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派遣現場からの声 1

 夕食の時、姉ちゃんがこんな事を言い出した。


「弟ちゃん、あなた達でちょっとバイトをしてみない?」


 姉ちゃんから依頼してくるバイトは、全く油断ができない。


 この間は『ゲームを楽しんでくれれば良い』みたいな軽い事を言われ、引き受けると、『ラブモンGO』という問題作をプレイさせられた。

 僕は平気だったが、ミサキは本当に怖かったらしく、今だに何かの影におびえている。



 今回のバイトはどのような内容なのか、僕は注意深く聞き出す。


「どんなバイトなの?」


「うーん、簡単な面接(めんせつ)かな?」


「もしかして面接官? 学生の僕らが?」


 僕が驚くと、姉ちゃんは手をパタパタと振りながら答える。


「ああ、ごめん、言い方が悪かったわ。採用面接とか、そんな大したものじゃないのよ。話し聞いてくれればいいだけの仕事だから」


「話しを聞くって誰から?」


「それはもちろん従業員からよ」


 いまいち内容が見えてこない。

 姉ちゃんは、一体、何をしたいのだろうか?



「話しが良く分からないんだけど?」


 僕が疑問をぶつけると、姉ちゃんは順を追って説明してくれた。


「そうね、レオ(きち)くんがさ、動物の王国の派遣会社を作ったじゃない」


「うん、作ったね」


「それでね、何人かは派遣社員として既に働いてもらってるんだけど、その人達から職場の話しを聞いて欲しいの」


「ああ、もしかしてイジメとか差別とかを聞けばいいんだね」


「それもそうだけど、動物から人間に変わった人って、今回、初めて働くわけじゃない。慣れない事とか、色々と不満もあると思うの。

 それで、話しをしやすそうな若い人と話をして、愚痴とかを聞いて来て欲しいのね。

 私とレオ吉くんも、後から話しを聞くけど、普通は社長に愚痴なんて言えないじゃない」


「分かった愚痴とか不満な点を聞けば良いんだね。そういう事なら引き受けるよ。みんなにも声をかけておくね」


「ありがとう。じゃあ、具体的なスケジュールが決まったらメールで送るわね」


 こうして、また新たなバイトを引き受ける事となった。

 このバイトを通して、元動物の人達が人間になった後の感想が聞けるだろう。ちょっと楽しみだ。



 翌日、この話しを伝えると、みんなはこころよく引き受けてくれた。

 特に動物好きなミサキは、喜んで引き受ける。


 全員の参加を確認して姉ちゃんに伝えると、後日、面接の設定が組まれた。



 そして、面接の当日となる。

 放課後、僕らは姉ちゃんの会社へと向う。

 姉ちゃん達は留守らしいが、留守番としてロボットが一体、待機しているらしい。



 会社に着くと、言われた通り、一体のロボットが待っていた。

 僕はそのロボットに声を掛ける。


「すいません、今日、面接をしにきたツカサですが」


「ハイ、聞いておりマス。ご同行の方は、ミサキさま、ヤン太さま、ジミ子さま、キングさま、ですネ」


「ええ、そうです」


「本日の面接の予定は3件となっておりマス。今日は私が案内役と書記を務めさせて頂きマス。それでは現地へと向いましょう。ついてきてくだサイ」


 僕らはロボットに言われるままについていく。

 会社の中に案内され、ピンク色の『どこだってドア』をくぐり移動をした。


 すると空気ががらりと変わった。



 扉を抜けると、山間(さんかん)の農村に僕らは居た。

 手前には、ゆるい傾斜面の畑が続いて居て、のどかな風景が続く。奥には山と森が広がっていて、かなりの田舎だ。 

 空にある太陽は落ち始めていて、オレンジ色の光りが辺りを包んでいた。


 そんな中、僕たちは大きな家へと移動する。

 大きな家といっても、金持ちの豪邸などではなく、質素なたたずまいで、おそらく農家だろう。その証拠に、家の隣にある納屋から農耕具が見えている。


「最初の面接の人物は、ミチコさまデス。人に進化する前は牛でした。現在は、この家で住み込みで、農業の手伝いを行なっておりマス」


 そう言いながら案内役のロボットが、家のチャイムを押す。



 しばらくすると老人が出てきた。


