雨と傘 2
鞄の中に正体不明の物体が入っていた。
直径3~4センチ、長さ30センチの棒状の物体は、どうやら傘という話しだ。
マニュアルによると、レーザーシールドの傘のようだ。しかも、銃弾も防げる物騒なものらしい。
キングが、傘のマニュアルを読み上げる。
「続けるぜ『下のスイッチを入れると電源が入り、レーザーシールドを展開します。上のつまみはそのシールドの大きさを調整します』」
キングが更に緊張しながら言った。
「ここからが注意書きだ『傘の部分に人体が当りそうになった場合…… 安全の為にレーザーが消滅します。傘が展開できなくなり、濡れてしまうのでご注意下さい』」
ここでみんなの緊張の糸がほどけた。
「脅かしやがって、濡れるだけか」
ヤン太があきれながら言う。安全だと分かるとミサキがせかしてきた。
「早くつけてみましょう。大丈夫っぽいし」
「ああ、うん、そうだね」
僕はそう言うと、傘をできるだけ高く掲げて、スイッチをオンにした。
すると、ブヴォンとうなって、円形の赤紫色の光の層が表れた。レーザーの形は違うが、スターウォーブに出てくるライトセイファーっぽい雰囲気がある。
「かっこい良い」
ヤン太がポツリとつぶやく。
「つまみで傘を広げられるのよね? どのくらいまで広げられるの?」
ジミ子がそう言うと、キングがマニュアルを確認しながら答えた。
「ええと、半径5メートルくらいは広がるらしい」
「じゃあ途中まではみんなでこの傘に入っていこうぜ」
ヤン太の提案で、僕らは一つの傘の下、帰ることとなった。
僕が傘を掲げて歩き始める。
5人が入るのは、半径2メートルほどで十分だ。普通の傘ではここまで広げると風の影響が凄い。ちょっとした風で大きく煽られてしまうが、このレーザーの傘は実体が無く風の全く影響を受けない。
あと、この傘は視界が非常に良い。
ビニール傘も視界が良いと言えば良いのだが、濡れてしまうと傘ごしの風景はどうしても曇って良く見えない。
ところがこの傘は全く表面が濡れない。雨粒があたると「ジュッ」と音がするので、おそらく蒸発させているのだろう。
土砂降り雨の中、僕らはゆっくりと歩く。
いつもは傘で良く見えないのだが、こうして見晴らしが良いと、雨の日も悪くないと思えてきた。
ただ、この重量は何とかしてほしい、傘を持っている僕は疲れてきた。
やがていつもの交差点で僕らは別れて、それぞれの家に帰る。
そしてみんなが別れてからしばらくすると、この傘が音声で警告を発した。
『バッテリー残量、3%、そろそろ活動限界です』
「えっ、まだつけてから10分ぐらいじゃない?」
ミサキが驚く。たしかにまだ10分も経っていないだろう。
「早く帰らないと」
そう言った時だった。
『活動限界です、切れます』
最後のメッセージを残して傘のレーザーが無くなった。
ただの重い棒を持って立ち尽くす僕たち。
しばらくしてミサキが動き出す。
「走るわよツカサ」
「ちょ、ちょっと待って」
僕らは急いで家に駆け込んだ。
家に近い位置まで傘が持ってくれたので、あまり濡れずにすんだが、まったく酷い目にあわされた。
夜になり、姉ちゃんが帰ってくると僕は文句を言う。
「姉ちゃん、傘を勝手に変えたでしょう」
「そうよ、どうだった、あの傘。高性能でしょう?」
やはり傘を入れ替えたのは姉ちゃんだったか。
姉ちゃんは全く悪びれもせず、使用感を聞いてきた。
その質問に僕は不満点をぶつけた。
「たしかに高性能かもしれないけど、10分も持たなかったよ。あれじゃあ傘として使えないと思う」
「10分も持たなかったか…… もうちょっと重くなって良いなら時間も伸ばせるんだけど」
姉ちゃんは眉間にしわを寄せながら、難しい顔をした。僕は率直な意見を言う。
「いや、あれはかなり重いよ。これ以上重くなると誰も使わないと思う。現状だと普通の傘の方がはるかに便利じゃないかな」
「そっか…… 実はもう少しだけ作っちゃったのよね。値段も高いし、売れないかな……」
「その値段はいくらなの?」
そこそこ安ければ、遊び半分で買う人も居るかもしれない。
ところが姉ちゃんの口から驚きの値段が飛び出てきた。
「だいたい18万円くらい掛かったわ、量産すれば安く出来るけど……」
「売れないよ、これ以上は作らない方が良い」
「そうね。でも、作ってしまった分は一応は売ってみるわ」
姉ちゃんは大失敗をしてしまったかもしれない。
あの傘をいくつ作ったのか気になったが、赤字額が怖くて聞けなかった……
後日、この傘を販売すると、すぐに売り切れた。
どうやら要人警護などをするSPの人達が買っていったらしい。
『銃弾が防げる』というキャッチコピーが高く評価された。
売れたことは良かったが、もはや傘とは呼べないだろう。




