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勇者ではなく、英雄ですらなく  作者: マンディ
終わりと始まり
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転機Ⅱ


こちらを見る司祭の顔からは、先ほどまでの微笑みは消えていた。


まさか本当に心を読まれた…?

とりあえず、この距離でそんな表情を見せるのは怖いからやめてほしい。

私が本当の子供だったら、泣き出してもおかしくないぞ。


まさか、私の中に悪魔が潜んでいるなどと言い出さないだろうか。


しばらく見つめ合う形となったが、そこで司祭が我に帰ったように口を開く。


「ああ、すまない、アリスちゃん。

君を怖がらせるつもりはなかったんだ。

ただ、少し驚いてしまってね」


司祭が、握っていた手の力を緩める。

私の顔に、無意識に不安な表情が浮かんでいたらしい。


「しかし、まさか君のような子供が…」


ぼそりとそう呟いた司祭は、そのまま立ち上がり、傍にいた兵士の一人に何かを話している。

司祭から何かを告げられた兵士は、先ほどまでの司祭同様に、驚きの表情を見せると、今度は兵士が修道女を呼びつけ、仕舞いには3人で話し込み始めた。


こちらに聞こえないように話しているせいか声を抑えているため、肝心の内容が全く聞こえないが、3人の表情に笑みはなく、少なくとも明るい話ではなさそうだ。

特に修道女は、兵士に対して何か反論しているようにも見える。



独り取り残されたまま、椅子からその様子を見守るしかないが、暫くして、何か結論が出たのか、3人の話し合いが終わったようだった。


そして、そのうちの兵士がこちらに歩み寄ってくる。

中年と言うには早いが、青年と呼べそうなほど若くもない。

何より、手や顔にある大小様々な傷痕が、その兵士の過酷な過去を物語っている。


「こんにちは、アリスちゃん。

私はこの国で兵士をしているモラトだ、よろしく」


口元に笑みを浮かべたモラトは、こちらに手を差し出してきた。


握手を求められているのだろうが、先ほどの司祭の反応が頭をよぎり、その手に応えるべきか迷ってしまう。

それを感じ取ったのか、モラトが諭すように語りかけてくる。


「大丈夫、アリスちゃんは何も悪くないさ。

むしろ、君は凄い力を持っている」


モラトはそのまま、司祭が座っていた椅子に腰をかけると、真剣な眼差しでこちらに向き直る。


「いいかい、これから大事な話をするから、よく聞いて欲しい。

さっき、司祭様から伺ったが、君には『魔法』を使える才能があるらしい」

「はあ?」


モラトの言葉に、思わず素っ頓狂な声を上げてしまった。

その子供らしからぬ反応に対し、モラトが一瞬眉を顰める。


そう、この世界には魔法が実在するのだ。

しかし、まだ直接お目にかかっておらず、そもそも外の世界を知らないのだから、急に魔法の才能があると言われても、訝しんでしまうのは仕方がないではないか。


モラトに理不尽な怒りを感じるが、モラトはすぐに表情を緩める。


「いや、驚くのも無理はない。

なにせ、君の年で魔力回路を見出されるなんて滅多にないからな」


ああ、そういうことか。


初めて聞く単語が飛び出してきたため理解が遅れたが、ようやく話が見え始める。

司祭が何故、皆と話すときに手を握っていたか不思議に思っていたが、それぞれの子供に魔法を使える者がいるかどうか一人ひとり確認していたのだ。

そして、司祭達が想定していたよりも遥かに幼い私にそれを見出した。


私の精神年齢が関係しているのだろうか。

ともあれ、それなら悪い話ではない。

むしろ素敵な話ではないか。


にも拘わらず、修道女達の表情が暗澹としているように見える。


「さっきも言ったように、私はこの国の軍人でね。

実は、この国、いや、この世界は良くない状況にある。

悪い魔物が私達人間を襲って、この世界を壊そうとしている。

今、この世界には君のように素晴らしい力を持った人が必要なんだ」


つまり、これはリクルートか。

そしてモラトが、予想通りの話を続ける。


「君のその力を、この国、この世界のために貸してくれないだろうか。

もしも君が我々のもとに来てくれるのなら、これから我々が君に戦う力、方法を君に授けよう。

危険な仕事だが、ともに世界を救おう」


モラトの言葉が熱を帯びる。

要するに、まだ幼女の私に、軍隊に来て魔物と戦おうという話だ。


ふと横に視線をやると、こちらのやり取りを心配そうに見守る修道女の姿が目に入った。

モラトに何か反論していたのは、まだ幼い私を軍に勧誘することを反対していたのか。


「もしも君が良ければ、我々の所に来てほしい。

だけど、それはこの施設を離れて、危険に身を晒すということだ。

私も、ここの修道女さんも、司祭様も、決して無理強いはしない。

君の将来を、これで決めることになる。

3日後にまた来るから、それまでよく考えておいてくれ」


そう言い終えると、こちらの肩を軽く手で叩いてから、モラトが席を立つ。


9歳の幼女にするような話ではないが、それほど世界の情勢はよろしくないのか。


このまま施設で過ごすか、命を賭けて魔物退治をするか。

そもそも孤児の自分に、選択肢などあるだろうか。

私はもっと世界を知りたい、何より、魔法の才能があると言われ、それを腐らせるなどあり得ない。


ここで先の見えない不安に押しつぶされるだけの生活なんか誰が望むものか―――――


「モラトさん、私には3日も待つ必要はありません」


はっきりとそう告げると、仲間の兵士のもとに歩を進めていたモラトが足を止め、

こちらに向き直る。


「私に力があるのなら、世界のため、戦います」

「…いいのか?

一度来ればそう簡単には戻れない、死んでしまうかもしれないんだぞ」


モラトがこちらの目を見据え、意思を確認してくる。


だが、答えは変わらない。

まだ見ぬ世界のために死ぬつもりなど毛頭ないが、将来の夢が勇者というのも、今の私のような子供らしくて素晴らしいではないか。


世界を知って、魔法を駆使して魔物と戦って、勇者と呼ばれる、まるでゲームのようなお話。

そうなれば、富も名声も得られるのでは?


そう、これは自分のため。

自分が幸せになれて、しかもその過程で世界も救えるなら、それは正に理想だ。


「みんなのため、私は戦います」


満面の笑みで、自分の決意を述べてやる。

それがよほど邪悪な笑いになってしまったのか、モラト達が一瞬身を竦ませたように見えたが、きっと気のせいに違いない。


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