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勇者ではなく、英雄ですらなく  作者: マンディ
終わりと始まり
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変化Ⅱ


そんな貧相なナリでよくもここに来る気になったな、クズ、お前に世界が救えると本気で思っているのか、クソガキ、魔物に食われるのがオチだ、魔物に食われても誰もお前の死を悲しまない―――――


散々人格を否定され、ようやくこの『オリエンテーション』という名の拷問から解放された。

オリエンテーションが終わったあと、教官がボロボロの建物を示しながら、さっさと寮に入れと怒鳴る。


教官が指を差す先の建物と、寮という言葉がどうにも一致しない気がするが、まさかあのみすぼらしい大きな納屋を寮と言い張っているのだろうか。

あそこでこれから生活しろと…?


だが、拒否権なんかあるはずもない。

嫌だといえば馬小屋に放り込まれそうだし、そもそもあれだけ怒鳴りつけられて、今さら反抗する気力など微塵も残っていない。


言われるがまま、重い足取りで寮に向かう。


すぐ後ろを、クレアとブラッドも足を引きずるようにして無言でついてくる。


クレアの顔面は蒼白で感情は感じられず、もう目が死んでいる。

無理もない、私もきっと同じ表情だ。


ブラッドに至っては堪え切れずに泣いてしまっている。

あなたはクレアより年上なんだから、もう少し頑張ってよ…。


さらに後ろでは、教官が仁王立ちでこちらを睨みつけていた。

ここで2人に話しかけたらまた怒号が飛んでくると思い、黙って歩を進める。


空はすでに夕陽に染まり始め、青空が赤に浸食されかけていた。


寮の前まで来ると、扉が勝手に開き、奥から制服のようなものに身を包んだ男女が一人ずつ、無表情な顔を覗かせていた。

年はブラッドよりもいくつか年上に見える。

先輩の訓練生だろうか。


茶色い短髪の男が口を開くが、歓迎の意は感じられない。


「よく来た、ここが君達の新しい家だ。

ぐずぐずしてないで早く入れ!」


厳しい口調で命じられ、クレア、ブラッドとともに小走りで寮の中に急いで入り、次は何を言われるかと身構える。

3人が入ったのを確認すると、男は両開きの扉を閉め、女と並んでこちらに向き直った。


こんな所に来るんじゃなかった、孤児院での生活が天国のようだ。

さあ、今度はどんな罵詈雑言が来るのか。


呆然と立ち尽くしていると、男は先ほどとは打って変わり、笑みを浮かべて穏やかな態度になっていた。

女の方も、手を後ろで組んで温かみのある表情を浮かべている。


「すまなかった、教官からは、俺達も新人に対して、しばらくの間は厳しく接しろと言われていてね。

流石に教官の目の前で、俺達が笑って出迎えるわけにもいかなくてさ」

「よく来たね。

私はスニエ、彼はウラガン。一応、しばらくの間は君達の世話係になるから、分からないことがあれば何でも聞いてね」


一瞬、教官の罠かと勘繰ったが、その様子はなさそうだった。

良かった、四六時中、理不尽な扱いを受けると思ったがその心配はないようだ。

でもモラトは許さない。


ブラッドは安堵の表情を浮かべ、クレアは乾いた笑い声をあげる。

クレアは大丈夫だろうか。


肩まで伸びる金髪を揺らしながら、スニエがクレアとこちらの肩に手を置く。

「来て早々、さっきは大変だったね。私も来たばかりのときは同じようにされたよ。

新人が来たら、必ずああして心を砕きに来るんだ。

まずは、部屋に案内するよ。

ウラガン、そっちの子を頼んだからね。

私達女は、2階が居住スペースなんだ。さあ、行こう」


スニエに肩を押され、クレアとともに出入り口のすぐ横にある階段へと誘導される。

ブラッドはウラガンに連れられ、1階の部屋へと案内されていた。

2階の女性区画に男が入ると、教官に殺されるからなと脅されている。



ようやく寮の中を見回してみると、外観ほど酷くはないのが分かる。古さは目立つが、居住施設としてはそれなりに設備が整っており、それぞれが清潔に手入れされていた。

その手入れをするのは私達の仕事になるんだろうけど。



部屋に着くまで、お互いに短い自己紹介を済ませる。

スニエやウラガンも、2週間ほど前に来たばかりだと言う。

ある程度訓練を終えると、この訓練所を出てすぐ部隊に配属されるらしい。


また、この訓練所は魔法の才能を見出された者のみで構成されているとのことだった。

あの厳つい鬼教官も、呪文を唱えて魔法の杖を振るうのだろうかと想像すると笑える。


「ここが君達の部屋だよ。私の部屋でもあるけどね。

1部屋あたり4人で生活するみたいだね。かなり狭く感じるかもしれないけど、慣れたら楽しいと思うよ」


中に入ると、両脇に木製の2段ベッドが1つずつ置かれており、その間の四隅には机が置かれている窮屈な空間があった。

中央のフリースペースだけだと、6畳分ほどだろう。

ここで4人で共同生活するには、確かに狭い。


片方のベッドの下段には、また別の女性が座っている。

部屋に入ってきたこちらを見つけると、顔を綻ばせた。


「ああ、今日来た新人さん?

