終業式とスポーツ施設 3
みんなでビリヤードで遊んでいると、ミサキが「ダブル・スネーク・ヘッド・ショット!」と、変な技名を叫びながらショットを打つ。説明を聞くとヘビの様にクネクネと曲がるショットらしい。
もちろん、技名を言ってショットを打つだけでボールが曲がる訳はなく、変な方向へ転がっていっただけだ。
ゲームをしていると、このミサキの奇行は何度か繰り返された。
2ゲーム目に入り、ミサキが初めのショットを打つ事になった。
「ふふっ、みてなさい『バツーカー、ブレイク、ショット!』」
ミサキがボールを力いっぱい突く、ガゴォンと凄い音がなって、ボールは派手に散らばる。
なかなか良いショットだと思うのだが、ミサキは驚いた様子で固まっていた。
「なん……だと……、思い切り打ったのにボールが粉々に砕けないだと……」
ブツブツと小声で変な事を言っていたので、この時、みんなは聞こえないふりをした。
ゲームは進み、コーナーにボールが集まった場面で、ミサキに順番が回ってきた。
すると、ミサキはキューを高々と掲げ、こんな事を言い出した。
「このショットは重力を支配するわ『ブラックホール、ショット』」
キューをクルクルと振り回し、球を突く。
もちろん、このショットによって重力は発生する事はなく、通常の物理法則に従って球は転がっていった。
「おかしいわね。何かまちがえたかしら?」
首をかしげるミサキ。
いくら何でもマンガから影響を受けすぎだろう。流石に注意をする。
「ミサキ、マンガで出てくるようなショットは無理だから、普通にゲームをやろうよ」
「そう? やってみないと分からないんじゃない?」
「いや、『重力を支配』とか絶対に無理でしょ」
「それはそうだけど、凄いカーブする球とかは出来るでしょ?」
キングが渋々、それを認める。
「『マッセ』という独特の突き方があって、それをやればすげえ曲がるけど、素人には不可能だ。
偶然に曲がる球を打てたとしても、思い通りのショットを打つのは絶対に無理だな」
「ほら、難しいけど、やろうと思えば出来るのよ」
ほぼ無理だと言われたが、可能性がゼロでは無いと言われて開き直るミサキ。
まあ、確かに、血の滲むような練習をすれば出来るようになるかもしれないが……
僕が困っているとヤン太が助けてくれる。
「常識的に考えれば、そんなショットは無理だろ。小学生の時、野球で練習した『見えなくなる魔球』『ボールがバットを避ける魔球』だって投げられなかったじゃないか」
「まあ、確かに投げられなかったけど……」
ミサキがちょっと大人しくなる。
たしかに小学生の頃、かなり魔球の練習していた。
『見えなくなる魔球』『分裂する魔球』『常にバットをへし折る魔球』。
様々な魔球を試みたが、実現した魔球は一つも無い。
あの頃、ミサキは『メジャーリーグ強制ギプス』を欲しがっていたが、もちろんそんな物は売られているハズも無く、いつもまにやら忘れたようだが……
魔球と言われてジミ子も何か思い出したようだ。
「そういえば中学生の頃、テニスの時も魔球を打とうとしていたわよね『テニスボールで人を吹っ飛ばす』『相手の五感を全て奪う』とか無理だったでしょ?」
「そ、そうね。特に『五感を奪う球』とか、あの時は具体的にどうすれば良いのか分からなかったし……」
そういえばあの頃はテニスのマンガにはまっていた。
練習の肝心な所で変な動作をして、よく先生に「真面目にやりなさい」と怒られていた気がする。
追い詰められたミサキは、あらぬ方向へ意見を展開する。
「あの時は不可能だったけど、今なら出来るんじゃない?」
「それってどういう事?」
僕が質問すると、ミサキは得意気に答える。
「今なら宇宙人がいるから、魔球だって実現できるんじゃないかな?」
「うーん。宇宙人の技術だったら、もしかしたら出来るかもしれないけど……」
