ヒーローと現実 2
児童虐待の強化がされた次の日。学校は、この話題で持ちきりだ。
日本を初めとして、世界各国で強化アーマーのヒーローや巨大ロボットが現れたのだから。
実際は虐待を受けた児童なのだが、僕らはどうしても見た目にとらわれてしまう。
「秋田県でパットマンがあらわれたらしいぜ」
ヤン太がスマフォの画像をみんなに見せながら言う。
中身は3歳くらいなのだろう、かわいらしいパットマンの写真が写っていた。
「うちの隣の市でも表れたみたいだぜ」
キングがどこからか情報をもってくる。
「どんなヒーローが現れたの?」
ジミ子がそういうと、キングは写真を見せてくれる。
そこには銀色のアーマーに包まれたヒーローがいた。
「なにこのヒーロー?」
僕が質問をすると、キングはその質問に答えてくれる。
「『宇宙刑事キャパン』だってさ、35年以上前のかなり古い作品みたいだな」
「ふーん。そんなヒーローもいたんだ」
ミサキが興味なさそうに言った。
「まあ、でもこれは困るよね」
僕がそう話しを振ると、ヤン太が同意してくれる。
「たしかに困る」
「そうねやり過ぎね」
ジミ子も同じ意見のようだ。
あらわれたヒーローの中身はいずれも子供だ。
中身の子供が判断力の付く年齢だったら良いのだが、赤ん坊だと始末が悪い。
本物のヒーロー並の力で、気ままに振る舞うので手に負えない。
「昨日の空中をハイハイした赤ん坊、止めるまでに40分かかったらしい」
ヤン太が言うと、ミサキがその話しに興味をしめす。
「ほんとう?」
「あの後で空中での追いかけっこが続いたっぽいぜ」
そう言ってSNSに上がった動画を見せてくれる。
空中を自由自在にハイハイで高速移動する赤ん坊。
それを追いかけてワラワラと群がる宇宙人のロボット。
赤ん坊は捕まりそうになると、華麗に方向を変えて逃げまくる。
ありえないような空中戦の動画がそこにはあった。
「昨日のアイロン・ペシフィック覚えているか?」
次の話題をキングがふる。もちろん鮮明に覚えている。
「あのアメリカで暴れていた大きなロボットでしょ」
ジミ子が真っ先に思いついた事をいう。『アイロン・ペシフィック』と言われると、僕らは映画よりも、あの赤ん坊の方を思い出すだろう。
「あのアイロン・ペシフィックの被害額はおよそ2千万円だそうだ、トラクター2台、乗用車3台がdestroy されたらしいぜ」
「被害額はどうなるの?」
僕がそう説明すると、キングがニュースを見ながら、
「親に請求が行くそうだ。爆弾で我が子を吹き飛ばそうとした罰だな」
「まあ、自業自得かもね」
ジミ子が冷静に突き放す。まあ、本当に自業自得で『馬鹿な行為をしでかした』としか言いようがないだろう。
教室の中ではこんな話題で持ちきりだ。あちこちでヒーローの名前があがっている。
体育の授業に備えて僕たちが着替えていた時だ、緊急の校内放送が入る。
「生徒が阪面ライダーに変身しました。非常に危険なので教室で待機してください」
その放送を聞いたヤン太がすぐに動き出す。
「見に行ってみようぜ」
「あぶないかもしれないよ」
僕は止めるのだが、阪面ライダーが好きなヤン太は止まらない。
「俺はちょっと見にいくぜ」
そういって教室を飛び出す。
しょうがないので僕らもヤン太に付いていく。
宇宙人の児童虐待の強化システムは、ある一定以上の衝撃かストレスで変身できたハズだ。高校生の僕らも児童に含まれていたとは意外だった。
教室を出ると直ぐに阪面ライダーが居た。
「江藤出てこいよ! 我慢の限界だ、ぶっ飛ばしてやる」
周りには人垣が出来ていて、説得をしていた。