こんにちは。教官の怒鳴り声がここまで聞こえてましたよ。

来て早々に大変だったけど、これから頑張りましょうね」


柔らかな物腰で新たな顔ぶれに遭遇する。

スニエが間髪入れずにこの女性を紹介してくれた。


「こっちはオルガナ、私と同じ街から来たんだ。

オルガナ、この2人が新顔のクレアとアリス。

これからこの4人で生活していくから、仲良くやろうね」


同居人がどちらも良い人そうで、とりあえずは良かった。


「色々と話したいことはあるけど、まずはシャワーを浴びようか。

建物の外見はオンボロだけど、何故か立派な浴室があってシャワーまであるんだよ。

私もこれから入るから、使い方を教えるね」


孤児院では、水浴びか濡れたタオルで身体を拭くくらいしか身を清める手段がなかったため、シャワーがあると聞いて思わず顔が緩む。

それにしても、この時代にシャワーなんてあったことが少し驚きだが、やはり前世の世界とは文明がかなり違うのだろうか。

とはいえ、この世界、この時代が『前の世界』のどの時代に相当するのかも分からないが。


まずは、久しぶりのシャワーをできる限り満喫しよう。


スニエとクレアとともに、2階の廊下を奥に進んでいく。





この世界で生まれてから、これほど満足したのは初めてかもしれない。

これだけでも、軍に入って良かったと思えるほどだ。


明日からの訓練を考えると気が重いが、魔法の才能を持つ者を集めた訓練所ということもあってか、生活面ではそれなりの待遇が期待できるのかもしれない。



シャワーを終えてスニエ達と部屋に戻ると、オルガナが再び笑顔で迎え入れてくれる。

オルガナとスニエは14歳で、私達よりも年上になる。

年齢だけでいえばこの2人も子供だが、見た目はそれなりに大人に見えて少し羨ましい。


それから4人で1階の食堂に向かい、用意されていた夕食をとった。

パンに野菜、スープに魚の食事は、豪華とはいえないが、施設の頃に比べると充実している。



それから部屋に戻ると、部屋の中心に座るように言われ、スニエがこれからの事を説明してくれた。


「私達と同じなら、多分これから3日くらいはあの教官から基本を叩き込まれると思うよ。

敬礼とか言葉遣いとか、行進の仕方とかね。他にも座学でこの国の歴史とか世界のこと、魔物のこと、軍隊のこと、勇者や英雄のこと。

居眠りなんかしたら、酷い目にあうから気を付けてね」

「最初の3日間は教官達からゴミみたいに厳しく扱われますが、それを乗り越えると教官達もほんの少しは優しく接してくれるようになりますから、辛抱してください。

それでも何かやらかしたら、凄く怒られますけど」


スニエ達の話に、明日からの訓練が更に憂鬱になるが、今さら後には退けない。

それに、基本を一通り終えると、魔法の使い方を教わることになるとのことだ。

ちなみにこの訓練所では、訓練以外で魔法を使うと教官が飛んできて大変なことになるらしい。



それからスニエとオルガンから、敬礼の仕方や行進のコツを軽く教えてもらった。

私達もまだ偉そうなことは教えられないけど、とスニエは言っていたが、お手本に見せてくれた敬礼は動きに無駄がなく、美しかった。


私もああなれるのかと考えると、少しだけだがやる気が出る。




「明日からまた訓練だから、そろそろ寝ようか。

2人は上のベッドを使ってね。クレアがオルガナの上、アリスが私の上だよ。

起床時間になると馬鹿みたいに大きな鐘が鳴るけど、驚いて天井に穴をあけないでね。

また明日、色々話そう。お休みなさい」

「よろしくお願いします、お休みなさい」


9歳らしからぬ口調でスニエ達にそう告げ、自分のベッドに入る―――入ろうとするが、意外と高く、悪戦苦闘することになる。

その様子を後ろから見ていたスニエが、肩を震わせながら、身体を持ち上げて手伝ってくれた。


オルガナとクレアまでも、笑いを堪えているように見える。


恥ずかしさで顔が赤くなっていくのを感じながら、スニエにお礼を言って布団に潜り込んだ。

お礼を言った瞬間にスニエが吹き出した気もするが、気にせずに眠ることに集中する。


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