「きっと出来るわよ。子供の頃、夢だった『どこだってドア』も実現できたんだし」
「たしかに、そうだけど……」
「私、お姉さんにちょっと相談してみるわね」
「えっ、いや、ちょっと無理じゃないかな。最近は忙しそうだし」
「そうね。でも、ダメもとでお願いしてみるわ」
思わぬ所で姉ちゃんの名前が出てきてしまった。
普通だったら、たとえ魔球が開発を出来る技術力をもっていたとしても、そんなものに時間をかける人は居ないだろう。しかし姉ちゃんだったら悪乗りでやってしまう可能性もある。
この後、ミサキは普通にビリヤードをプレイするのだが、それがかえって不気味だった。
もし、ミサキの思い描くビリヤードが実現したらどうなるだろうか……
ビリヤードの後は、卓球、ローラースケート、スカッシュ、と散々遊んだ後、僕たちは最後にゲームコーナーに入る。
ゲームコーナーは余り広くなく、くたびれたゲーム機ばかり並んでいた。
ゲームの中身も外と同じように古い物がほとんどで、人気が全く無く、閑散とした状況だ。
ガラクタのばかりに見えるが、ゲーム好きのキングには、違うように見えるようだ。
「おっ、SAGEの名作、初代『バーチャルファイターズ』があるぜ。やってみよう」
ポリゴンの角が数えられるくらい荒い、格闘ゲームをプレイする。
ゲームが始まると、キングは敵をペチペチと叩く。
弱パンチから蹴り、吹き飛ばし攻撃とつなぎ、敵を次々とリングアウトにしていく。
端からみていたジミ子がつぶやく。
「なんか、地味ね」
キングがプレイをしながら答える。
「まあ、リアルな動きを意識して作ったゲームだからな、しょうがない」
「簡単そうね。私もやってみる」
単調な動きを繰り返しているのを見て、ミサキが簡単だと判断したようだ。
乱入して、キングとの対戦を始めた。
「よっ、はっ、あれ? あれれ?」
ミサキの攻撃は全てガードされ、攻撃の隙をついて、キングが簡単にミサキをリングアウトにする。
「もう一度!」
負けたミサキはもう一度、対戦を試みるが、やはりあっさりと負ける。
「だらしないな。俺がケンカの手本を見せてやるよ」
そういって挑んだヤン太も一方的に負けた。
僕とジミ子はキングに敵わない事が分かっているので、闘いそのものを挑まない。
近くにある適当なクイズゲームを遊んで楽しんだ。
この後もミサキとヤン太の乱入は続くが、キングはすべて押しのけた。
変なゲームや、子供の頃やっていたゲームをいくつか楽しんでいると、時間はもう夜にさしかかっていた。
「今日は楽しかったな、そろそろ帰ろうぜ」
ヤン太がゲームをしているキングをせかす。
「ちょっと待ってくれ、これが終わったら」
ゲームの上手いキングは、1ゲームがなかなか終わらない。
10分ほと待っていたらようやく終わった。
「さあ急いで帰ろうぜ」
ヤン太に急かされて、僕たちはこの施設を後にする。
外は日の落ちかけている。薄暗い空の下。僕たちは無料の送迎バスに乗る。
バスの中で、満足そうに笑顔を浮かべるキング。
「いやぁ、楽しかった」
つられてミサキも笑顔で答える。
「私も楽しかったよ、ジミ子はどう?」
「私も楽しめた。これならまた来てもいいかもね」
僕も十分楽しめた、ここなら丸一日、過ごす事もできるだろう。
「そうだね。明日から夏休みだから、毎日だってこられるね」
そういうと、ヤン太がちょっと反論する。
「流石に毎日は金がもたないんじゃねーか」
ミサキが自分の財布の中を覗きながら言う。
「そ、そうね。ちょっと無理かもね。お姉さんに良いバイトがあるか聞いておいてくれない……」
僕がミサキの財布を横から覗くと、そこには小銭しかなかった。
「わかったよ。こんど聞いておくね」
姉ちゃんのバイトはあまり引き受けたく無いが、ミサキだけ一緒に遊ばない訳にはいかないだろう。
危険なバイトでも引き受けざる終えないかもしれない。




