教育実習生の留学生 8
レオ吉くんが学校に通い始めて何日か経った。
だいぶ授業になれてきたようで、ほとんど他の生徒と変わりなくやっている。
国語などの朗読もかなりスムーズに行えるようになったが、相変わらず僕が目の前に立っていないと上手く行かないようだ。これは時間をかけて慣らしていくしかないだろう。
3時間目に入り、レオ吉くんが来てから初めての体育の授業を迎える。
「いよいよレオ吉くんの身体能力が分かるな! 元ライオンだぜ、きっと凄いに違いない」
ヤン太が興奮気味に言う。
「いや、どうなんでしょうか? ボクはあまり運動はしたことないので分かりません」
レオ吉くんが控え目に言うが、ヤン太はそうは思っていないようだ。
「百獣の王だぜ、絶対凄いって」
そんな会話をしながら僕らは校庭へと出た。
校庭に出ると、体育の担当の鈴山先生がすでに待機していた。
いつもは生徒が並んだ後から、のそりと出てくるのが普通だが、今日は国王であるレオ吉くんがいる。
あまり怠惰な態度を見せられないだろう。
生徒がそろうと、鈴山先生が大きな声でこう言った。
「今日は国王陛下がおいで下さっている。しかし、ご本人様の希望により、通常と変わらない授業をするのでみんなはそのつもりでいてくれ」
そして、レオ吉くんに向って優しい声で呼びかける。
「レオ吉くんは背が高いので列の一番後ろに着いてください。サポート役としてツカサをつけるので、何かあったら言って下さい」
と、僕が隣に配置された。
僕がレオ吉くんの隣に移動すると、準備運動のラジオ体操が始まる。
小学生からひたすら同じ体操を繰り返してきた僕らとは違い、レオ吉くんはぎこちない。
人の動きを真似して、動作が少し遅れる。
僕らに取っては、何気なく行えるラジオ体操だが、留学性からすると少し異様なダンスに見えるかもしれない。
そして準備運動が終わると、グラウンドを1周する。
いつもは3周走るのだが、おそらくレオ吉くんに配慮したものだろう。
あまり速くないスピードで走っていると、3分の2を過ぎた辺りでレオ吉くんが遅れ始めた。
「は、速すぎます……」
息も絶え絶えに言う。ちなみにグランドは200メートルなので、走った距離はおよそ130メートル。
やがてレオ吉くんは完全に歩き出した。
やっとの思いでゴールに到着すると鈴山先生が心配して声を掛けてきた。
「大丈夫ですか? レオ吉くん」
「は、はい、なんとか。あまり走った事がないので……」
「ライオンはスタミナが無いって言う話しは聞いたことあるわね」
ジミ子が一応フォローをするが、それにしても体力がなさ過ぎる。
野性的で勇猛な走りを期待していたヤン太は少しガッカリしているようだ。
肩で息をしていたレオ吉くんだが、しばらくすると落ち着いてくる。そして口を開いた、
「ボク、ほとんど走ったことなくて、ライオンの舎って20メートルもなくて、こんな長い距離は初めてです。楽しいですね」
ちょっと苦しそうだが、笑顔を浮かべる。
その言葉を受けて、説得するように鈴山先生が言った。
「このまま休みながら走り続けても良いのですが、ここは無理をしないで行きましょう」
そういって柔らかそうなスポンジで出来たボールを取り出す。
「それは何ですか?」
僕がボールについて質問をする、あんなボールは見たことがない。
「ああ、これはドッチボール用のボールだ、ケガをしないように柔らかいヤツを用意した。
ほかの球技でも良かったんだが、今日はルール的に単純なドッチボールにしようと思う」
なるほど、サッカーや野球などは意外とルールが複雑で説明が面倒だ。
その点、ドッチボールなら小学生でも分かるぐらい簡単だ。
僕が大まかなルールをレオ吉くんに説明しようとしたとき、ヤン太が僕らに声を掛けてきた。
「ドッチボールか久しぶりだな。ボールに当ると死ぬから気をつけてくれ」
「えっ、死ぬんですか、そんなに危険な競技はやめましょう」
と、レオ吉くんが真に受けた。
僕はこの誤解を解き、丁寧にルールを説明する。
だんだんとレオ吉くんの対応もなれてきた気がする。
ルールを一通り説明し終わると、いよいよゲームが始まった。
ボールはレオ吉くんが持った状態でスタートする。まずは勢いよく相手に向って投げつけた。
「えいっ」
ボールはかなりの速度で飛んでいくが、投げるべき方向がまるで違う。敵の遙か上空を通り抜け、見方の外野の向こう側へと飛んでいった。慌てて外野が球を拾いに走る。
「すいません」
深いお辞儀で謝るレオ吉くん。
その後、何度かレオ吉くんがボールを投げるが、どれも方向が定まらない。
一度だけ、敵に当ったが、ほぼ偶然と言っていいだろう。
そんな事を繰り返しているうちに、やがてボールは敵の手に落ち、レオ吉くんは追われる身となった。
「レオ吉くんを狙え!」
「うわぁ、やめてください。死んでしまいます」
そんな事を言いながら、大げさなリアクションでよけるレオ吉くん。
言葉では『死んでしまう』とは言っているものの、常に顔は笑顔だ。このゲームを楽しんでいるのが伝わってきた。
ただ、レオ吉くんはあまり避けるのが上手くない。
胸の辺りならキャッチは出来ていたが、足先を狙われるとあっさりとアウトを取られた。
普通はここで外野に出なければならないが、鈴山先生が『猫は9つの命を持つ』とか言い出して、特別ルールを持ち出す。
これが普通の生徒ならブーイングが出るだろうが、相手はレオ吉くんだ。クラスメイト達からはクレームが全く上がらない。
そしてレオ吉くんは、息を切らしながら授業の最後まで生き残った。
「やった、生き残りましたよボク」
両手を掲げて喜ぶレオ吉くん。
代償として、9つある命の7つが消えてしまったが、充分に楽しんでもらえたようだ。
この学校生活が終わっても、健康の為に運動は続けて欲しい。