「落ち着け」「やめろ」「冷静になれ」
僕は周りの人に事情を聞く。
「どうしてこうなったの?」
「ああ、江藤ってヤツがな、毳利の首筋に消しゴムを何度も何度も投げつけていたらしい。何日にもわたってやっていて、とうとう切れたらしい」
「毳利ってあの阪面ライダーの人?」
「そうだな、いまはああなってるけどな……」
殺気だった阪面ライダーにヤン太が不用意に近づいていく。
「阪面ライダーの雷王じゃん、カッコイイ、本物みたいだ!」
そういってマジマジと見る、褒められた雷王はまんざらでもないらしい。
「そうか、俺はカッコイイのか?」
「写真撮らせてよ」
ヤン太がスマフォを取り出す。
「良いぜ」
雷王はそういって、ヒーローの取りそうなポーズを取る。
ヤン太は角度を変えて何度も写真を撮った。
すこし冷静さを取り戻した雷王のもとに、いじめをしていた張本人の江藤くんが連れてこられた。
あちらのクラスメイト達から、
「とりあえずあやまれ」
と批難を受けている。
本人もマズイと思っているのか、あやまる。
「ごめん、そんなにストレスを感じていたなんて、もう二度としない」
「わかったらもう二度とやるなよ」
雷王がヒーローっぽいセリフを言って話しがまとまろうとした時だ、ヤン太が口を挟む。
「とりえあず仲直りの証しに一発殴っとけ」
「「えっ」」
驚く雷王と江藤くん。
「嫌がらせを散々したんだから、そのくらい当たり前だろう」
「ま、まあ、それで気が済むなら」
しぶしぶ納得する江藤くん。そこに何か思いついたようにヤン太が声をかける。
「あ、まった。パンチよりキックの方がいいかも、雷ライダーキックをやってくれよ!」
ヤン太がリクエストをした。ここで僕は昨日の赤ん坊の事を思い出した。
赤ん坊は、あのロボットを吹っ飛ばしていた、赤ん坊であれなのだから、高校生の僕らがパワーアップしたらどうなるのか想像も付かない。
僕は慌てて止めに入る。
「ま、まって、そのライダースーツで力がパワーアップしてるかもしれない」
「言われてみれば、まあ、そうかもしれないな。試しに壁に向ってやって見ろよ」
ヤン太がそう言うと、雷王は壁に向って雷ライダーキックをポンと軽めに打つ。
すると、コンクリートの分厚い壁は発泡スチロールのように簡単に砕け散った。
「うぉ、やべえ」
思わず声を上げる雷王、そのそばで江藤くんは恐怖のあまり泡を吹いて気絶していた。
その後、雷王は物を壊さないようにできるだけジッとしている。
やがて宇宙人のロボットが来て、背中に付いていたボタンを押して変身を解いていく。
江藤くんはこれに懲りて、こういったことは二度としないだろう。
この日、こういった出来事は日本や世界の各地で起こり、天文学的な被害額を記録する。
うちの学校では大したイジメはなく、無事に解決したが、中にはイジメを受けていた者が報復して大変なことになった場所もあった。それは小学校、中学校、高校、大学、そして会社まで。宇宙人は児童虐待といっていたはずだが、宇宙人の児童という定義がよく分からない。
中にはパワハラをする上司に対して、戦隊ヒーローのように部下が5人、同時に変身したケースもあるそうだ。
ブラック企業の朝礼では、社長のいびりに社員のほとんどが変身し、秘密結社のジョッカーのような光景が発生したらしい。
これらのヒーロー達は私怨で大暴れをするのだが、宇宙人がなんらかの安全装置を設定しているようで死者だけは出なかった。重傷者はかなり出てしまったが……
これ以降、イジメというものが大幅に無くなった。
たまにヒーローが現れるので、全く無くなった訳ではないけど、激減したことはたしかだ。




