書き換えられた才能
ある日の放課後、ミサキが僕らを誘う。
「今日、ハンバーガーチェーンのメェクドナルドゥに寄らない」
「良いけど、なにかあるの?」
僕がこたえると、ミサキが鞄から栄養ドリンクのようなモノを取り出した。
「これよ、これ。これを使ってこの前のリベンジをするわ」
「リベンジって何かあったっけ?」
「将棋よ将棋。将棋でリベンジするの」
リベンジと言うが、将棋は1ゲームもやっていない。
ルールを覚える前に放り投げたのはミサキの方だった。
色々と聞きたい事はあったが、僕は将棋より取り出して来た栄養ドリンクが気になった。
「そのドリンクは何?」
「これはお姉さんから手に入れた秘策よ、これを飲めば将棋が名人級になるの」
ドリンクのラベルは手書きの汚い文字で『これであなたも羽主名人』と書かれている。
羽主名人と言うと、誰もが知っている将棋の名人だ。一時は将棋の7大タイトルを全て制覇していた化け物で、もしこの飲み物で将棋の腕前が名人になれるなら、将棋に関して何の苦労もなくなるだろう。
「お姉さんからマニュアルが来てるんだけど、読んでくれる」
ミサキが面倒くさい事を僕に投げてきた。僕はマニュアルを読み上げる。
「ええと、飲んでから効果が出るまでおよそ15分かかります」
「今飲めば、メェクドナルドゥに着くくらいにはちょうど良いわね」
そういってミサキは躊躇なくドリンクを飲み干す。
「ちょっと、まだマニュアル読んでいる途中だよ」
「さあ、急いで行きましょう。効果が切れちゃうわ」
僕らはせかされてメェクドナルドゥに向う。
メェクドナルドゥについて、いつものハンバーガーセットを頼んだ後、席に着く。
「さあ、試しましょう」
ミサキが笑顔で僕らに呼びかける。
「俺はオセ口しかできないが、効果があるかな?」
1番手にヤン太が名乗り出た。
「良いわ、試してみましょう」
ミサキは携帯用のオセロを取り出し、二人の勝負は始まった。
その結果は明白だった。2回ほど戦って、どちらのゲームでもミサキがヤン太の駒を全部ひっくり返して終わった。
「こんなはずじゃ……」
悔しがるヤン太。
これで効果がある程度はある事が分かった。
「私はチェスしかできないけど、チェスにも効果があるかしら?」
2番手にジミ子が名乗り出る。僕は知っている知識を言う、
「うん、たしか羽主名人はチェスもやっていたはずだよ。かなり強くて国内だと1位とか2位とか、そんなニュースをやっていた」
「……チェスも化け物なのね」
ジミ子があきれた様子でつぶやく。国内でもトップクラスという言葉にミサキが気をよくしたらしい。
「そうね、チェスも上手くなっているかどうか、試してみましょう」
こうしてチェスの対戦が始まった。
ゲームは始まると、その差は歴然だった。
ミサキが次々とジミ子の駒を取り続ける、ジミ子は防戦に入るが、守り切れない様子だ。
しばらくすると、ジミ子が音を上げた。
「もう無理、リタイヤするわ」
「ふふん、懸命ね、あと7手でチェックメイトだったわ」
どうやらミサキは本当に上手くなっているらしい。
「次はツカサかしら?」
ミサキが獲物を見る目で僕を見つめる。
はっきりいって、羽主名人クラスなら僕が勝てる訳がない。
「いや、僕は無理。キングとやってみて」
「まあ、そうね。一番強いキングに勝てば、私の腕前は証明できるわね」
いや、この状況はあの薬の腕前であって、ミサキの腕前ではないのだが……
だが口にすると面倒くさいので、僕は聞き流す事にした。
「さすがに俺もかなわないと思うな、コレをサポートで使ってもいいか?」
キングはスマフォを取り出した。そこには今、話題の高校生棋士が練習で使っているという将棋ソフトがあった。
