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勇者ではなく、英雄ですらなく  作者: マンディ
終わりと始まり
10/42

失望




スニエの言ったとおり、訓練内容は朝から軍隊の動き方についてからだった。


貸与された訓練用の服に身を包み、クレアとブラッドとともに教官の前で整列させられ、整列時の集まり方、立ち方、敬礼の仕方をこれでもかと叩き込まれる。


立っているときの足の角度が悪い、敬礼の腕の高さが違う、目線がおかしい―――などなど、ひとつ動作するたびに、教官の怒鳴り声が響き渡った。


今になってようやく、本当に軍隊に来てしまったのだなと実感が湧いてくる。

魔法を駆使して魔物と戦うことを想像していたのが、こんな泥臭い訓練から始まるとは思いもしていなかったが、それがより現実味を引き立てる。


「動きを乱すな!!」


3人だけの横隊行進訓練で、足並みが揃っていないせいでブラッドが教官に尻を蹴り上げられ、ブラッドが悲鳴とも返事ともとれない声を上げた。


クレアは再び目が死んでいる。


クレアのその表情が妙に面白かったが、かくいうこちらも、立ちっぱなしの整列訓練、休憩もなくただぐるぐる回るだけの寂しい行進訓練で脚が限界だった。

しかし行進時の膝の高さが少しでも落ちれば、ここぞとばかりに教官が唾を飛ばしてくる。


昨日スニエから敬礼や行進の仕方などの基本的な訓練ばかりと聞いたときは、退屈しそうだと思ったが、ここまで辛いものだとは想像できなかった。


ここまで私達を連れてきてくれたモラトは、すでにこの施設を去っていたらしく、朝からその姿はない。

会ったらたっぷりとお礼を言ってやりたいが、軍の誘いを快諾してしまった私が文句を言っても逆恨みだと笑われるだけだろう。


しかしブラッドやクレアはそうではないから、どうにかモラトにこの2人を差し向けられないだろうか。


そんな腹黒いことを考えながら、ひたすら手足を振り上げて行進訓練に励んでいると、大きな鐘の音が響く。


「訓練はここまでだ。

次の鐘が鳴ったら、座学を始める。

座学の場所は同室の者に聞いておけ。

分かったらさっさと食堂に行け!」


丸1日訓練していたつもりだったが、どうやらやっと昼休みに入っただけらしい。


痛む足を引きずりながら3人で寮に向かっていると、走って行けと教官から3人揃って尻を蹴られた。




へとへとの状態で食堂に行くと、先に席に座っていたスニエとオルガナがこちらを見つけて笑顔を見せる。


「来たね。食事の用意はしておいたから、食べちゃいなよ」


スニエが気を利かせてくれるが、その笑みは面白がっているようにも感じた。


「いやー、だいぶ扱かれたみたいだね。

大丈夫?特に足の裏とかキツイと思うよ。

私達もそうだったし」


スニエの言うとおり、足裏が特に酷く痛む。

地面を踏みすぎて、皮が剥けて大変なことになっているのは間違いない。




食事を終え、スニエから講義室の場所を聞いて小走りで向かう。


講義室に入ると、長年使い込まれたとすぐに分かる机と椅子が多く並び、そのうちの最前列中央には羽ペンとまっさらな羊皮紙が3人分置かれていた。

ここが自分達の席ということだろう。


それぞれの席に座ってしばらくすると、先ほどの訓練と同じ教官が講義室に入ってくる。

3人揃って半ば条件反射的に席を立ち、敬礼する。


教官が敬礼を返し、席に座るよう促す。

席に着くと早速講義が始まった。



講義の内容は、この国の生い立ち、魔物との対立の歴史、魔物との戦いの経緯、軍隊の役割、そして魔法と勇者の存在について。


とはいえ、いずれも直接目にしたことがないため、こうして教官が真面目に講義しているのを聞いても、まるでファンタジーの物語を聞いているようで、やはり現実味がない。


孤児院では魔法の才能があるとは言われたが、未だにそれを自分で実感できておらず、適当に煽てられ、悪ガキの矯正施設にでも入れられた気分だ。


だが、フィクションのようにしか思えないが、内容は興味深く、知的好奇心が満たされることに軽い満足感を得られた。



講義が終わったときには、すでに空は暗くなり始めていた。

内容は面白いが、流石にこんなに講義が長いと、座り心地の悪い椅子では腰やお尻が痛くなる。


心身ともにくたくたになりながら寮に戻り、こちらの疲れ切った顔を見たスニエに笑われた。


入浴時に、ズキズキと痛む足の裏を見ると、その凄惨な状態に軽く悲鳴を上げてしまい、またもスニエに笑われてしまう。




この日を含む3日間は、同じような訓練と講義が続いた。

教官からの罵倒も変わることなく続くが、3日目には恐怖よりも苛立ちを覚えるようになってきたことを自覚し、少しはここの環境に慣れてきたのだと感じる。


ここを抜け出さずに済んだのは、スニエやオルガナ達に支えられながら、クレアやブラッドと慰め合いつつ耐えてきたおかげだ。

施設では殆ど話もしなかったが、特にクレアとはだいぶ打ち解けられたことも嬉しかった。


