤバい、逃げないと。
そう思った矢先、ヤン太が行動に出る。
「でたぞ! ラブモンだ!」
「本当だ! ついに見つけたわ、捕まえましょう!」
「逃がすなよ!」
ヤン太とジミ子とキングが迷わず幽霊に突っ込んでいく。
幽霊のような物は、僕らが予想外の動をしたのか、ビクッとのけぞって逃げ出した。
幽霊を3人で追うが、森の暗闇の中に逃げられ、見失ってしまう。
「ちくしょう、逃げられた!」
本気で悔しがるヤン太。ここは逃げて貰ったほうが助かる。
「あっ、もうそろそろ遅いから」
僕がなんとか説得しようとした時だ。ジミ子が声を上げる。
「あっ、あそこにいるわ!」
「絶対に捕まえるぜ!」
「Yay! 今度は逃がすなよ」
ヤン太とキングが再び幽霊を追いかける。幽霊は何をやっているんだ、早く逃げれば良いものを……
この後、ヤン太とキングとジミ子の追っかけっこが30分ぐらい続いた。
30分をすぎ、幽霊は消えてしまったのか、完全に僕らは見失う。ヤン太が再び悔しがる。
「ちくしょう。すばしっこいな」
「ほら、スマフォの電源も少なくなってきたし、もう戻ろう」
「あともう少しで捕まえられそうなんだが……」
「レアキャラだから、捕獲に特別なアイテムがいるのかもよ?」
「そうだな。あそこまで捕まえられないのはおかしいな。とりあえず戻るか」
僕は、なんとか説得に成功し、部屋へと戻る。
部屋に戻った後も安心は出来なかった。あの三人は再び幽霊を探しに行こうとするのだ。行こうとする度に、僕は理由を適当に考える
「まだスマフォの充電が終わってないよ」
「汗を掻いたから、もう一度、お風呂へ行こう」
「暗いから危ないよ。明日の朝、また探そう」
こうしてなんとか再捜索を翌朝に持ち越す事が出来た。朝になれば幽霊は出てこないだろう。
みんなで風呂に入り直し、僕は布団の中に入った。
普通は幽霊の出る部屋で寝る事は出来ないのだが、3人が全く怖がらないので慣れてしまったらしい。疲れたのもあって、僕はぐっすりと寝た。
翌朝、僕はミサキに起こされる。
「朝だよ、起きて」
「うーん。おはよう」
周りを見ると、ヤン太とジミ子とキングが居ない。
「あれ? みんなは?」
「カブトムシか何か、レアなお宝を探しに行くって出て行ったわ」
「あっ、うん。そうなんだ」
おそらく、あの幽霊を探しに行ったのだろう。太陽はもう上がっているので、おそらく大丈夫だ。
ミサキと二人で旅館にあったお茶を飲み、テレビを見ていると3人が帰ってきた。
「どう、お宝は見つかった?」
僕が聞くと、残念そうにヤン太が答える。
「見つからなかったよ。もっと準備が必要だったのかもな」
「まあ、次の機会にすれば良いじゃない」
「そうだな。次は絶対に捕まえてみせる!」
適当に話を合わせて、僕らはこの宿屋から引き上げる。
帰り道、僕らはどこにも寄らず、真っ直ぐ帰る事にした。
どうやらヤン太とジミ子とキングは、僕が寝た真夜中にも捜索をしていたらしい。電車の中でグッタリとしている3人を、ミサキが不思議がる。
「カブトムシとか近所のスーパーに売ってなかったっけ? そんなに高くなかったと思うけど?」
ミサキを含め、事の真相は話さない方が良いだろう。僕は全てを黙っている事にした。
旅行が終わり、自宅へともどって何日か立った。
僕はたまに、あの旅館の事を調べるが、あの後は幽霊が出なくなったらしい。
人間に追い回されるなど、初めての出来事だったのだろう。
あのゲームが出来た事によって、もしかしたら幽霊にとって住みにくい世の中になったのかもしれない。




