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勇者ではなく、英雄ですらなく  作者: マンディ
終わりと始まり
11/42

嫉妬


自分だけ、自分だけが魔法を放てない。


他の者は皆、それぞれ強弱の差はあるものの、念動力のような魔法で積み立てられた石を崩すことに成功している。

特にクレアの場合は、石をひとつ残らず吹き飛ばすほど強力だ。


一方の自分は、どれだけ丁寧にゆっくり詠唱し、魔力を流し込むイメージをしても魔法が発動する気配はなかった。


魔法の座学で学んだことを必死に思い出す。


魔法は多くの種類があるが、発動させたい魔法に対応した呪文を詠唱して魔力を放出することで、その魔法が具現化するというのが、魔法を使う大雑把な過程だ。


呪文を詠唱しなければ魔法が発動しないというわけではなく、各種類の呪文を口にすることで、頭の中で発動させたい魔法の概念を固定化するために詠唱が必要とされている。

自分にこの魔法を発動させるぞと命じているようなものだ。


同じ魔法でも、流派や地域などによって呪文の種類は異なり、さらに同じ呪文でも人によって発動する魔法の細かい部分に微妙な差異があるらしい。

例えば魔法で炎を放っても、発動者の潜在的な意識によって、色や形が変わってくる。


この国、特に軍隊では地域によらず、ひとつの魔法に対する呪文が統一されている。

これは質の均一化のためであり、まさに軍隊らしいと言える。


これに加え、座学では、魔法を行使するに際し、信仰心が欠かせないと教官が熱く語っていた。


魔法とは、天から授かった魔力を限られた人間が使い、この世界に直接的に干渉する力であり、その力に感謝せよとのことだ。

その信仰心が、更に魔法の力を強くするらしいが、理屈的には詠唱と変わらない気もする。


畢竟するに、魔法で重要なのは魔力と想像力だ。

魔力を使って、自分の想像を具現化する。

それが魔法を行使するざっくりとした理論だ。



だが、それをこうして理解していても魔法が使えない。


身体の中で何かが駆け巡るのが分かる。

これがまさに魔力なのだろう。


あとはそれを外に出すだけだと教官が言うが、どうやっても目の前にある石は崩れない。



それから2日に一度の頻度で魔法の訓練は行われていった。

積み石を崩すだけでなく、炎や風を発生させるなど、戦闘に直結する魔法の訓練が増えていき、威力に差はあるが皆が一応は魔法を使っている。


そしてやはり自分だけが、何一つとして魔法を使えないでいた。


気を落とさないで、とスニエやオルガナ、クレアに心配され、教官からも遠回しに慰められる始末だが、それが逆に心に突き刺さった。


私は何もできないまま軍の訓練を終えることになってしまうのか。

魔法の才能を見出されてここに来たのに、それが全く期待出来なくなったら、追い出されるのではないだろうか。

魔法が使えないなら、ただのガキなのだから。



魔法の訓練に平行して行われている武器や徒手の格闘訓練ではそれなりに才能があったようで――――前世での経験が大きいが―――技術だけならトップクラスだと言われたが、特別力が強いわけでもなく、まそてやこの小さな身体では、実際に他の訓練生と対峙すると簡単に力負けしてしまう。


魔力はあるのに、魔法が出せない。


…まさか、前世の記憶が原因?


前世での科学豊かな文明で生き、潜在意識の隅々まで構築された思考回路を引き継いでこの世界にいるが、それが魔法発動の阻害になっているとしたら?


魔法の存在を信じていないわけではない。

実際に目の前で他の訓練生や教官に見せつけられているのだから、信じるなという方が無理だ。


魔力と、それを具現化させる想像力の回路があっても、魔法の存在しなかった世界で形成された潜在意識が弊害になっているのなら、どうするべきか…。


…ひょっとして、詰んでるのでは?

前世の記憶がまさかこんな形で障害になるとは思いもしなかったが、それが原因だとしても、自分ではどうしようもない。


可能性は低いが、時間が解決してくれることを祈るしかないのだろうか。

その前に寿命を迎えるか、野垂れ死ぬ方が早そうな気もするけど。



魔法の訓練が始まってからは、魔力を消費するためか食事の内容が少し豪華になっているが、その魔力を消費することのない自分は、食事のたびに酷い無力感に襲われる。


スニエ達がその都度慰めてくれるが、それが心に刺さり更に落ち込む負のスパイラルに陥った。




そんな失意の中、とある魔法の訓練で一筋の光が差し込むことになる。


基本的な基礎魔法習得の最後の項目、『身体強化』魔法の訓練。

今までの魔法と違い、自身の内から外に放出するのではなく、内で発動させるため、この世界では特殊な系統に分類されている。


その身体強化魔法のみは、発動させることに成功したのだ。


詠唱を唱え、魔法の術式を展開させた瞬間、魔力が身体中を駆け巡るのを感じた。


これだ、これが魔法…。


「クヒヒ」


発動に成功した瞬間は、嬉しさのあまり不気味な笑いが漏れてしまった。

というか危うく他のものも漏らしそうになった。


スニエやオルガナ、クレアも自分のことのように喜び、教官もはっきりと安堵の表情を浮かべる。


身体能力の強化度合いも個人差が大きく、魔法を発動させてもあまり変化が見られない者が多かったが、自分は訓練生の中でも強化の幅が飛び抜けて高く、片手で軽々とスニエを持ち上げることもでき、魔法発動中は誰よりも俊敏に動けるようになった。


そう、訓練生の中でも誰よりも速く、強く―――ただ一人、クレアを除いて。


もともとクレアは、あらゆる訓練を軽々とこなしていた。

近接戦闘もあっと言う間に技術を飲み込み、魔法も全て高いレベルで扱える。

そして、この身体能力強化の魔法も、その場に居合わせていた教官達が絶句するほどの力を発揮した。


皆がしているように、自分もクレアの才能を称える。


「アリスの方こそ、とても強いよ」


あまり感情を表に出さないクレアがはにかむような笑顔でそう返してくれた。


ありがとう、とクレアに言いながら、胸の内から湧き上がる『嫉妬』の感情を心の奥にしまい込む。

魔力のように身の内で渦巻く、黒く醜い感情を必死に抑え込む。



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