「いいわよ、さあ勝負よ」
ミサキはこころよく引き受けて、ゲーム開始となる。
キングとミサキのゲームは膠着状態が長く続いた。どうやら将棋ソフトがかなり優秀らしい。
だが、それでも徐々にミサキの方が優勢になっていく、あの薬は本物だ。
そして、ゲームが終盤にさしかかった頃だ。
ミサキは食べ残してあったポテトをつまみ、なぜか将棋盤に置く。
「横3縦三、『ポテト』、この手でどう?」
ドヤ顔を決めるミサキ。困惑するキング。
「えっ、ちょっと『ポテト』って何?」
「『ポテト』しらないの?」
「どういう動き方すんだよ?」
「基本じゃない、前に1マスしか進めないわ」
どうやら『歩』の駒と勘違いしているようだ。
原因はあの薬しか考えられない。僕はさきほど途中まで読んだ、あのマニュアルを最後まで読んでみる。
すると、そこにはこんな一文が、
『部分的に混乱状態になる場合がありますが、1時間ほどで完全に元に戻ります』
マニュアルを見ながら、僕はその事をみんなに言う。
「なんか、混乱する事があるみたい」
「じゃあ、まあ、『ポテト』は『歩』として考えるか」
キングが柔軟に対応して勝負は続く。
少し、勝負が進んだ時、またミサキが奇行にはしった。
「ふふふ、これで決まりよ、横4縦五『ピクルス』でチェックメイト」
パンバーガーの中からピクルスを取りだして、それを将棋盤にたたきつける。
「えっ『ピクルス』ってどう動くの?」
動きから駒の種類を割り出そうとするキング。
「こうよ、こう動くのよ」
ピクルスをベチャベチャと動かすミサキ、だがその動きは将棋の駒のどれでもなかった。
「それは、チェスの『ナイト』の動きだね」
ジミ子が解説をしてくれる。
しかし将棋の駒に、チェスの駒を持ち込むとは……
いや、駒じゃないけれど。
僕らが困惑していると、「ガリッ」っと派手な音が鳴る。
「えっなに?」
僕が音の方を見ると、ミサキが『歩』の駒をかじっていた。
「堅いわねこの『歩』、揚げすぎなんじゃないの?」
どうやら『歩』を『ポテト』と認識しているらしい。ミサキは続いて、
「あれ、このハンバーガー、『ナイト』が入ってないじゃない」
そういって手持ちのチェスの駒から、『ナイト』を取り出してハンバーガーに挟もうとする。
「おい、とめろ!」
ヤン太が声を上げ、僕とヤン太とジミ子で慌ててミサキを押さえる。
ミサキを落ち着かせると、ぼくらはその場を片付ける。
将棋の『歩』は歯形が付いていた。けっこう思い切り噛んだらしい。
「今日はもう帰ろう」
僕がそう提案すると、ミサキ以外は賛成してくれる。
この日はその場で解散となった。
この状況のミサキは一人にしておけない。
いつも以上に手を強く握り、帰宅している途中だった。
見知らぬおばさんに声を掛けられる。
「ちょっといい、最寄りの駅の場所がわからないんだけど」
道順を聞かれた。
地元で暮らす僕らは、駅の場所を知っている。
駅の場所さえ知っていれば、小学生にも受け答えができるレベルの応答だったが……
「ああ、それは横3縦三『歩』。『角』成り、そこから香車で王手です」
羽主名人は答える。あの薬の効果はテキメンだ。
「えっなんですって?」
驚くおばさん、僕はちゃんと日本語でフォローする。
「ええと、三つ目の信号を右折して、そのまま真っ直ぐ行けば駅に着けます」
「あっ、そう。そうね。わかったわ、ありがとう」
お礼を言うと、おばさんは奇妙な物を見たような顔をして、そそくさと消えていった。
将棋の腕前は一時的には上がったが、これでは日常生活ができそうもない。
やはり才能は薬に頼らず、自分で伸ばすしかなさそうだ。