たまに死んだような顔をしたクレアが、毒を吐くのも面白く、部屋でスニエやオルガナと腹を抱えて笑った。



3日目の講義を終えたとき、つきっきりで指導していた教官が初めて笑顔を見せ、


「よく今日まで耐えた。

今日からお前たちも正式な軍人だ」


と、私達の丈に合わせられた正式な制服を手渡してくれた。

訓練生用の制服らしいが、今まで着ていた囚人服のような訓練服に比べればだいぶマシだ。

訓練用のものと、儀礼用のものを1着ずつ渡された。


あれだけ理不尽に怒鳴られ、罵倒された手前、感動のあまり目頭が熱くなるとまではいかないが、それなりに達成感はあった。


ブラッドは感極まるものがあったのか、泣くのを堪えている。

かたやクレアの方は、その場で制服を広げ、今にもそのデザインか色に文句をつけそうな表情だ。


教官はそれらを満足そうに見守り、明日は他の訓練生と合流し本格的な訓練を行うとだけ告げ、講義室を後にした。


3人で制服を満足するまで観察し、寮の部屋に戻ると、スニエとオルガナから熱い抱擁をクレアともども受けることとなる。


「おめでとう、これで君達と私達は戦友だ!」


スニエが興奮気味に捲し立て、抱擁する腕の力がより強くなっていく。

首の骨を折りにきているとしか思えない。


その腕にタップすると、ようやく解放された。

しかし、スニエの興奮はまだ冷め切っていない。


何故私やクレアよりもこんなに昂っているのだろうか。

怖い。

クレアの顔をちらりと確認すると、自分のことのように喜んでくれているスニエやオルガナを傷つけないよう笑顔を見せているが、目には怯えの色が微かに浮かんでいる。


「私達もさっき教官から言われたのですが、明日からは一緒に訓練するようですね。

何か分からないことがあったら、また遠慮なく訊いてください」

「いやー、私もそれが嬉しくてね!

今後訓練は基本的に部屋単位でやるみたいだから、ずっと一緒だね!

部屋によってはあまり雰囲気が良くなかったりするんだけど、この部屋なら楽しくできそうだよ」


スニエが喜んでいる理由はそれが大きいのかもしれないが、スニエがはしゃぎ過ぎて一緒に教官から雷を落とされるのは御免被りたい。


「今日の夕食はいつもより豪華なはずだから、早くシャワーを浴びて食堂に行こうか」


ひょっとしてスニエが厄介なほどご機嫌な理由は、豪華な夕食だろうか?




この日の夕食は、この世界に生まれて以来、一番といえるほど素晴らしいものだった。

スニエが怖いほど興奮していたのも頷ける。


新鮮なサラダに、柔らかなステーキ、焼き立てのパン、具沢山のスープ、熱々のハーブティー―――この世界の料理というものは碌に進化していないと思っていたが、どうやらそうでもないらしい。

まさか貴族でもないのにこんな料理にありつけるとは思いもしなかったが、庶民の食事情もそう悲観したものではないようだ。



素晴らしい食事とスニエの幸せそうな顔を堪能し、部屋に戻ると、どっと眠気がやってくる。

せめて明日は休みにしてくれるかと思っていたが、そこまでは甘くないらしい。


歯を磨き終えると、スニエが真っ先にベッドに飛び込み、まだ幸せの余韻に浸っていた。

食事でここまで幸せそうだと、小動物のように可愛く思える。


「はあ、今日のご飯も美味しかったねえ。

私やオルガナのオリエンテーションが終わったときもそうだけど、何かあると今日みたいな凄い食事が出るんだ。

上手いこと飴と鞭を使い分けるよね」

「食事も良いですが、明日からの訓練も楽しみですね。

私達もまだようやく剣の使い方を教わり始めたところですが、明日はそれに加えて、魔法の実技訓練があるそうですよ。

私達も初めてなので、不安もありますが少し楽しみです」


オルガナ曰く、私やクレア、ブラッドは、明日から早速魔法の訓練を受けられるそうだ。

それを聞いて、思わず胸が高鳴る。




翌日、午前は剣や盾の使い方の訓練から始まった。

最初に基本的な構えや剣の振り方から始まったが、教官からは筋が良いなと初めて褒められ、心の中でガッツポーズをとる。


そして午後からついに、魔法の訓練だった。

いつもの教官とは別の男性が訓練所に現れる。

魔法はこの教官が担当するようだ。


魔法の歴史、発動の順序、詠唱の必要性について軽く説明を受けたあと、訓練生皆で一列に並び、積み立てられた石の前に立たされた。


基礎的な魔法として、念動力のようなものから実技を始めるとのことだった。


最初は訓練生全員が戸惑いながら手を積み石に翳していたが、短い詠唱を唱えると触れることなく石が崩れ落ちていく。

一度コツを掴むと面白いように簡単に発動し、全員が喜々として石を崩していき、あのクレアも驚きと喜びの表情をはっきりと見せた。


訓練生全員が、詠唱とともに発動する魔法に感動している。

ただ一人を除いて。


…なぜ、どうしてなの?


施設では司祭にもその才能を驚かれ、この訓練所では最年少で入隊した自分だけが、ただの一度も、どうやっても魔法を発動させることが出来なかった。


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