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勇者ではなく、英雄ですらなく  作者: マンディ
終わりと始まり
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覚醒Ⅲ



「幼いな。

今はこんな子まで軍に入隊させるのか…」


こちらを見たまま、オルドが嘆息混じりに呟いた。

しかしそれは侮辱ではなく、今の時代、情勢を嘆いている。


「だが、君も魔力を持って軍に入った以上、戦いは避けられまい。

私をこの国を襲う魔物だと思って、全力で来るといい」


オルドが剣を片手で正面に持ち上げ、こちらの動きを伺い始めた。

今までと同様、オルド自身から仕掛けるつもりはないらしい。


魔法の才能を持つ者が集められるこの訓練所出身ということは、オルド自身も魔法を操ることが出来るはずだ。

それでも、彼は訓練を始めてから身体強化以外は一切魔法を使っていない。


本来は遠距離から魔法で隙を狙うべきなのだろうが、私は私で身体強化以外は碌に魔法を使えないのだから、まずは接近しなければ何も始まらない。


オルドを睨みつけたまま、呪文を唱え、魔法による身体強化を開始する。

体内で魔力が具現化し、満たされていくのを感じた。

魔力回路の中を魔力が激しく駆け巡り、小さな身体に溢れんばかりの力が湧き上がる。


魔力の奔流を感じ取ったオルドが両手で剣を持ち直しながら、わざとらしく警戒してみせた。


「まずは身体強化か。さあ、そこからどうする―――」


オルドが何かを言い終えるよりも早く、地面を蹴って距離を詰める。

10メートル近くの距離が瞬く間に縮み、互いの剣が届く間合いに入った。


その奇襲に、オルドが目を見開きつつ剣を前に出して牽制する。

それをこちらの剣で払いのけ、返す剣でそのままオルドの胴体に横から切りかかった。


しかし、『英雄』が簡単にそれを喰らってくれるわけがないのは分かっている。


予想通り、オルドは手首を回して跳ねのけられた剣を自分の身体の横で立て、しっかりと防御の姿勢に入っている。


そう、防御することは分かっていた。

だけど、このまま振り抜く…。


今の自分の身体ではどれだけ力を込めても、全体重を乗せても、直接攻撃の威力などたかが知れている。


それに身体強化をかけても、オルドの力には敵わないだろう。

彼はそう考えている。だからこそ、正面から攻撃を受け止めようとしている。


喰らえ…。


「なっ!?」


オルドの防御に全力で剣を叩き込むと、耳を劈く激しい金属音が響いた。

想像を遥かに超える衝撃に、オルドが思わず驚愕の声を上げる。

同時に、防御していた剣を弾かれ、剣の柄を手放しこそしなかったが大きく身体を仰け反らせた。


しかし、こちらも剣で攻撃ができるような体勢ではない。

隙を作りだしたとはいえ、剣撃を防御され腕の構えが崩れており、ここから剣を出したところでオルドも体勢を整え終えているだろう。


だったら…。


オルドの腹部にめがけ、右足で蹴りを入れる。

オルドの体がくの字に折れ曲がり、吹っ飛ばされた勢いで地面を転げていった。


すぐに追いかけようとするが、歴戦の英雄はそれを許さず、こちらが動き出すと同時に片膝をついて起き上がり、すぐに構え直して追撃に備えてみせた。


ここで膠着状態に入ると同時に、それまで息を吞んで観戦していた訓練生や教官、軍幹部、更に勇者達からも歓声が一気に沸き立つ。


訓練生の中でも最も幼い女子が接近戦でオルドに攻撃を当てただけでなく、その顔に土を拝ませたともなれば当然だろうか。


問題はここからどうするかだけど。


「強いな…、身体強化の幅が尋常じゃない。

それに、面白い攻め方をする。どこで今の攻撃を学んだ?」

「……」


少し体勢が悪かったとはいえ、それなりの蹴りが刺さったはずだが、オルドは話しかける余裕があるようだ。

身体強化魔法の影響もあるだろうが、『英雄』だけあって体の耐久力も高いらしい。


オルドはこちらの答えを待っているようだが、会話に付き合ってやるほどの余裕は私にはない。

このまま攻めてしまおうか。


剣を上段に構え、オルドのもとへ接近しながら力の限り振り下ろす。

また不意を突く形となったが、警戒していたのかオルドの反応は速く、立ち上がり際に振り下ろしの剣を跳ねのけられた。


今度はこちらが体勢を崩され、がら空きになった胴体に向けてオルドが剣の柄頭で突き飛ばそうとする。

だけどそのパターンは今まで見てきた。


強引に身体を捻り、それをかわすと同時にオルドの懐に潜り込んで腰を抱え、その体を思い切り地面に叩きつけた。


オルドの顔が苦痛に歪み、周りの歓声が一際大きくなる。


追撃として剣を振り下ろすが、それをいなされ、勢いでこちらの体勢が前屈みになったところを首ごと抱き込まれた。

そのまま小さな体を放り投げられ背中から地面に激突させられる。


この訓練所で何度もやらされる投げ技だ。

徒手格闘訓練ではレスリングに似た投げ技も非常に多く行う。


魔物相手に使えるとは思えないが、こうして実際に技をかけられると実用的ではあるんだな、などと場違いなことを考えていると視界の隅でオルドが既に攻撃体勢に入っていた。


跳ねるように飛び起き、振り下ろしを想定して迎撃を試みるが、オルドの攻撃はその予想を外して、剣先で地を擦りながらの斬り上げだった。


巻き上げられる土煙で剣筋が見えにくい。


舌打ちしながら剣を大きく振り回し、下から迫り来る剣の軌道を無理矢理そらしてオルドの攻撃を防ぐ。

間髪入れずに、体重が乗ったオルドの右脚を横蹴りで飛ばし、片膝をつかせた。


もらった…!


右足を前方に踏み出し、剣を上方から斜めに斬り下ろす。

この軍の剣術で『憤撃』と呼ばれる、単純かつ強力な攻撃だ。


決まると思ったその瞬間、オルドの腕がこちらに伸びてくる。


「…ッ!」


振り下ろす剣の柄を受けられ、剣撃を根元から止められた。


膝蹴りでオルドの顔面を狙うが、それよりも速く頭突きを腹部に貰ってしまう。

完全に裏をかかれ、膝から崩れ落ちた。


顔を歪めながらも何とか顔を上げたが、そのときには既に、オルドの剣先を眼前で突きつけられていた。


「見事だった、幼い戦士よ」


そう言うオルドの顎先から、汗が滴り落ちる。


私の負けが確定した瞬間だった。

それを改めて知らせるように、歓声と拍手が鳴り響いた。



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