幸せになる第一歩
―――――1年前、軍の訓練所を出る3日ほど前に、成績上位者と配属先が発表された。
首席はもちろんクレアであり、勇者としての圧倒的な力はもとより、剣術、体術、魔法、戦略・戦術的判断、座学、あらゆる面で抜群の成績を叩き出し、当然といえる。
次席は訓練生長だったウラガン、そこから順にオルガナ、スニエが続いた。
自分はというと、上から7番目、座学はそこそこ、戦略・戦術判断は優秀、剣を含む武器術、体術はトップクラスだが、肝心の魔法が身体強化以外は全く進歩しなかった。
これで総合成績上位に食い込めたのが逆に異常だと教官に言われたのを覚えている。
孤児院で、まるで勇者を見つけたかの如く司祭に驚かれたのは何だったのかと思うが、この順位なら、まだ希望はある。
魔道兵科の訓練所を8位以内の好成績で卒業すると、配属前に特別報奨として高品質な剣、多めの現金を貰える。
何より、本人の希望も考慮されるが、高待遇の部隊へと優先的に配属されることになる。
具体的にいえば、王都に配備されている魔道士部隊だ。
王の剣、そして盾として高水準の訓練を受けながら王都を守護し、ときに遠征して勇者達とともに強力な魔物を狩ることもある、魔道兵科の憧れだった。
クレアは勇者として、訓練所を卒業後は勇者リードナ達と合流し王に謁見、そのままリードナとしばらく行動をともにすると決まっていたが、それ以外の成績上位者7名の王都行きはほぼ確定だ。
そのうちの一人である自分ももちろん、王都への配属を希望していた。
そして未来を決める配属先発表のとき、成績上位者はそれぞれの希望通りに配属が決まっていた。
殆どの者は王都の部隊に配属され、生まれ故郷の地を希望していた者はその地へ、ウラガン、スニエ、オルガナは王都の同じ部隊になった。
全員が希望通り、初めての魔法の訓練のときのように、自分を除いては…。
「アリス・サトゥルーガ、特務部隊」
皆がそれぞれの配属先を喜び、嘆いていた中で、教官から自分に告げられたのはその一言だけだった。
配属される地域と部隊名を言われるはずが、軍の組織に関する座学でも聞いたことがない曖昧な名称のみ。
「あの、教官殿。私の配属される『特務部隊』とはどういった部隊なのですか…?」
「すまない、私にも見当がつかない。
部隊の正式名称も、その実態も、我々には聞かされていない。
通常は現場の部隊から精鋭が選りすぐられるらしいが、今回は貴官を指名してきたそうだ。
訓練所を卒業後は、『レイシア・カレイユ』に向かってくれ。そこにこの部隊の迎えが来る」
そう言われ、それ以上の情報は得られなかった。
特務部隊、精鋭、何を言っているんだ。
同じ軍とはいえ、そんな誰もよく分からないところに、よく最年少の私を送り込めるものだ。
そもそもそんな危なそうなところから子供を寄越せと言われて、二つ返事で答えるなと言いたい。
…いや、生まれ変わってから、ポジティブに考えようと決めたばかりではないか。
ここは、私が評価されたと考えるべきだ。
正直に言って、不安で吐きそうだが、せいぜいこの世界の役に立てるよう頑張るしかない。
卒業のとき、訓練生は皆、互いの別れを、旅立ちを惜しみ、喜び、励まし合った。
別れを惜しむスニエに飛びつかれ、涙で新調されたばかりの綺麗な制服を汚されそうになるが、オルガナが引き剥がしてくれた。
スニエ、オルガナ、そしてクレアと再会の約束をし、必ず一緒になることをクレアと誓い合う。
「必ず、あなたの力になれるよう頑張るからね」
「うん、待ってるよアリス。
私も、もっと強くなるから。何があってもあなたを守れるように」
