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勇者ではなく、英雄ですらなく  作者: マンディ
終わりと始まり
16/42

目標Ⅰ




オルドとの訓練が終わった瞬間、皆がクレアのもとに駆け寄り、新たな『勇者』の誕生に歓喜していた。


目を覚ましたばかりのクレアは困惑していたが、先程自分が勇者の魔法を行使したことを思い出し、状況を察したようだった。

しかし、目を輝かせて歓喜する訓練生や軍関係者と違い、当のクレアは愛想笑いこそ浮かべてはいるが、とても喜んでいるようには見えない。


そんな彼女を離れているところから見ている私は、どんな顔をしているだろうか。


新たな世界で得た親友が『勇者』だった。

他の皆と同じように喜んで、称えるべきだろう。


もちろん、クレアを祝ってあげたい気持ちだってある。

だけど、それよりも嫉妬のような感情が出てくる。

自分でも、なんて歪な性格をしているのだろうかと嫌になる。


気分の悪くなるような葛藤をしていると、こちらに気付いたクレアが歩み寄ってくる。


「ごめんね、アリス…。

私、あなたと同じ道を歩きたかったのに、『勇者』なんかに…なっちゃった…」


それはクレアが初めて見せた悲しそうな表情、初めてクレアから聞いた弱音だった。

自分が『勇者』だったことを喜ぶでもなく、誇るわけでも、使命感を燃やすわけでもなく、こちらに潤んだ目を向けてくる。


ああ、そんな目で私を見ないで…。


クレアの首に腕を回し、そっと抱き寄せた。

身長差があるため、こちらが背伸びをしてようやく手が回り、気を遣ってクレアも屈んでくれるが、クレアは笑わずにただ抱き返す。


それ以上、クレアの悲しそうな顔を見ていたくなかった。

私はクレアにそんな顔をさせるほどの人間じゃない。


さっきまでクレアの敗北に安堵し、その後には嫉妬するような私に、そんな言葉をかけないで。


「大丈夫、大丈夫だよ、クレア」


そうだ、前世ではできなかったことを、この世界で成し遂げよう。

私がこの世界で幸せになるうえで、この親友も助けてあげることがてきたなら、それはきっと、私が人生で胸を張って言える偉業だろう。


クレアが、『勇者』として世界を救うというなら―――


「私が『英雄』になって、クレアを支えてあげる。

一緒に旅をして、一緒に魔物を駆逐して、一緒に世界を救おう。

私も、頑張るよ」


『勇者』にはなれなかった。

けれど、私にもできることはあるはずだ。


何もできず、何も成し遂げず、半端に終わった前世を繰り返したくない。


この力を使って、幸せになってみせる。

親友の『勇者』を支えて、『勇者』とともに『英雄』として魔物から人類を救う。


それはなんと素晴らしい人生だろうか。


自分の中で人生の目標を固めたとき、クレアの腕の力が緩む。


「……約束だよ、アリス」


クレアが顔を離し、穏やかな笑みを向ける。


「うん、約束するよ、クレア」


それはこの世界で初めての、親友との約束だった。




オルドとの模擬戦闘訓練が終わったあとは、その日の訓練はなくなり、オルドから各人へそれぞれアドバイスが送られ、『英雄』からの激励を受け取った後、勇者一行の出発を敬礼で見送った。

勇者も案外、多忙らしい。


そして夜には、新たな『勇者』の誕生を祝う宴が食堂で行われた。


子供だらけの訓練所で流石に酒は出なかったが、出てきた料理は今までのなかでも一番豪華なものだった。


皆がクレアを称えながら、今日のオルドとの模擬戦闘を振り返り、『英雄』の強さについて語り、自身との力の差を愚痴って笑い合う。


この訓練所で『勇者』が誕生したことに気を良くしたこの街の軍の幹部連中が、オルドとの模擬戦闘訓練の内容について各自しっかり心に刻めという名目で、明日は丸一日、実質休暇にしてくれた。


この訓練所にいる間は外出ができないため、ゆっくり街を散策とはいかないが、それでも滅多にない休養日は歓迎すべきだ。


クレアを称える声の中には、休暇を作った礼も混じっている。



「でも、クレアは『勇者』だったわけだから当然だけど、アリスも凄かったよね!

