水着とプール 3
「よし、じゃあ泳いでテストをしましょう」
姉ちゃんに言われて、僕たちはシャワーを浴び、プールへと向う。
波のプール、流れるプール、噴水の付いた子供用のプール。色々な種類のプールがある中、僕たちは学校と同じような、なんの変哲もない25メートルのプールにたどり着いた。
姉ちゃんは監視員さんに声を掛ける。すると、監視員さんはプラスチックの浮きが連なったコースローブをプールサイドからガラガラと引っ張り出す。そして、8レーンくらいあるうちの一つのコースを仕切って、僕たち専用のテストコースを作る。
他のお客さんは、何かやるのかと不思議な顔をしている人が居るので、姉ちゃんが大声で説明をする。
「これから宇宙人の技術を使った水着のテストをやります。興味のある人は見てって下さい」
「宇宙人の水着だって」「あの人は笹吹アヤカじゃないか?」「本当だ、ちょっと見てみよう」
そんな声が周りから聞こえる。
見物人が集まり、僕らは人前でテストをする事となった。
「さあ、誰からテストをする?」
姉ちゃんが僕らに聞く。するとヤン太が手を挙げた。
「俺が行くぜ」
「わかったわ。『みなさん~、泳ぎが早くなる水着です~。まずは機能をオフにして泳ぎます~』」
姉ちゃんがギャラリーに説明をしながら言う。
「えっと、これでオフかな」
ヤン太がスイッチをいじりながら聞く。
「そうね。それでOKよ。いつでもスタートして」
姉ちゃんが片手にカメラ、反対側の手にストップウォッチを持って答える。
「わかった。じゃあ行くぜ」
ヤン太が30センチぐらいの飛び込み台に立ち、足の指を台に引っかける。
「ツカサ、合図をしてくれ」
「わかった。3、2、1,スタート」
僕が合図をすると、ヤン太は勢いよく飛び込む。水面に落ちると、バシャッとちょっと派手な音が聞こえた。どうやらスタートにちょっと失敗したようだ。
ちょっと痛そうだが、ヤン太は構わず水しぶきを上げ、クロールで全力で泳ぐ。
25メートルをあっという間に泳ぎ切り、向こう側の壁にタッチをして頭を上げた。
姉ちゃんが大声で叫ぶ。
「14秒96。およそ15秒ね。まずまずの早さだわ」
ヤン太は平泳ぎでこちらに戻ってきた。
「う~ん。やっぱり女性になってタイムが落ちてるか」
「しょうがないよ」
僕がそう言うと、ジミ子がヤン太の胸をジト目で見ながら言う。
「意外と抵抗が大きいからね……」
まあ、確かに、ヤン太の胸も意外と大きい。たしかDカップぐらいあったはずだ。
姉ちゃんは、そんな空気を読まずにテストを続ける。
「ちょっと抵抗を減らしてみましょうか。スイッチを半分くらいの位置に合わせて」
ヤン太が水中でスイッチを動かす。
「こんなもんかな?」
「まあ、適当で良いわ『みなさん~、これから水の抵抗を減らして泳ぎますね~』」
姉ちゃんが周りに告知をする。
ヤン太が一度、水から出て、再び飛び込み台へと立つ。
「ツカサ、合図を頼む」
「いくよ。3、2、1,スタート」
僕の合図でヤン太は再び飛び込んだ。
ヤン太は前と同じように泳ぐが、先ほどと比べてあきらかに早い。滑空するようにスムーズに泳ぐ。そしてゴールした。
姉ちゃんがタイムウォッチ片手に言う。
「12秒43。かなり早いわね。県大会レベルなら優勝できるかもしれないわ」
しばらくするとヤン太が、プールの反対側から戻ってくる。
「これ、すげーわ。ワックスをかけた廊下みたいに滑るぜ」
「そんなに違うの?」
僕が尋ねると、ヤン太はちょっと興奮気味に言う。
「水の中じゃないみたいだ! 全然違うぜ!」
確かに、特に泳ぎの練習をしていないヤン太があのスピードだ。ちゃんと練習を積めば、高校生の新記録を出せるかもしれない。
「次は私が行くわ」
ミサキが飛び込み台に立った。
「いきなり最大値でも構いませんか?」
ミサキがそう言いながらスイッチを最大出力に設定する。
「まあ、本当は徐々に上げていった方が良いけど…… まあ大丈夫でしょ」
「じゃあ、行ってきますね。ツカサ、合図をよろしく」
「準備は良い? 3、2、1,スタート」
「とりゃ!」
勢いよく飛び出したミサキは、着水すると、そのままのスピードで水面を滑り出した。まるで氷の上を滑るカーリングの石のようだ。
そして一度も水を掻かないまま、向こう側の壁にタッチする。しかし、勢いが強すぎたのか、腕の力だけで勢いを殺しきれず、ゴンという鈍い音が聞こえる。
「あいた」
どうやら頭をぶつけたようだ。
「なんだありゃ」「すげーな」「まるでホバークラフトだな」
周りのギャラリーから驚きの声があがった。
「ええと、11秒23。大人の国際大会に出られるレベルかもしれないわ」
姉ちゃんがタイムを言う。頭を抑えながらミサキが水の中を歩いて戻ってきた。
「どう、私の泳ぎは、早かったでしょう!」
「確かに早いけど泳いでいないじゃない」
ジミ子が思わず突っ込む。確かに滑ってはいたが、泳いでいたとは言い難い。
「でも、たしか自由形って何を泳いでも良いはずだよな?」
ヤン太がみんなに問いかける。するとキングはスマフォで調べてこう言った。
「ああ、大丈夫らしい。自由形は、例え平泳ぎやバタフライで泳いだとしても失格にはならないらしい。タイムが遅くて負けるけど」
「じゃあ私は自由形で大会に出ようかしら」
変な自信を持ってしまったミサキを、僕が言い聞かせる。
「今は水着の規制が入っているから無理じゃない」
「まあ、弟ちゃんの言う通りかもね。この水着はおそらく公式試合で規制されるでしょう。ミサキちゃんは頭を打ったから、一応、メディカルチェックをしましょうか」
そう言って姉ちゃんはどこかへ電話する。しばらくすると、OKサインを作りながら僕らに言う。
「大丈夫よ。軽いたんこぶらしいわ、テストを続けましょう」
僕たちのテストは続く。




