勉強合宿 3
「まずは食事にしましょう。大盛りでお願いね」
ミサキがロボットに食事を持ってくるように言う。
「かしこまりまシタ」
ロボットは返事をすると、20メートルも離れていない共有の水場のスペースに食事を取りに行った。
ミサキはここの食事がマズイという事を知らない。
僕は遠回しに伝えようとする。
「ここは収容所だから、食事は酷いかもね」
「いいえ、前に食べた火星の食事は美味しかったわ。ここの食事も素晴らしいはずよ」
「いや…… でも、ここは収容所だからね」
「あの場所は刑務所だったわ。刑務所の食事があのレベルなんだから、収容所だっておいしいはずよ」
……たしかに、あの美味しい食事は刑務所で作っていた。
そう言われてしまうと、僕は反論する術がない。
何とか伝える手段がないかと考えていると、ロボットが食事を持ってきてしまった。
机の上に鰹節のかかったご飯、他には、豆腐の冷や奴、つみれのすまし汁、ひじきの佃煮が置かれた。
おかずはすべて小鉢で、一口で食べられるサイズだ。メニューも量もあまりにも質素すぎる。
「なに……これ……」
「今日のランチでございマス」
ロボットは呆然としているミサキに、事実を告げる。
「まあ、見た目は地味だけど美味しいかもしれないよ。早く食べて勉強をしよう」
僕が食事をせかすように促す。
「う、うん。そうね。おいしいかもね」
そうは言ったものの、この食事は、お世辞にも美味しそうには見えなかった。
歪な笑顔を浮かべながら、返事をするミサキ。
学習用の机で、僕とミサキは用意されたランチを頂く。
まず始めに、メニューの中で最も味の濃そうな『ひじきの佃煮』を食べてみる。
口に入れると、すぐに分かった。話しに聞いていた通りに味が薄い。佃煮といえば、醤油やみりんで濃い味付けのはずだが、これはポップコーンほどの塩気しか感じない。
冷や奴に掛かっている醤油は、コンソメスープのように色が薄く。つみれ汁は、まるで白湯のような塩分が入っていない味だった。
「じょ、上品な味付けだよね」
僕がなんとか褒め言葉を探し、精一杯のフォローをすると、ミサキは愚痴を言う。
「味がしない。こんな食事じゃ帰りたい」
悪口を言う、慰めたいのだが、味に関しては何も否定ができない。
「うん、でも体に良くて、頭にも良いらしいよ。もうちょっとこの場所で頑張ろうよ」
「がんばるにしても、これは酷すぎるわ。ちょっとロボットに文句を言ってくる」
僕らの配膳を終え、そばで待機しているロボットに、食事を平らげたミサキはクレームを付けに行った。
「ちょっとこれ、味がしないじゃない。美味しくなかったわよ」
ロボットにクレームを付けても無駄だろう。彼らは融通が利かず、命令された事を淡々とこなすだけだ。そう思っていたのだが、想定外の答えが返ってくる。
「ソレがWHOで定められた規定量デス。味付けを濃くもできますが、ソレにはある課題をクリアしていただかないといけまセン」
「課題? それはなに?」
ミサキがロボットを問いただすと、ロボットはこんな事を言い出した。
「テストで良い成績を収めてくだサイ。良い点を出せば、食事をグレードアップしたり、おやつなどの間食も認められマス」
これは意外な展開だ。詳しい話をロボットに聞いてみる。
「以前からこのシステムはあったの? 聞いた事が無いんだけど?」
「食事が美味しくないというクレームが多いので、最近になって導入されまシタ」
「食事のアップグレードって、どんな内容なの?」
「成績が向上した者に対して、特別メニューの食事が振る舞われマス。今日のメニューは『オマール海老と火星刑務所の野菜のグリル』『サーモンとホタテと白タマネギのカルパッチョ』『林檎とスイートポテトのパイ』に変更が可能ですネ」
ゴクリと唾を飲み込む大きな音が、隣から聞こえてきた。
「私、この場所で勉強をがんばる!」
先ほど『帰りたい』と嘆いていた人は、やる気に満ちあふれていた。
その顔は、いつになく凜々しく、真剣だった。