「はいはい、あなたたちは面談の人かね?」


「そうです。僕たちが面接を行ないます」


 代表して僕が答える。状況から言って、この人が雇い主だろう。

 どんな人なのかと注意深く見ていたら、ニコリと笑って、こう言った。


「さあ、中に入っていておくれ。今、ミチコさんを呼んでくるから」


 そういって僕らは居間に通される。



「ミチコさん、お客さんだよ~」


 老人は大きな声を出しながら、家の奥へと消えていく。

 しばらくすると、筋肉質で大柄な、たくましい女性がやってきた。

 おそらくこの人が面接をするミチコさんだろう。


「では、ゆっくりしていっておくれ。これ、よかったらオヤツにどうぞ」


 そういって老人は、蒸かしたサツマイモを置いて部屋から出て行った。


「あの雇い主は良い人ね、間違いないわ」


 ミサキが小声で僕にそう言うと、真っ先にサツマイモに手を出した。


「あつ、あつつっ」


 蒸したての芋に苦戦しているミサキを無視して、僕らは本題に入る。



 僕は、まず事前に考えていた台詞を言う。


「始めまして、ツカサと申します。本日は僕らが話しを聞きに来ました。

 不満や愚痴など、何かあれば、お話して頂けたらと思います」


「特に大きな不満はは無いですね…… ところで、あの人は放っておいてよいのですか?」


 ミチコさんはミサキを指さしながら、僕に質問を返してきた。


「あの人は放って置いて構いません! 些細(ささい)な事でもよいので、差別と感じた事はないでしょうか」


 僕は無理に話しを進める。ここでミサキの相手をしていると、いつまで経っても話しが進まない。


「まあ、差別といえば差別されているかもしれませんね、一つだけ困った事があります」


「それはどんな差別なんだ?」


 ヤン太が真剣な表情で横から話しに割り込んできた。それに、やや照れながら答えるミチコさん。


「いや、私は、人間でいうと30代半ばの歳くらいなんですが『若いから食べれるだろう』『ほら、これも食べなさい、若いんだから』とか言って、どんどんおかずを皿にのせてくるくらいですかね。おかげでいつも食べ過ぎてしまいます」


 そう言って、フッと鼻で笑うミチコさん。釣られて僕たちも笑ってしまった。


 どうやら大した差別ではないらしい。というか、これが差別だったら、僕らも同じ差別を受けていると言えるだろう。僕も親戚のおばあさんによくやられている。

 深刻な問題は無さそうなので、だいぶ気楽になった。



「雇い主との関係は良好みたいね」


 ジミ子が言うと、ミチコさんは深くうなずく。


「そうです。非常に良好だと思います」


「仕事の方はどうなんだ?」


 今度はキングが質問をする。すると、ミチコさんは少し弱音(よわね)を吐いた。


「仕事は、まあ、農作業はキツいですね。ヘトヘトになるまで働く事も、多々あります」


「もしかして、一方的に働かされているとか」


 ジミ子が詳しい話しを聞き出そうとする。

 もしかして雇い主に必要以上に働かされているのだろうか?


 すると、それをミチコさんは否定した。


「いえ、私は腕力と体力に自信があったんです。体も大きいし、農作業も人並み以上に出来ると自負(じふ)しておりました。ところが、雇い主の方が私よりも作業量が多いんです。

 雇い主は体は小さく、非力なのですが、とにかく動き続けてバテない。どういう体の使い方をしていたら、ああなるのか……」


 あきれたような表情で、ミチコさんは再び笑う。


「じゃあ、無理矢理働かされているわけじゃないんだな?」


 ヤン太がそう言うと、ミチコさんは同意する。


「ええ、そうです。雇い主も良い方で、本当によい職場を紹介して頂きました。社長に感謝の意を伝えて置いてください」


「わかりました。伝えておきますね」


 僕が代表して返事をする。

 こうして一件目の面談が終わった。



 この後、僕たちは野菜のお土産を渡されて、何度も雇い主とミチコさんから挨拶をされて別れた。

 ミチコさんの例は大成功と言って構わないだろう。


 こんな調子で、残りの2件の面接も行くと良いのだけど……

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