相動
「あれ、今日は木曜日だよね?」
メェクドナルドゥで雑談をしている最中、ミサキが当たり前の事を聞く。
「うんそうだけど」
僕がそう答えると、ミサキは頭を抱えた。
「しまった、ドラマを見逃した……」
「運が良ければ、誰かが録画してるんじゃないか?」
キングがそういうと、ミサキは望みを掛けて僕らに話しかける。
「刑事物で『相動』っていう番組なんだけどしらない?」
すると、ヤン太がからかうように答えた。
「それ名前が間違ってねーか?」
たしかに、僕も似たような名前の刑事番組は見ているが、『相動』などという名前は聞いたことがない。
「知らないわね」
ジミ子もそう答えると、ミサキは番組の概要を説明し始めた。
「ええと動物がメインで、ワンちゃんとネコちゃんが刑事の役なんだけど知ってる?」
「犬と猫が主役なのか? 確かに今は動物の知能が上がったから、そういう俳優も増えたよな」
ヤン太が相づちを打つ。
先日の政策改善で、動物の知能を人間並に上げる薬ができるようになってから、この手の動物タレントが流行っている。
いままでは動物を使った映画などは、上手く行くまで何度も撮り直していたが、人間並の知能をもった動物だと、それが要らない。
毎週放送が必要なドラマにも、お手軽に動物が出てくるようになった。
ところが、この予想は裏切られる。ミサキが目を輝かせて言ってきた。
「それが違うのよ、珍しく素の動物を使っているみたいなの」
「本当か? すごいなそれ」
ヤン太が驚きの声を上げる。
この時代に、知能を上げていない動物で撮影するほど非効率な事はないだろう。
「そんな事をするテレビ局って……」
僕がそういうと、期待通りの答えが返ってきた。
「狂気のテレビ局、テレビ都京よ」
「「「ああ」」」
僕らは納得する。あのテレビ局なら、こういった企画をやりかねない。
「そっか、知らないか…… という事は、誰も録画してなさそうね」
ミサキが残念そうに言うと、キングがスマフォをイジりながらこう答える。
「その番組、ナマゾンプライムでも無料配信しているっぽいぜ。俺はプライム会員だから見られるが、家にきてみるか?」
「うん、見たい。見に行きましょう」
こうして僕らはキングの家に行くことになった。
キングの家に着くと、僕らはテレビの前に座る。
リモコンを取り出して、メニューを開きながら、キングが聞いてくる。
「昨日の放送で良いんだよな?」
「ええ、そうよ」
ちょっと気になったので、最初からストーリーを追いたい気もするが、そこまでの時間は無い。
僕らは最新話だけを見ることにした。
番組が始まると、国民的な刑事ドラマと同じような音楽が流れ、タイトルが出てくる。
あまりにも作りが同じなので、ちょっと心配になってきた。
「これ、大丈夫なの?」
僕の質問にミサキは上機嫌で答える。
「大丈夫よ、凄いんだから」
番組が始まると、二人の刑事役のビーグル犬と茶トラの猫が出てきた。
どうやら犬がベテラン刑事役で、猫が見習いの若い刑事役らしい。
これらの動物は、もちろん喋る事はできないので声優さんが声を当てている。
「警部、殺人事件がおきたニャン」
「なんですと。早速、現場へでかけましょう」
登場人物以外は、ごく普通の刑事物をようだ。
殺人現場に移動して、現場検証が始まるのだが、このシーンが酷かった。
「被害者はウサギ、年齢は3歳と見られます、死因は心臓に達した刺し傷ですニャン」
「なるほど、それで凶器は見つかっていますか?」
「見つかっていません。現在、捜索中です。ニャン」
喋ってるシーンでも刑事役の動物達はジッとしていない。
犬の刑事が、どこかに歩いて行き、カメラから見切れる。
すると、巨大な人間の手が出てきて、カメラのフレームの中に戻される。
「おい、今の!」
ヤン太が思わず突っ込みを入れる。するとミサキは力強くこう答えた。
「この番組、素の動物を使って居て、しかも撮り直しをしないのよ。このくらいは大目に見ないとね!」
この後も、動物がどこかにいってしまう度に人間が入って来て、位置を直していく。一応、黒っぽい服装をしているので、歌舞伎などで見られる黒子という扱いらしい。
