覚醒Ⅱ
この世界における、ここでいう『英雄』とは、抽象的な概念ではなく、『勇者』と同様、特定の個人に対する称号のようなものだ。
勇者のように、通常の人間とは根本的な性能が異なり、超人的な力、才能を持つ者で、尚且つ、国家や人類のためにその力を振るう者に与えられる。
総合的な力では勇者には及ばないが、勇者よりもその絶対数が多く、英雄によっては特定の分野において勇者の力を凌ぐ者もいるという。
ここにいる勇者リードナの仲間は全員が『英雄』で構成されており、この世界の最高戦力のひとつだろう。
そしてその1人であるオルドが、先程から訓練生を次々と散らしている。
訓練生が1人ずつオルドの前に立ち、剣技や魔法を駆使してあらゆる攻撃を仕掛けるが、オルドはその全てを軽くいなし、立ち向かう訓練生を剣の柄や殴打などで吹っ飛ばされていた。
どんな馬鹿力があれば、あんな簡単に人間を吹き飛ばせるのだろうか。
そもそも、軍人とはいえ、こちらはまだ殆どが子供なのだからもう少し手加減してくれてもいいのでは。
この世界の成人の基準がいまいち分からないが、少なくともここで最年少である私は子供と言い張っても間違いではないだろう。
都合のいいときだけ『子供』を主張してもどうせ通用しないだろうけど…。
「うあっ!」
ブラッドが短い悲鳴を上げながら、闘技場の内壁に身体を叩きつけられ、崩れ落ちた。
「どうした、そんなものか。
次、本気で来い」
オルドが爽やかな汗を拭って手招きする。
これで30人目あたりだが、汗はかけども疲労の色は一切ない。
順番としては、私が後ろから2番目、締め括りはクレアが務める。
序盤は教官達も野次を飛ばしていたが、オルドの超人的な力と技量を目の当たりにし、今では無言で見守っている。
オルドは鎧も盾も装備せず、ショートソードだけで様々な攻撃を防ぎ、躱していた。
訓練生達は槍やロングソード、ショートソードなど自分が得意とする武器を使い、様々な攻撃魔法でオルドに挑むが、そのどれもが通用しない。
身体能力だけでなく、剣術の技量も非常に高かった。
剣1つであらゆる状況に対応し、隙を作っては強力な攻撃を繰り出している。
ここまで攻撃をまともに喰らわせることができた者はいない。
ウラガンやスニエ、オルガナはかなり善戦したが、それでも他の訓練生よりも長く立っていられたというだけで、最後はやはりオルドに翻弄されていた。
きっと訓練生全員で向かっても、呆気なく全滅するに違いない。
「もう終わりが近いようだな。
さあ、次だ」
そうしていつの間にか、自分の番が回ってきていた。
オルドは剣を足元に突き立て、次の対戦者を待っている。
「いやあ、あそこまで強いと笑っちゃうよね。
どうにか一矢報いてよ、アリスちゃん!」
既に自分の出番を終え、完全に観戦モードのスニエがこちらの頭を撫でながら、無責任な励ましを寄越した。
「無茶言わないで。
せいぜい、勢い余って私が首を飛ばされないよう祈ってて」
軽口でスニエに返しながら、ショートソードを片手に席を立ち、闘技場の中央に向かう。
「頑張ってね、アリス」
クレアの声援を背に、オルドの前に立ち、剣を構えた。