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勇者ではなく、英雄ですらなく  作者: マンディ
終わりと始まり
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転機Ⅰ



こちらの世界に来てから9歳になったとき、転機が訪れた。


生まれてから9年が経っているはずだが、やはり体感的な経過時間はその半分すらない。


しかし、それなりの期間を過ごしたのは事実で、この身体も少しずつ成長しているのが分かる。

記憶が無い日もあり、体感時間が早い分、成長の度合いが特にはっきりと確認できた。


言葉で困る場面もだいぶ減り、授業を通じてこの世界のことを理解できるようになるのは悪くない。


だが、この施設での生活も飽き始めていた。

質の悪いパンと、野菜をクタクタになるまで煮込んだ具の少ないスープにも嫌気が差す。

何より、自由に外を歩けない。

食事と授業、そして何に対してかよく分からないお祈り、毎日が同じこの生活がいつまで続くのか、退屈と不安で心が擦り減っていくようだった。


そんなある日、今まで見たことのない大人達がこの施設にやってきた。

神父のような恰好の男に、腰に剣を携えた兵士のような者が数人。

外の門でこの施設の修道女が彼らを迎え入れ、何か話していたが、どうやら顔見知りらしく、揉め事の類ではないらしい。


そして別の修道女に、自分を含む全ての子供が食堂に呼び集められた。

そこに例の兵士達と神父も修道女に案内されてやって来る。


集められた他の子供達には不安な表情が浮かんでいる。

それを宥めるように、子供達に修道女が語りかけた。


「皆さん、こちらの方々は私達をいつも守ってくださっている、王国の兵士さん2人と、この街の司祭様です。

 今日は、こちらの司祭様が皆さんとお話ししたいとのことで来て頂きました。

 一人ずつ、呼ばれたらこちらに来て司祭様とお話ししてくださいね」


そう説明されると、司祭は食堂の前に設置された椅子に腰かける。

その向かいにも椅子があり、名前を呼ばれたら司祭の前に座れということらしい。


しかし一体何を話せというのだろうか。

人生相談にはまだ早いのではないか。


それに、司祭と兵士という組み合わせも不思議だった。

この国では、教会と兵隊に何か関わりがあるのだろうか。


それとも、この国の宗教について聞かれ、信仰心が無いと判断されると兵士達に物理的な教育でもされていくのだろうか。


独りで不安を膨らませていると、一人目の子供が呼ばれ、司祭の対面に座る。

兵士は司祭の後ろで立ったまま、司祭と子供の対話を見守っている。


子供が座ると、初老の司祭は年相応の穏やかな笑みを浮かべ、優しく語りかけ始めた。

何を話しているかは聞こえないが、子供の手をとって何か質問しているようだった。


会話は数分で終わり、司祭との面談が終わると子供は元の席へと戻っていく。


本当に、単に子供と話すだけの、司祭としての慈善活動のひとつなのか。


また次も子供の名前を修道女が呼び、司祭との面談は進んでいった。




「次はアリスちゃん、司祭様の所まで来てください」


9人目の子供まで終わってから、修道女に自分の名前を呼ばれ、司祭のもとに向かう。

椅子に座ると、司祭は相変わらずの笑顔でこちらの手を取り、優しく語りかけてきた。


「こんにちは、アリスちゃん。

 私はここから少し離れた所にある教会で司祭をしているんだ。

 今日はここの皆と少しお話がしたくてね」


ずっと手を握られたままというのに少し抵抗があったが、この世界では当たり前のことなのかもしれない。

無言で頷くと、司祭は、ありがとう、と言葉を置いて話を続ける。


「ここでの生活はどうかな、困ったことはないかい?」


この施設は司祭がいる教会が運営していて、これは監査視察なのだろうか。

いや、それならもっと定期的に訪れるはずだ。


いずれにせよ、退屈な日常と味気のない食事の改善を初対面の人間に求めるのも気が引け、首を横に振って司祭の問いに答える。


「それは良かった。

 ああ、怖がらなくていいからね。

 何かあれば、遠慮なく言いなさい」


こちらの無愛想を緊張と捉えたのか、司祭が諭すように言った。

そういえば、ここでの生活では自分から他人に話しかけたことは殆どなかった。

せっかくだし、好意に甘えてみようか。


「ありがとうございます、司祭様。

 ここでは良くして頂いています。

 ただ、もし許されるのなら、私は街を、外の世界をもっとこの目で見てみたいです」


そう司祭に伝えると、傍に立っている修道女が目を見開いて驚きを露わにした。

ここでの生活では非常に内気で、自分から他人には殆ど話しかけなかった暗い子供が、急に司祭の前で外の世界を見たいなどと、立派な口調ではっきりと口にすれば当然だろうか。


それでも、これは本心ではある。

絵本や物語だけでは、この世界のことなど何も分からない。


街の活気を見たい、人々の生活を知りたい、魔法を見たい、お城に入りたい、魔物を見たい、文化に触れたい、言葉を知りたい、―――――この世界は、まだ私の知らないものが数え切れないほどあり、私が知りたいものが溢れているのだ。


司祭は、こちらの言葉を聞いて更に顔を綻ばせる。


「それはとても素晴らしい考えだよ。

主が御創りになったこの世界をよく知ることは、きっと君の幸せに繋がる」


司祭が言う『主』については分からないが、まずはこの施設から出なければ幸せを得られないのは確かだろう。


というか、応援してくれるなら、外に出してくれないだろうか。

お祈りばかりの生活は御免だが、ここよりも自由に外を出られるのなら、教会のお手伝いでもいい。


しかし、こちらの心情を見透かすように司祭が話を続ける。


「でも、アリスちゃんにはまだもう少しここで生活をしてほしいんだ。

もう少し大きくなってから、きっと主が君を導いてくれる。

今は私に、アリスちゃんへの主のご加護を祈らせてもらいたい」


そして司祭はそのまま目を瞑り、何かを唱え始めた。

お経のようなものだろうか。

心無しか、司祭に握られている手が熱くなっていく気がして、幸せになれる気がしないのだが…。


直後、目を閉じて俯いていた司祭が急に顔を上げ、修道女のように驚愕の表情をこちらに向ける。


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