この番組を見慣れたミサキはあまり気にしていないようだが、僕らは違う。気になって仕方が無い。これなら時間が掛かっても撮り直しをした方が良いだろう。
現場検証が終わると、少ないながらも手がかりが出てくる。
刑事達は、その手がかりから人脈……
この場合、動物なので人脈と言って良いのか分からないが、とにかく人脈を追って容疑者にたどり着いた。
容疑者は、同僚のウサギで、昔から因縁があったらしい。
刑事達は、証拠になる物を探し回り、アリバイを崩し、いよいよ容疑者を問い詰めるシーンとなった。
クライマックスのシーンで刑事二人と容疑者が対面し、緊迫するシーンなのだが、猫は飽きたのか、疲れたのか分からないが、寝始めた。
そんな絵面の中、声優さんは構わずストーリーを進める。
「あなた、先日は北海道に行っていたと言いましたが、九州に居ましたよね、ニャン」
猫は眠ったまま喋る。たまらずヤン太が突っ込んだ。
「寝てるじゃねーか、これ」
するとミサキが反論した。
「眠ったまま、推理する探偵もいるから平気よ」
国民的なマンガの探偵を持ち出した。
まあ、確かにあれも眠っている設定だった。しかし、実写の画面でやられると違和感しかない。
時折、寝返りを打つ猫は可愛いが、緊張感はまるでなかった。
寝ている猫に注目しているうちに番組は進み、アリバイが崩される。そして口調が荒くなり、切れ始めるウサギの容疑者。
「凶器が出てないじゃないか!」
どうやら追い詰められて、何とか言い逃れをしようとするが、刑事の犬がそれを追求をする。
「殺害現場にはビーフジャーキーが落ちていました、アナタはビーフジャーキーを凍らせて、ナイフのように扱い、被害者の胸に突き立てた。これが証拠です」
一応、トリックが出てきて、刑事物っぽい流れになってきた。
凍らせた凶器は、よくある推理小説の手法だ。猫は相変わらず寝ているが、すこし緊迫感が戻ってきた。
そう思っていると、人間の手が出てきて、証拠品であるビーフジャーキーが、犬の刑事とウサギの間に置かれた。
刑事である犬は、真っ先にビーフジャーキーを食べ始める。
「せっかく集めた証拠が…… 証拠隠滅なんじゃないの、これ?」
ジミ子が突っ込んだ。まあ、これは突っ込まざるを得ない。
これでは刑事が進んで証拠隠滅をしているようなものだ。
「動物なんだから、このくらいは大目に見ないと。肝心なのはストーリーよ!」
うん、まあ、ストーリーが肝心なのは同意できるが、これは大目に見られる範囲を遙かに超えている。
あきれながらも、僕たちは続きを見る。
「証拠が無くなりました、さあ、どうするのですか?」
証拠隠滅に成功し、有利になったウサギの容疑者は刑事達を見下す。
この状況で、どうやって容疑者を追い詰めるのか、僕は気になった。
すると、刑事である犬はこんな事を言い出した。
「証拠はあります。現場にはあなたの臭いがありました。それが動かぬ証拠です。さあ言い逃れはできませんよ!」
「はい、私がやりました」
新たな証拠を出され、あっさりと犯行を認める容疑者。
しかし、こんな証拠で良いのだろうか?
臭いが決定的な証拠だというなら、番組の途中で証拠を探していたシーンはなんだったのだろう。
あっけにとられている僕らを前に、エンドロールがはじまった。
ロープに繋がれたウサギが、動物用のゲージに入れられて、番組は終了する。
これは刑事ものとして有りなのだろうか……
番組を見終わったミサキは楽しそうに言う。
「いやあ、面白かったわ。今週も臭いが決め手となったわね」
「いつも臭いが決め手なのか?」
キングの質問に、ミサキは平然と答える。
「そうね、たまに違うけど、だいたい9割くらいは『臭い』で解決するわね」
「そうなんだ……」
釈然としない返事をするキング。
まあ、たしかに納得が行かない解決法だ。
こんなストーリーでは、この番組を好んで見る人は少ないだろう。
翌週、僕はテレビ都京の異常さを思い知らされる。
テレビ番組表でみると、この『相動』は、国民的な刑事ドラマの裏番組として放送されていた。
……やはりテレビ都京という局は、どこかおかしい。