あのオルドを、身体強化以外の魔法を使わずにあそこまで追い詰めるなんて」

「流石、オルドも認める『英雄』候補だけありますね。

私達も負けていられません」


幸せそうに料理を平らげたスニエがそう話し始め、オルガナもそれに頷いていた。


「特にあの接近戦は驚いたよ。

今度私にも教えて欲しいな」


こう見えて、スニエもオルガナも向上心が強い。

私も見習わないといけないだろう。


でも今日は、もう疲れた。

あんなに全力を出したのは初めてだった。

身体が重く、節々が悲鳴を上げそうになっている。


それでもオルドには至らなかったのだから、『英雄』への道も平坦ではなさそうだ…。


「分かりました、私も剣術の訓練をしないといけないですね。

でも今日は、身体が痛くてもう部屋に戻りたいです。

クレアも少しの間とはいえ気を失ってたし、早めに横になった方がいいよ」

「うん、まだ頭が少しぼうっとする…」


クレアの返事を聞いたスニエが木製のコップに入った水を飲み干し、席を立つ。


「そうだね、明日はせっかくの休みだし、たまには部屋でゆっくりするのも良いかも!

じゃあ、もう戻ろうか」




「―――で、なんで4人で私のベッドに入ってるんですか。

狭過ぎて死んでしまいます」


部屋に戻ってから、スニエに引っ張られ、皆でオルガナのベッドに詰め込まれていた。

そこのベッドの所有者であるオルガナは、不機嫌そうに眉をひそめている。


ベッドそのものが大きくないため、4人で入れば満足に手足も動かせない。


「まあまあ、たまにはこういうのもいいじゃんか。

眠くなるまで、ゆっくりお喋りしようよー」


明日の休暇が楽しみなのか、何気にスニエのテンションがいつにも増して妙に高い。

クレアの目がまた死にかけているのは、疲労のせいだけではない気がする。


「ねえ、クレア。今日使ったあの強力な魔法、どうやって使ったの?」

「それは私も気になります。良かったら教えて貰えませんか」


ベッドからスニエを追い出すことを諦めたオルガナも、視線を動かしてクレアを見据える。

首以外はとても動かせそうにない。


「そう言われても、あまり覚えてなくて…。

急に詠唱が浮かんできて、勝手に口が動いて、気が付いたらあんなことになってたから」


歯切れ悪くクレアがそう答える。


「へえ、それが『勇者』の力なのかな。

ここを出たら、クレアは少しの間、勇者一行についていって修行するんでしょ?

それはそれで楽しそうだけど、大変だよね」


スニエが言うように、クレアはこの訓練所を卒業したあとはリードナやオルドと行動をともにし、しばらくの間、一人前の『勇者』になるために修行することになった。


今日の模擬戦闘が終わったあと、リードナは今日から同行してはどうかと提案したが、オルドの意見とクレア自身の希望から、それは軍での訓練を終えてからということで落ち着いたらしい。


「まあ、私達はもう仲間なんだから、一緒に頑張ろうよ。

もちろん、ここを卒業してからもね」


スニエの言葉に、訓練所を出てからのことが頭をよぎる。

ここに来て数ヶ月が経過したが、あと3ヶ月ほどすれば卒業で、新生活には期待もあるが、実際に命をかけて魔物を相手にするのかと思うと不安にもなってくる。


魔法を操る魔道兵科は普通の軍人よりも多少は優遇されるらしいが、前線での戦闘が主な任務になる。

状況によってはあっさりと、あるいは凄惨な最期を迎えて命を落とすのかもしれない。


そう考えると、こういう風にベッドに詰め込まれてガールズトークに花を咲かせる時間も、貴重なのかもしれない―――


「だからほら、オルガナもそんな不機嫌そうな顔しないで!

ほら、アリスが珍しく微笑んでるんだよ。少し不気味だけど。

あ、クレアもこっそり寝ようとしないでまだ付き合ってよ!」


―――けれど、スニエにはもう少し落ち着いて欲しい。


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