転機Ⅲ
モラトには軍に行くことを即答したが、施設を出るのは結局3日後となった。
あの後も司祭による魔力回路の有無の『検査』は続き、私以外にも、2人の12歳の子供に魔法の才能が見つかった。
2人はその場で即答できず、3日後にモラトが答えを聞きに来るまで、私もモラトの迎えを待つことになったのだ。
魔法を扱える者は確かに少ないが、数十年に一度という程ではないらしい。
それを聞いたときには少し複雑な気持ちになったが、それでも貴重なのは確かなようだ。
最年少で軍に招かれ、英雄だと称えられる未来も悪くない。
まあ、最年少なのかは知らないし、そう上手くいくかは分からないが、こんな世界で迎えた二度目の生に期待しても、罰は当たらないだろう。
司祭達が去った後、修道女からは、慌てて決める必要はないからもっとよく考えて、と再考を促されたが、私の答えは変わらない。
そう伝えると、それ以来、修道女は何も言わなくなった。
遠回しにやんわりと伝えようと思ったのだが、語彙力がないせいで直接的な言い方となってしまい、修道女が今まで見せたこともない悲しい顔を拝むはめとなる。
この施設での体感時間は数年もないが、それでもそれなりの期間、お世話になった人のそんな顔を見たときには私も泣きそうになった。
私がお金をそれなりに稼いだら、育ててくれたお礼に、ここの修道女達に何か贈るべきかもしれない。
そして3日後、モラトが再び施設を訪れてきた。
今度は司祭の姿はない。
私以外の2人の子供も、しばらく悩んでいたようだが、軍に入ることに決めたようだった。
この施設で親しい仲と言える者はいないが、この年長の2人は、施設では無口だった私にもよく気を遣ってくれていた。
正直に言えば、モラトに返事をしてから時間が経つにつれて、軍に入るという事に対して徐々に不安が大きくなっていったが、独りで行くよりは、顔見知りが一緒にいると分かっただけで少しは緊張や不安も和らいだ。
「諸君らの決意、心から感謝する。
表に馬車を待たせている。
さあ、行こうか」
モラトが馬車に乗るように促す。
施設の門まで来て、見送りに来た修道女達と別れの挨拶をするときには、やはり軍になど行くべきではないのではという考えが頭をよぎるが、それを知ってか、モラトやその付き添いの兵士に手を引かれ、馬車のもとに連れられた。
今までも、土壇場になって拒否する者がいたのだろうか。
まあ、私も他の2人も、今更引けるような境遇ではない。
この2人の子供―――――クレアとブラッドも、外の世界に出たいという願望があったという。
そもそも、軍というものに対して、魔物から人々を守るというくらいしかイメージがなく、軍に行くのを拒む理由も特にないだろう。
私だって、この世界の軍というものが、何をするものなのか、いまいちピンと来ない。
戦争がなくとも魔物がいるのだから、タダ飯喰らいと詰られることはないだろうが、何をするにもまずはこの世界での知識をいち早く得る必要がある。
そのためには、今のこの機会を逃すわけにいかない。
私とクレア、ブラッドに続いて、モラトが最後に馬車に乗り込むと、他の兵士達に出発の合図を出した。
「よし、では行こうか。
これから向かうのは、訓練所がある大きな隣の街だ。
丸一日は移動することになるから、その間は休んでいるといい」
決意も新たにした直後に、モラトの言葉で早速心が折れそうになる。
いや、外をゆっくり見回せる機会だと考えよう。
軍も最初はきついかもしれないが、希少と言われる魔法の才能が私にあるのなら、少なくとも人並みの待遇は保証されるはずだ。
いずれは、勇者と呼ばれる者にも会えるだろうか。
ああ、考え方次第でこうも夢が膨らむとは。
私の精神年齢からすれば馬鹿げた妄想かもしれないが、現にそうした世界にいるのだから、将来設計と言ってもいいだろう。
そんな将来設計も、馬車が動き出して数秒後に、その乗り心地の悪さでやはり砕かれた。
せめてこの馬車が地獄行きではないことを祈ろう、この世界の主とやらに。
そして長く苦痛に満ちた移動の果て、新たな人生での転機を迎えてから、この世界の主とモラトを心の底から恨むこととなる。