配属先の各部隊から迎えの馬車が門に並んでおり、各卒業生が乗り込む。
馬車で待っているのは配属予定の部隊の軍人だが、私の迎えだけは、部隊の人間はいなかった。
不安が更に膨らみ、いよいよ吐き気が込み上げてくるが、馬車だけは無駄に豪華だった。
これから向かう『レイシア・カレイユ』は、王都ほどではないが、デュランスカヤ王国の中でもそれなりに大きな街だと聞いた。
到着まで2日はかかる距離だが、この馬車なら少しは快適に過ごせそうだ。
なにせ、訓練所の寮よりも質の良さそうなベッドが備え付けられている。
訓練所があった街『カフチェク』もゆっくり見て回りたかったが、観光は『レイシア』でゆっくりするとしよう。
予定よりも遅れた3日後、『レイシア・カレイユ』の入り口、検問所の前で降ろされた。
そこには、初めて目にする軍服を着た初老の男が待っていた。
「君が、アリス・サトゥルーガか?」
白髪交じりの金髪を後ろに撫でながら、気品のある声でこちらの名前を呼ぶ男は、大男といえるほどの体格でもなく、穏やかな雰囲気を醸し出している。
だが、決して生易しい人間ではないことは明らかだ。
品を感じさせる口調には力強さがあり、こちらを見据える目には鋭い光が宿っている。
「はい、アリス・サトゥルーガ、本日をもってここに着任いたします」
間違いなく、この男が『特務部隊』とやらのトップだろう。
外套から覗く階級章はかなり高い。
各部隊の所掌、指揮系統、階級など、組織的に効率よく魔物に対抗するため、この国の軍は組織体制が厳格に定められている。
末端の兵士にも戦士長などの階級があり、そこから尉官、佐官、将官まである。
魔法と魔物の存在のせいか、ある分野では前の世界の現代にも匹敵するほど発展している。
存在する概念が違うだけで、こうも世界は違ってくるものなのか。
考えれば考えるほど頭が混乱しそうになる。
当面の問題は、自分がこれから働く職場は何をしているかだけど。
「そうかしこまらなくていい。我々の部隊は柔軟に、臨機応変な対応が求められる。
それではもたないぞ」
男は口の端を上げ、笑ってみせる。
しかし目は笑っていない。怖い。
「私はグルーダ・イラス、階級は大佐だ。端的にいえば、これから貴官は私の部隊所属になる。
それにしても、やはり幼いな」
多少は成長したとはいえ、私の身体は完全に子供だった。
素敵なお洋服を着て可愛いぬいぐるみでも持てば、愛らしい幼女の出来上がりだ。
「だが、貴官の強さはよく知っているとも。英雄オルドとの模擬戦闘を見ていた。
その力を、存分に振るってくれ」
イラスが手を差し出し、歓迎の意を示す。
「ようこそ、我が特務部隊『パマギヤシラ』へ。王国のため、人類のため、世界のため、地獄の底を這いずり回ろうではないか」
その手を握り、私は答えた。
「全ては我らがデュランスカヤ王国、そして世界のために。この私の不完全な力で良ければ、どうぞお使いください」
―――――そしてそれから1年後の今、この様だ…。
夜の帳に覆われた人気のない場所で、足元に転がる男の死体を見下ろし、自分の『仕事』を終えたことを確認して踵を返す。
魔物を殺すだけでは人類は守れない。
だからこそ、イラスの特務部隊『パマギヤシラ』が存在する。
『勇者の支援』、それがこの部隊の任務だ。
そのために、こうして人を殺すことも厭わない、何とも矛盾した世界じゃないか。
皮肉めいた思考がすっかり染みついてしまい、血生臭さにも慣れてしまった。
クレアに再会したとき、彼女はこんな変わってしまった私を受け入れてくれるだろうか…。
そして独り、血を滴らせた剣を片手に歩き始める。
死体を後ろに、乾いた笑いがひとりでに零れた。