勉強合宿 5
夕食が運ばれてきて、僕らは優雅な時間を過ごす。
『サーモンとホタテと白タマネギのカルパッチョ』は、海の旨みを凝縮したような味だ。
ホタテの香りと、とろけるようなサーモンが絶品だった。
メインの『オマール海老と火星刑務所の野菜のグリル』も素晴らしい。
火星の極上の野菜と、プリプリとした食感の海老がたまらない。
『林檎とスイートポテトのパイ』はもう見事としか言いようがない。
口に入れると、滑らかな甘さが押し寄せてくる。是非、地球でも発売してほしい。
ちなみにサーモンもホタテもオマール海老も火星で養殖しているらしい。火星は農業だけではなく、水産物の生産にも適しているのかもしれない。
食事が終わると、僕らはお茶を飲みながら一息つく。
今日はかなり勉強をした。特にミサキは頑張った。
苦手な数学や英語を、集中力を切らす事なく勉強を続けたのは驚きだ。この調子だとミサキは赤点を免れるどころか、高得点だって取れるかもしれない。
充分に頭を使ったので、今日は早めに寝た方が良いだろう。
共有スペースの水場で風呂に入ると、僕らはパジャマに着替えた。
ここでちょっと困った事になる。
幅が2メートルくらいあるダブルベットだが、やはり一つのベットだと、変に意識してしまう。
「ま、前にも一緒に寝たじゃない。大丈夫よ」
湯上がりのミサキの頬はちょっと赤い。
「あの時は小学生じゃなかったっけ?」
ミサキと二人で寝たのは、かなり昔の頃だ。
この頃はまだ異性として見てなかった気がする。
まあ、今では同性になってしまったけど……
僕はちょっと話題をそらす事にした。
ベッドに腰掛けて、空を見上げて言う。
「星が凄いね」
「そうね。星が綺麗」
火星の大気はとても薄い、ここでは星の世界が近いようだ。
ちょっと良い雰囲気で話していたら、ロボットが明日の予定を告げに来た。
「明日の7時20分。食事前に英単語の小テストがありマス。その成績によっては、朝食のグレードアップも可能となりマス」
朝食の説明に、ミサキが食いついた。
「グレードアップした朝食って何が出るの?」
ロボットに質問すると、こう答える。
「『半熟卵のオムレツ』『チーズと火星刑務所の野菜のサラダ』、スープは『ミネストローネ』でございマス」
「分かったわ。テストに出る英単語は、高校生レベルまでよね?」
「ハイ、そうでありマス」
「聞いたわねツカサ、明日の朝に向けて、これから勉強するわよ」
力強く語るミサキの目はやる気に満ちていた。先ほどのロマンチックな雰囲気は欠片も無い。
この後、僕らは英単語の暗記に取りかかる。
英単語の勉強は深夜まで続き、気がつくと僕は机に突っ伏すように寝てしまった。
翌日の朝になり、僕らはロボットに起こされる。
知らないうちに右腕を枕にしていたのか、痺れている。
ミサキも最後まで勉強を頑張っていたらしい、おなじく机で倒れ込むように寝ていた。
硬くなった体に、大きく伸びをする。
寝る前はベッドが一つなので、変な意識をしてしまったが、全く意味が無かった。
僕が起きてしばらくするとミサキもロボットに起こされる。
ミサキは眠たい目つきで、水場に行くと顔を洗い、朝飯前の小テストまでの短い時間、再び英単語帳と向き合う。
すごい執念だ。普段のテストの時も、このくらいの執念を見せて欲しい。
やがて僕らは朝の小テストを受ける。
テストの結果は、僕は9点、ミサキは8点だった。この点数は全体から見て高かったらしく、僕らの朝食はアップグレードされたものが出てくる。
『チーズと火星刑務所の野菜のサラダ』は野菜の甘みがあり、独特のドレッシングが野菜の青臭さを消している。
『半熟卵のオムレツ』は、泡立て器で空気を混ぜこんだように柔らかく、口の中に入れると、すぐに溶け出し味が広がる。
スープの『ミネストローネ』は、ゴロゴロした大きめの野菜と、旨みを濃縮したようなスープが最高だった。
僕と同じメニューの朝食を満足そうに食べるミサキ。
勉強に励むのは良いのだが、食事一つでここまで頑張れるミサキはちょっと異常かもしれない。
そして僕らは期末試験に向けての勉強に取りかかる。
この日の勉強も、前日と同じくはかどった。
ランチのグレードアップに釣られ、社会の勉強をする。
おやつのグレードアップに釣られ、理科の勉強をする。
たとえ点数が取れなくても、不味い食事は取れるのだが、ミサキは妥協を許さない。食事の為に最善を尽くした。
その結果として、ランチとおやつの両方のグレードアップに成功する。
この場所で、もしこのまま勉強を続ければ、ミサキは天才になるかもしれない。
おやつを食べ終わった僕らは、この後の予定について話し合う。
この日の地球への帰還予定は夕方の5時で、理科の勉強が終わったのが3時半すぎ。
残りの時間も勉強にあてても良いが、予想以上に勉強がはかどったので、僕らは少し火星を散歩する事にした。




