幕開け---第二の人生
さようなら、私
ごきげんよう、新しい私
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意識が鮮明になる。
それにつれ、ぼんやりとではあるが視界が明るくなる。
自分は小さなベッドの中で横になっていた。
肌触りがあまりよくないシーツの上で、古びた木製の天井を仰いでいた。
ここは・・・?
起き上がろうとするが、身体を動かすことが出来なかった。
まるで自分の身体ではないように、感覚が上手く掴めない。
どうにか首を回し、辺りを見回すが、ベッドの縁は囲いのように仕切られており、天井以外の光景が遮られている。
まるで赤ん坊のベッドだ。
そう考えたところで、ある違和感に気付く。
小さ過ぎない・・・?
ベッドの囲いを見るに、長さも幅もかなり小さい。
平均的な成人女性程度には身長があるつもりだ。
本来であれば、こんなベッドに収まるような身体ではない。
ふと自分の手を持ち上げると、赤ん坊の小さく綺麗な手が視界に入った。
・・・は?
誰の手か一瞬困惑するが、手の感覚と視界にある赤ん坊の手の動きが一致している。
いや、いやいやいや、待ってよ。
何で私が赤ん坊になってるわけ?
そう、私は赤ん坊のベッドで、赤ん坊として寝ていたのだ。
何がどうしてこうなったのか、自分の記憶を辿る。
ああ、そうだ、私は死んだはず。
なら、私は生まれ変わった?
先ほどから目に入っている木製の天井は全く記憶にない。
今さら走馬燈でもないだろう。
来世はどうなるかなどと妄想したことはあったが、まさか本当に輪廻転生などが存在していたのだろうか。
そもそもここはどこだろうか。
天井に照明器具は見当たらない。
部屋の中は明るいが、囲いのせいで窓は見つけられない。
そこでようやく、自分の睡魔を自覚する。
これは夢だろうか。
意識も何となく曖昧な気がする。
次に目が覚めれば、もしかしたら病室で目が覚め、医師や看護師が奇跡的な回復だと叫び出すかもしれない。
眠気に任せ、目を閉じ、意識を落とす。
そしてしばらくしてから目が覚め、また同じ木製の天井が視界に入ったとき、これが現実であることを悟った。
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うん、分かった。
私は生まれ変わったんだ。
生まれ変わったんだから、たまにはポジティブに考えよう。
相変わらず視界の殆どを占める天井を仰いだまま、混乱する頭を整理しようとする。
まず私は人間のはずだ。
虫になって誰かに踏みつぶされるよりはマシなはずだ。
まあ、今の自分が男か女かは分からないが、人間なのは確かだ。
ひょっとしたらエルフとかかもしれない。
いや、そんなファンタジー世界でもないだろう。
だが、私がつい先ほどまで生きていた現代とも思えない。
今のところ文明的な調度品が見当たらない。
といっても、天井とベッドの囲いしか見ていないが。
一番ポジティブに考えられるのは、私が前世の記憶を引き継いでいるということだ。
二十余年の人生ではあるが、まさに強くてニューゲームではないか。
前世の記憶がある人間がたまにいるという都市伝説は聞いたことがあるが、まさか自分がそれを体験するとは。
これは神童と言われるのもそう遠くないのでは?
自我を持ち始めて早速下らないことを考えていると、赤子の泣き声が部屋に響く。
もちろん自分の声ではない。
そして最初の泣き声が響くと、それにつられるように更に複数の泣き声が聞こえる。
私以外にもいたのか。
耳を塞ぎたかったが、腕を上手く動かせない。
少しして、離れたところから小走りで近付く足音が耳に入る。
母親?
いや、子供の人数が多い。
ここは・・・孤児院?
その足音が部屋の中で響き、部屋の中に誰か来たことが分かる。
そして何かを言いながら、泣きじゃくる赤子の所へ駆け寄る。
赤ん坊の泣き声の聞こえ方が変わり、抱き上げられたのだと考える。
子供をあやしているであろう者も、何人かいるようだ。
泣き続ける赤子をそれぞれ抱きかかえ、赤子を諭すように何かを語りかけている。
何を言っているのだろうか?
そのまま天井を眺めていると、横から女性が顔を出す。
笑顔でこちらを見下ろすその中年の女性は、少しくすんだ金髪を垂らしながら穏やかな表情を向けている。
やっぱりここは日本じゃないのか。
他の子供と違って私は大人しくしているのだから、褒めて欲しいな、などと考えていると、その女性は顔を更に綻ばせ、こちらに手を伸ばす。
そしてそのままこちらの身体をしっかり固定すると、そのまま抱き上げられた。
抱き寄せられると、女性が耳元で何かを口にする。
それを聞き、思わず身体が硬まってしまった。
何語を話しているんだ・・・。
前世の記憶を持つが故の障害に早速遭遇し、頭が再び混乱し始める。
日本語でも英語でもない。
女性の容姿から、アジア系ではないことは確実だが、耳にする言葉はひとつも理解できなかった。
抱き上げられた状態で周囲を見渡すと、自分と同じように抱えられてあやされている子供と、子供を抱える女性達が目に入った。
部屋に窓はあるが、ガラスはなく、湿った厚い紙のようなもので覆われており、外の風景は見えない。
まさか、ここは中世だろうか?
せめて近世だと嬉しいんだけど。
暗黒の時代は嫌だ・・・。
先ほどまでのポジティブな未来計画は既に頭の中から掻き消え、徐々に漠然とした不安に襲われる。
こうして第二の人生は、少しの期待と大きな不安、そしてそれなりの頭痛とともに幕開けを迎えることとなった。